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F-86 Sabre Part.2 Name:広江 Date:2008/04/27(Sun) 09:43 No.835 ホームページ   
空自機の迷彩塗装導入前にテストで使用されたといわれているハチロク迷彩機。
浜松の第1術科学校の機体に数種類(3〜4種類?)が施され、
C-1やF-1の迷彩に採用された原案となったようです。

緑・茶・タンの3色でしょうか・・・。S/No.は不明です。


よく見ると緑2色とタンに塗られてます。S/No.は62-7454だと思います。


他にも数機居たような記憶もあるのですが、狭い中に置かれ撮れませんでした。

>皆様
『ハチロクはどうしよう・・・』と思って始めましたが、皆様の勢いに無事Part.2に突入しました。
引き続き、皆様からのハチロクにまつわる話題や画像をお待ちします。
なお、「F-86 Blue Impulse」も継続中ですので、併せてお待ちしております。

Re: F-86 Sabre Part.2 Name:PAPPY Date:2008/04/27(Sun) 21:27 No.837
NAVY系の機種、型式やBu-No.等は水平尾翼の近くに書かれているものが多いと思いますが、米空軍系の
同様な機種、型式やシリアルNo.等は機首の窓やエアインテークの近くに小さなステンシルで書いてある
ことをこのF-86Fのアップを撮って当時初めて気が付かされた1枚です。
この機体は-30型でノースアメリカン社製(NA)で供与機であることが分かりますね。


Re: F-86 Sabre Part.2 Name:ITAZUKE-1 Date:2008/04/27(Sun) 22:31 No.839
こんばんは
67年5月岩国3軍記念日に見ることが出来た8Sqのラインです。11月には小牧へ移動していますので航空自衛隊最初で最後の配属部隊?となりました。
>広江さん 基地公開でこのようなラインが撮影できるとナンバ−収集癖のある人間は非常にうれしいのです。ハ−フサイズからの読み込みで下の黒い部分はご勘弁を!


Re: F-86 Sabre Part.2 Name:T.H Date:2008/04/27(Sun) 23:48 No.840
昨年11月11日、Nellis AFBを異機種編隊で離陸するミグとセーバーです。USAF60周年記念のエアショーの朝鮮戦争当時のメモリアル・デモでフライトして、夕方 帰投時の離陸だと思います。

Re: F-86 Sabre Part.2 Name:KEI_BKR Date:2008/04/28(Mon) 01:17 No.842
またまた現役では無い機体ですが、ご勘弁を・・・
この人の操るF-86は迫力満点!いつも低い高速パスで撮る者の心を揺さぶります!
また、黄昏時のフライトは、良いものです。(賛否両論あるでしょうが)


0609 OCEANA

Re: F-86 Sabre Part.2 Name:広江 Date:2008/04/28(Mon) 06:46 No.844 ホームページ
永らくポジファイルに保管していた画像を再チェックしたらF-86F↓でした(笑)
機首番号の書かれる位置がRF-86Fとは違うので気づくはずなんですがねぇ〜。

当時501SQにはT-33Aも所属していたはずなので、↑はF-86自体の訓練用でしょうか。
現在の501SQにもF-4EJ改が配備されるとマニア的に面白いと思うのですがネ(笑)

>PAPPYさん
航空自衛隊機は米空軍仕様に準じて書かれていたようですね。(空自E-2は例外ですが)
ただ、米空軍機の書き方は最近変わったような気がします。
ところで、私にも似たショットがありましたので紹介します↓。
未だに紹介されませんが皆さんから忘れ去られているのかな?、お誘いの画像という事で・・・。

(1975年7月27日、松島基地にて)

>ITAZUKE-1さん
岩国時代の8SQは見れないだろうと諦めてました。いやぁ〜驚きです。ありがとうございます。
Part.1最後のレスNo.834も8SQですが、この部隊の塗装の変遷は激しいですね。
皆さんには「黒豹」の8SQが一番馴染み深いでしょうかね。
F-86F, F-1, F-4EJ改, F-2と運用機種を変えてきた、6SQの次に古い部隊ですね。

>T.Hさん
「見せる」帰投シーン、最後までショーモードのようですね。
ハチロクの離陸シーンを見たのは遥か昔で頭の中の記憶でしか残ってませんが、
ハンター同様、手間がかからないのか、フライアブルの機体が多いアメリカの環境が羨ましいです。

>KEI_BKRさん
いえいえ、新旧関係なく色々なショットが見たいのがハチロクの魅力。
全く気にせず、もし在庫があるなら一斉放出して下さいm(__)m(笑)
黄昏時のフライトは、その光を利用した撮り方・表し方の発想&腕次第なのでは?。
私には事前のイメージが湧かず無理ですが、KEI_BKRさんならではの素晴らしいショットですね。

Re: F-86 Sabre Part.2 Name:THUD Date:2008/04/28(Mon) 12:42 No.845
お誘いに弱いTHUDです(笑)67年の入間で展示された第1術科学校(58年第1次受領分)の86D。
私は動いているD型を撮るどころか、見る機会もありませんでした。


Re: F-86 Sabre Part.2 Name:PAPPY Date:2008/04/28(Mon) 21:20 No.846
ITAZUKE-1さんの8SQのハーフサイズからの読み込みで、自分としての最古のハーフサイズのF-86Fが有る
のを思い出しました。中学生の頃、友人と3人で自衛隊の広報を通じて入間基地を見学させてもらった時の
ものでそれはもう待遇良かったです。1964年の撮影で第7航空団の9SQのものと思います。
デジカメ世代には何のことか分らないと思いますがハーフサイズとは当時36枚撮りのフィルムで倍の72枚
も撮れちゃう優れ物のカメラの事です。


Re: F-86 Sabre Part.2 Name:ITAZUKE-1 Date:2008/04/28(Mon) 21:30 No.847
こんばんは
61年板付で航空記念日に展示された5AWのF-86Fです。このころはどこの基地から来たとかまったくわかっていませんでした。


Re: F-86 Sabre Part.2 Name:TROUT Date:2008/04/28(Mon) 23:15 No.848
F-86Ptで紹介されたMACH3さんと同じ73年7月の松島航空祭での撮影、チェック4のハチロクです。この2機は機種と胴体に赤帯付きでした。私は小学生の頃2年弱ほど松島基地の直ぐ側に住んでいて、毎日のようにハチロクの離着陸と対地攻撃急降下等を飽きもせず眺めていたのを思い出します。たまに米軍機も飛来して、F-100 RF-101 F-4 C-130等見たことがあります。でもカメラは持ってませんでした(^_^;) F-105が4機くらいで飛来、着陸はしませんでしたが対地HiLO爆撃訓練をして行ったのを脳裏に焼き付けてあります(^_^)

Re: F-86 Sabre Part.2 Name:広江 Date:2008/04/29(Tue) 08:09 No.849 ホームページ
皆さんを誘っておきながら失礼な事になりますが、私もF-86Dの生きている姿を見た事がありません。
しかし、フライアブルでなくともエプロンに展示されると『それらしい・・・』ですネ。

↑の他に私が見たF-86Dの保存機は、千歳(#199)、松島(#134)、岐阜(#209)、小松(#217)。
皆さんの中で、この他にもご存知の機体がありましたら教えて下さいm(__)m

>THUDさん
入間にもF-86Dの教材機(?)or保存機(?)が存在していたのですネ。
お誘いした甲斐がありました(笑)。ありがとうございます。

>PAPPYさん
まず最初にハーフサイズの説明が必要でしたネ。私は違和感が全くなかったもので・・・(笑)
ところで8SQ同様、9SQの画像が見れるとは思ってもいませんでした。
1961年から1965年までの、僅か4年10ヶ月しか存在しない部隊だったようですね。
この部隊の紹介には驚きました。ありがとうございます。

>ITAZUKE-1さん
スイマセンm(__)m、私は瞬間的に理解できませんでした。
1961年というと、#793は新田原の第5航空団下の第6飛行隊所属機で正しいですか?。
Part.2になってから続けざまに見た事のない部隊ばかりが登場し驚きです。

>TROUTさん
Part.2になってから、TROUTさんはじめ皆さんの発掘作業が進んだのか、
このNo.848も、とても懐かしい画像です。
紹介されて思い出しました。今でいうところのアグレッサー機ですね。
この機体、撮れなかったのですよねぇ〜・・・。
私も水戸の射爆場近くでF-105のバルカン砲の音などを聞きながら機影を眺めていた事があります。

Re: F-86 Sabre Part.2 Name:ITAZUKE-1 Date:2008/04/29(Tue) 08:54 No.850
おはようございます。 
>広江さん 手持ちの少ない資料をみると5AW6Sq所属ですね。手持ちの少ない資料をあれこれ見ながら調べるのも勉強になります。
67年8月11日 板付で撮影した8SqのF-86Fです。このころは空自の戦闘機はちょくちょく来ていました。といってもF-104までですが


Re: F-86 Sabre Part.2 Name:MACH3 Date:2008/04/29(Tue) 09:54 No.851
タンクの塗装が一時話題になった、3空隊長機のハチロクです。
この頃は毎年三沢の公開には行っていました。
夜行で帰るときは小牧温泉で汗を流し、時には飛行機で帰る贅沢な撮影旅行でした。
ある年、関東地方に台風接近中で羽田まで飛ばないかも知れないと気を揉んでターミナルで待っていると最終便が飛ぶことになりホッと一息、飛行機の乗込むとシートベルト着用サインが消えないまま強風大雨の中の羽田到着したこともあります。また飛行機に乗り遅れ、夜行で帰ったりと今思うといい思い出です。


Re: F-86 Sabre Part.2 Name:TROUT Date:2008/04/29(Tue) 22:07 No.852
848と同じ日、対地攻撃デモです。松島基地を訪れた方ならご存じの、基地南側に見える防風林に平行に松の木スレスレくらいの高度で進入急上昇そして急降下、仙石線の手前でまた急上昇。ご覧のように結構な低さでした。

Re: F-86 Sabre Part.2 Name:広江 Date:2008/04/29(Tue) 22:15 No.853 ホームページ
いよいよ総隊ハチロクが退役すると決まった頃、時間があれば入間に撮りに行きました。
↓は300mmでちょうどよい大きさに撮れるポイントと記憶しているのですが、違ったかな?。


>ITAZUKE-1さん
No.847紹介の#793の追記ですが、第5航空団は1961年7月15日付けで松島から新田原に移動しています。
ですので、撮影日付によっては、松島から飛来したのか新田原から飛来したのか分かれるところです。
現在と比べると、空自創成期ともいえる当時の部隊の移動はかなり多いですね。
No.850の第8飛行隊も、松島、小松、岩国、小牧、三沢を渡り歩き現在に至っていますね。

>MACH3さん
私は毎年ではないけど、現地では何度かご一緒したのかな?。
一番記憶に残っているのは、飛行機で帰るはずのMACH3さんが小牧温泉で汗を流してた時(笑)
確か、ゲートで別れて私達は三沢駅に向かい、MACH3さんは空港に向かったのに・・・(笑)
まあ色々思い出がありますネ。
で、本題(笑)、私は1976年の三沢には行ってないのですよねぇ〜。イイ色ですネ。

>TROUTさん
私は松島基地には航空祭と外撮りに数回づつしか行った事がなく、あまり記憶が残ってません。
もっと記憶に残るぐらいハチロクを撮りに通わなくては駄目でしたネ。
高度の低い対地攻撃デモ、内外から色々と撮り方がありそうな感じです。

Re: F-86 Sabre Part.2 Name:PAPPY Date:2008/04/29(Tue) 22:28 No.854
F-86Dは86Fより更にハードルが高い様ですね、そうゆう私も生きたF-86Dは見たことがありません。
写真は72年の千歳空港ビルの屋上に展示してあった第2航空団の103SQ塗装のものと思われる119です。


Re: F-86 Sabre Part.2 Name:ITAZUKE-1 Date:2008/04/29(Tue) 23:34 No.856
こんばんは
こちらに貼ろうかブル−に張ろうか迷って間には貼れないしこちらに貼ることにしました。 75年11月築城公開で10Sqとブル−のラインです。
>広江さん No847は航空記念日の公開ですので9月後半か10月初めですので新田原から来たと判断します。


Re: F-86 Sabre Part.2 Name:広江 Date:2008/04/30(Wed) 22:06 No.858 ホームページ
私にとって築城の6SQと10SQの動く姿は貴重な存在でした。
岩国基地の(当時の)三軍記念日では帰投までねばって↓のショットを撮る事ができました。
私の目の前をタキシーアウトして行きましたが今では考えられないシーンかもしれません。


>PAPPYさん
空自のF-86Dは運用期間が短く、1968年には全機引退してしまったようなので、
当時まだ空自基地に行く事のなかった私は、全く見る機会はありませんでした。
私達の大先輩諸氏から聞いたり写真を見せていただくぐらいです。

>ITAZUKE-1さん
ブルーは当然の事ながら10SQも綺麗なラインですね。
まあヘルメットの置き方までは気が回らなかったのはミソかな・・・(笑)
No.847は新田原に移動直後ですネ。第5航空団にもハチロクが居た貴重なショットです。

Re: F-86 Sabre Part.2 Name:Gulf4 Date:2008/04/30(Wed) 22:10 No.859 ホームページ
フイルム・スキャナーの導入が最近なので、やっとここにも「参戦」できました。
F-86Fはあまり撮る機会はありませんでしたが、福岡に住んでいる当時に撮った
第10飛行隊所属のF-86F(62-7493)。
1975年11月の築城基地航空祭で、外周から撮っています。


Re: F-86 Sabre Part.2 Name:THUD Date:2008/04/30(Wed) 22:24 No.860
スミソニアンの新館に展示されている機体です。塗装は多分1950年朝鮮に派遣された4FIWのものではないでしょうか。胴体の白黒ストライプと垂直尾翼の黒いラインは部隊マークではなく識別用マークのようです。
エアミュージアムといえば、スミソニアンとはスケール的には天と地ですが(笑)我が家の近所に航空記念公園というのがあるのですが、その公園内にある航空発祥記念館に86Dが保管されています。興味のある方は、ご覧になってみては如何でしょうか。ただし、この機体は常設展示ではなく、年に2・3回公開されるだけなのでご注意ください。、詳しい日程は航空発祥記念館HPでご確認いただければよろしいかと思います。ちなみに次回は10月25・26日に予定されているようです。


Re: F-86 Sabre Part.2 Name:広江 Date:2008/05/01(Thu) 20:39 No.862 ホームページ
第1飛行隊の9機編隊によるデモフライト。各機の間隔に乱れのない綺麗な編隊ですね。


>Gulf4さん
BBS2への初「参戦」、ありがとうございます。
撮影ポイントは選ばれたうえでの撮影だと思いますがも、背景がクリーンの良いポイントですネ。
私は九州の各民間空港への乗り降りは何度か利用していますが、
その近くの空自基地を訪れる時間がなく、未だに私にとって未開の地となってます。

>THUDさん
本場のエアミュージアムを見てみたいものです。特に、私はWW2時代の機種に興味があります。
紹介いただいたのは屋外に空自C-46DとANK(?)塗装のYS-11が展示されている航空記念公園ですね。
屋内施設にも展示機があるようですので、機会があれば私も訪れてみたいです。

>皆様へ
そろそろこの話題も尽きてきたようです。
連休も後半に突入し、皆様も忙しくなると思いますので、
次の私のレス(明日の夜)をもって、このスレッドをクローズさせていただきます。

Re: F-86 Sabre Part.2 Name:autokey Date:2008/05/01(Thu) 22:29 No.864
 ちょっと粒子が荒れていてどうしようかと迷っていましたが、ここまでまだこの部隊は出ていないようなので..。小松空港ターミナル側から撮影。ランチャにはAIM9と思われる吊しものが写っています。空港職員から変なヤツと思われたようで、確認(職質?)をされてしまいました。
1975年3月初旬 小松空港にて


Re: F-86 Sabre Part.2 Name:ITAZUKE-1 Date:2008/05/01(Thu) 23:49 No.866
こんばんは
>広江さん お疲れ様でした。皆様からきれいに保存された画像を見せていただき大変勉強になりました。
前に書きました韓国空軍のF-86Fを見つけて読みこんだのですがどうしても2コマつながるし よ-く見ないとROKAFとわからないし ず-っと迷っていたのですが非難覚悟で貼ります。1962年4月10日ペアで飛来したものです。


Re: F-86 Sabre Part.2 Name:イーグル01 Date:2008/05/02(Fri) 00:51 No.867
広江さん、皆さん、こんにちは!

次のお題は何かな〜?とワクワクしながら拝見しております♪
D型の展示機ですが、昨年に行った静浜の航空祭で見かけました。


Re: F-86 Sabre Part.2 Name:PAPPY Date:2008/05/02(Fri) 20:27 No.869
ITAZUKE-1さんが気にされているお隣の韓国空軍のF-86Fは板付を経由して重工/小牧工場にIRAN入り
していた様ですね、63年頃の小牧で知人の撮影です。


Re: F-86 Sabre Part.2 Name:しか太郎 Date:2008/05/02(Fri) 22:34 No.870
まだ終わってなかったようですね、良かった。
複数の空自基地でゲートガードの86Dを取った記憶があったのですが、ネガが発掘できなかったので再び97年ネリスエアーショーでの86です。民間籍の機体が3機フライトしました。


Re: F-86 Sabre Part.2 Name:広江 Date:2008/05/02(Fri) 22:47 No.872 ホームページ
ハチロクを撮るために最後の追い込みで1981年10月頃まで入間に通いました。
その頃には、少なくとも#487, #497, #521が飛んでました。
そして、1982年3月15日の空自F-86F引退式で最後に飛んだのは↓の#497だったそうです。


>autokeyさん
4SQが未登場でしたね。スイマセン、忘れてました。紹介ありがとうございます。
千歳から小松へとホームベースを変えて小松ハチロクの主的存在の4SQですが、
悔しい事に私が小松に通い始める以前の1975年に解散してしまいました。

>ITAZUKE-1さん
韓国空軍機と判別できます。
2機で飛来の貴重なタイミングに遭遇できて良かったですネ。
貴重なショットの紹介ありがとうございます。
そのために余計な気苦労をさせてしまったようで大変に申し訳ありません。
説明に必要不可欠な画像であり、1レス内でHTMLで貼り付けてますので全く問題ありません。
今後もこのような展開となりましたら、全くに気にせず紹介下さい。

>イーグル01さん
F-86Dと隣りのF-86Fとの2ショットが静浜基地航空祭で撮れましたか。
私はF-86Dの生きた姿を見た事がないので、この#183の再現した部隊の正確さはわかりませんが、
機首のシャークティースはF-86Dならではのデザインですね。

>PAPPYさん
いやぁ〜、なんという超貴重な画像の登場でしょうか。驚きました。
PAPPYさんの働きかけと知人の方の発掘作業の連携プレーに感謝いたしますm(__)m
ROKAFからはS-2F(旧名称S2F-1S1)が厚木NIPPIに整備で少数機が飛来しました。
小牧にはF-86Fが飛来したようですが、まだまだ珍機の飛来がありそうな気配ですネ。

>しか太郎さん
忠実かどうかは私も正確に判断できませんが、朝鮮戦争時代の4FIWと51FIWを再現した機体ですネ。
ハンターとほぼ同世代のハチロクですので、まだまだ飛べる機体はありそうですね。
日本でも各制限を緩和してこのような素晴らしいシーンを見れる環境を作ってほしいものです。

>皆様へ
マルヨンの勢いに乗じて始めたものの、どこまで続くかの不安がありました。
しかし不安は一掃され大盛況で終わる事ができました。
特にメディアにも未公開と思えるお宝画像を発掘していただき本当に感謝しております。
どうもありがとうございました。

さて次のお題ですが、この際ですから空自ファントムから続く同じ路線で進みます(笑)
であるならば、ハチロクと来れば次は、やはりサンサンでしょうかね?(笑)
しかし皆様と共に此処も小休止し、連休明けにでも再開したいと思います。

『GO! NAVY』への軌道修正はいつになる事やら・・・(笑)





F-86 Blue Impulse Name:広江 Date:2008/04/24(Thu) 21:44 No.800 ホームページ   
>皆様へ

空自現役部隊のF-86を撮るチャンスはなかったけど、ハチロク・ブルーなら見た・撮った
という方も多いのではないかと私個人的に推測してみました。
ですので、F-86 Blue Impulseのスレッドを単独に立ててみました。
F-86本体スレッドと2本立てなりますが、G/Wでお出かけになる方もいらっしゃるので、
のんびりと進められるのでは?と安易に考えてしまいましたが、はたして・・・。

離陸をどのように撮るか試行錯誤が多かったのですが、
↓の時はR/Wサイドに立ち標準レンズで構えてみました。

Re: F-86 Blue Impulse Name:ITAZUKE-1 Date:2008/04/24(Thu) 23:05 No.805
F-86F 2本立てご苦労様です。昔の2本立て 3本立ての映画館みたいです。どちらも目が離せません。
67年10月1日 航空記念日の公開に来たブル−です。板付(福岡空港も含め)でアクロをしたのは最初で最後と記憶しています。


Re: F-86 Blue Impulse Name:gray3 Date:2008/04/24(Thu) 23:15 No.809
広江様、今回もお邪魔させていただきます。86時代は浜松所属でとても身近な存在で、一時期洋上アクロにはまり、砂浜でエアーショーを楽しんだこともたびたびでした。

Re: F-86 Blue Impulse Name:TROUT Date:2008/04/24(Thu) 23:57 No.812
こちらにも1枚。86ブルーインパルス最後の公開、81年2月の入間です。この時はいつもの入間公開以上の混雑、私はとうとう会場エプロンまでたどり着くことができず、駅前の公園での撮影でした。演技の最後の最後コンバットロール・・・(でしたっけ??)を撮ることが出来ましたが、真冬の青空と真っ白なハチロクのコントラスト 補正しすぎで異様な雰囲気になってしまいました(^◇^;)
でも86ブルーインパルスが一番格好良かったですね〜!配色デザインが最高でした。


Re: F-86 Blue Impulse Name:飛行浪人 Date:2008/04/25(Fri) 00:22 No.814
>ブルーハチロクでは珍しい4本タンクです。年に一度の那覇の公開に行く時の海を渡る装備だそうです。
幸運にも浜松のゲートで広報に連絡したら撮らせてもらえました。古き良き時代でした。


Re: F-86 Blue Impulse Name:広江 Date:2008/04/25(Fri) 14:46 No.816 ホームページ
No.800とは別の日の浜松基地。
今度はリフトオフを予想する位置で望遠でリーダー(#960)を追い続けて撮りました。
しかし、離陸する頃には薄日が出たものの曇天・・・、露出がなくて苦労しました。


>ITAZUKE-1さん
板付基地でブルーインバルスのアクロは1967年10月1日の1回限りでしたか。
当時の民間機の運行状況は多くはないと思いますので、意外な感じです。
背景が時代を感じますネ。

>gray3さん
砂浜でのエアーショーは独り占め状態ではないでしょうか。のどかな雰囲気を私も楽しみたいです。
Blue Angelsが再来日して江ノ島海岸付近ででもアクロを実施してほしいものですネ(笑)

>TROUTさん
1981年2月8日、ハチロク・ブルー最後の日でしたネ。私も行きました。良い天気の日でしたね。
私は結局、南側フェンス付近で外撮りとなりました。

>飛行浪人さん
長距離フェリー時の4本タンクは貴重で、私も是非撮りたいと思ってました。
幸運にも・・・、の古き良き時代、私も色々な基地で思い出があります(笑)

Re: F-86 Blue Impulse Name:HATA Date:2008/04/25(Fri) 21:38 No.818
懐かしい話題をありがとうございます。

1980/7/6横田に着陸するブルーインパルスです。浜松からの到着で、3機ずつのデルタ編隊で降りてきました。この頃は横田の公開にもブルーインパルスは参加してましたね。
ブルーインパルスといえば思い出すのは、1975年頃の「航空情報」か「航空ジャーナル」で「ブルーインパルス物語」みたいのが毎月連載されたことです。発足当時、ニックネームを公募して、浜松の天竜川にちなんで、いったんは「天竜」に決まったというようなエピソードが印象的でした。実際「TENRYU」のコールサインで何回か飛んだそうです。それから、「インパルスブルー」なんていう候補もあったとか。また、東京オリンピックの時は、茅ヶ崎の上空をホールディングしてて、乱れてしまったタイムスケジュールを、NHKラジオの実況放送でタイミングをはかって進入していったなんていうのも面白かったです。

Re: F-86 Blue Impulse Name:広江 Date:2008/04/26(Sat) 16:42 No.822 ホームページ
これまた浜松でのショットですが、演技を終えてR/W09で着陸するショットです。
R/W27上がりのNo.800のショットの後に演技が始まり、その後にランチェン?。
それとも、演技上、最後のブレークでR/W09降りにならざるをえないのかな?。


>HATAさん
1960年代末頃には、私も横田の公開でハチロク・ブルーを撮ったのを思い出しました。
しかしよく考えたら、横田到着/出発の姿を撮ってません。
横田に着陸するハチロク・ブルーのショットは新鮮に感じました。
「ブルーインパルス物語」、面白そうな記事ですね。
ただ、当時は両誌とも定期的に読んでなかったので記憶がないのです。残念・・・。

Re: F-86 Blue Impulse Name:THUD Date:2008/04/26(Sat) 17:06 No.824
86ブルー以降では見られなくなったシーンだと思いますが、タキシー開始前にスモークチェックを行うことがありました。ただ風向きが悪いと少々悲惨なことに・・・(笑) 76年入間にて

Re: F-86 Blue Impulse Name:PAPPY Date:2008/04/26(Sat) 21:23 No.826
No.818のHATAさんのランディングショットを見て横田のブルーを思い出しスキャンしました。
ただし時期が70年代前半だと思うのですがはっきりしなくてHATAさんの80年とはかなりはなれているし
847はその頃から使ってたのかなぁ〜。当時は気にしていませんでしたが他のショットを見ると発進の
時も米兵が誘導していて自衛隊のクルーが居ない様でした。写真も86の周りは米兵だけで横田の雰囲気
が感じられます。


Re: F-86 Blue Impulse Name:THUD Date:2008/04/26(Sat) 22:30 No.828
連貼り申し訳ありません。私の勘違いでなければPAPPYさんの貼られた画像は、多分68年5月18日の横田3軍記念日のときのものではないでしょうか。この960の隣が847でした。PAPPYさんの仰るようにフライト前のチェック、誘導はYOKOTA・TRANSIENT・ALERTが行っていました。

Re: F-86 Blue Impulse Name:autokey Date:2008/04/26(Sat) 23:41 No.830
 広角を持っていればかなりの方が撮られていたシーンかもしれません。何とかハチロクと判るという程度ですが。
1980年11月3日入間基地航空祭にて


Re: F-86 Blue Impulse Name:広江 Date:2008/04/27(Sun) 09:39 No.833 ホームページ
No.812でTROUTさんがコメントされてますが、ハチロク・ブルーの配色デザインは良かったですね。
↓上面から見た場合と全く印象が変わるのも面白いですネ。

濃い色のデザインのT-2を最初に見た時は、その配色のせいからか暗い印象を受けました・・・。

>THUDさん
ハチロク・ブルーで見られたタキシー開始前のスモークチェックはT-2以降では行われないのですか。
T-2ブルー以降あまり集中して撮らなかったせいもありますが、確かに記憶はありません・・・。
しかし、このシーン、風向きを考えて撮らないと大変な事になりましたネ(笑)

>PAPPYさん
横田のこの光景、私も似たショットを撮ってます。
THUDさんの補足コメントでも似たショットなので、皆さん、かなりのニアミスで撮ったようですネ(笑)
当時はまだ米軍主だったのでしょうか・・・、ブルーのクルーも舞台に立ちたかったでしょうね。

>THUDさん
補足ありがとうございます。No.826とNo.828は、確かに1968年5月18日(土)のようです。
この時の置き方の順番は不確かかもしれませんが、私のノートには、
72-7772, 02-7960, 82-7847, 72-7773, 82-7832の5機が書かれてます。えっ?、5機?。

>autokeyさん
1980年11月3日入間基地航空祭、私も行きました。晴れの特異日ともいえる良い天気でしたネ。
この年はハチロク・ブルーが最後の演技となる年でしたからね。

Re: F-86 Blue Impulse Name:ストリーム Date:2008/04/27(Sun) 12:13 No.836
2007年8月 河口湖自動車博物館 にて
ハチロクブルーどころかT2−ブルーも飛行している姿を撮ったことはありません。
昨年夏復元ゼロ戦を見に行ったとき格納庫外にあった機体を撮影してあったものです。
こちらのレストア技術でフライアブルな機体に戻してもらいたいものです。
皆さんの画像を楽しんでみています。
この博物館は8月1ヵ月のみ限定開館です。


Re: F-86 Blue Impulse Name:HATA Date:2008/04/27(Sun) 22:25 No.838
PAPPYさんやTHUDさん、横田での思い出をありがとうございます。
私が横田の公開に行くようになったのは紹介された写真より10年以上あと。。。

1979年の横田の公開のでの写真ですが、このころはすでに自衛隊のグランドクルーがいたようですね。目の前を転がって、すぐに離陸していったのをおぼえてますが、タクシーアウトしていくコースに沿ってクルーが並んでましたね。
TROUTさんが書かれてるように、「ローリングコンバットピッチ」はブルーインパルスの中で好きな演技の一つです。私も初めて行った1976年の国際航空宇宙ショーで見てからとりこになってしまいました。そのときは、最後のプログラムとは知らずに。。。
ハチロクブルーの下面の塗装は、センターラインからズレてるというのも「ブルーインパルス物語」で読みました。前輪のカバーの赤いところも、真ん中を通ってないというのを知って、正面からの写真を撮ろうとしたこともありました。

Re: F-86 Blue Impulse Name:しか太郎 Date:2008/04/28(Mon) 00:01 No.841
広江さん、こんばんは。86&86ブルーも盛り上がっていますね。

やっぱり7ブルーは86が一番いいですね。ただ当時は装備が貧弱だったこともあり(機械のせい?)あまりいいのがありません。その中から一枚。86ブルーのラストショーでの撮影です。


Re: F-86 Blue Impulse Name:広江 Date:2008/04/28(Mon) 06:45 No.843 ホームページ
岩国基地でのデモフライトの様子。
T-2&T-4ブルーよりも演技高度が低いような気がするのですが、気のせいでしょうか・・・。


>ストリームさん
零戦の復元で私でも名を聞いた事がある河口湖自動車博物館にはハチロク・ブルーも居るのですネ。
フライアブルにして飛ばすスポンサーが現れるとイイのですか、日本では難しいかな?。
いっその事、アメリカで飛ばしてくれてもイイのですがネ(笑)

>HATAさん
初めて知りました!。
No.833のオリジナルをチェックしたら判明しましたし、皆さんの正面形画像でも判別できます。
今日の今日まで30年近くも知らなかったのは恥ずかしいかぎりです。

>しか太郎さん
TROUTさんがNo.812でコメントされている、ハチロク・ブルー最後の1981年2月8日のショットですネ。
私は外からですが無我夢中で撮って、終わった後はなんだか燃え尽きたような・・・(笑)
ですので、T-2ブルーではなかなか立ち上がらずに過ぎ去っちゃいました。

Re: F-86 Blue Impulse Name:うみ太郎 Date:2008/04/29(Tue) 22:32 No.855
遅ればせながら参加させてもらいます。
手元にプリントからスキャンした画像がありました。画像は悪いですが状況はわかります。
78〜79年頃の入間航空祭のお帰りカットで、6機並んでるのが演技とは違いますね。
バックの銀C-1、横田のC130も懐かしいです。
T-4ブルーでは2機x3のタキシングなのでこの様な並んだ姿はなかなか見れません。


Re: F-86 Blue Impulse Name:広江 Date:2008/04/30(Wed) 22:05 No.857 ホームページ
↓の時のデモフライトは広角レンズor標準レンズを主体に撮りました。
真っ青な空にモクモクのスモークが綺麗でした。


>うみ太郎さん
ハチロク・ブルー、銀ピカC-1、米空軍MACのハーク、時代を感じる機種が揃ってますね。
私にとってのBlue Impulseは、ハチロクで燃え尽きました(笑)
T-2で多少尾を曳きましたがT-4は完全にアウト!です。
ですので、T-4の転がりを見た事がありませんが、それぞれ個性があるのですね。

Re: F-86 Blue Impulse Name:TROUT Date:2008/05/01(Thu) 00:33 No.861
うみ太郎さんと同じくハークとコラボ、C-130がメインのようですが、クルーの皆さんもブルーインパルスに夢中になっていますので紹介させてください(^○^) 77年7月の横田公開での撮影です。米軍のパイちゃん達も機上で我々同様、見物撮影に夢中ですね。右端の人はフィルム交換で焦ってるようです(^○^)

Re: F-86 Blue Impulse Name:広江 Date:2008/05/01(Thu) 20:39 No.863 ホームページ
当時と今のレギュレーションの差は分かりませんが、当時はやはり低かったのかな?。 


>TROUTさん
ブルー、ハークとクルー、手前の家族、のんびりした雰囲気のほのぼのショットのようです。
特に、ハークの上の右端のクルーがそう感じさせているのかもしれません(笑)
横田、岩国、洋上、等々、それぞれの雰囲気のあるショットが登場しますが、
残念な事に私は「厚木らしい」ショットがありません。
しかし、よく考えたら、ハチロク・ブルーは厚木でデモを行ったのかな???。
T-2ブルーの記憶はあるのですが・・・(^_^;)

>皆様へ
そろそろこの話題も尽きてきたようです。
連休も後半に突入し、皆様も忙しくなると思いますので、
次の私のレス(明日の夜)をもって、このスレッドをクローズさせていただきます。

Re: F-86 Blue Impulse Name:autokey Date:2008/05/01(Thu) 22:45 No.865
 広江さんの裏側から撮った様なショットですが確か、かなり短いレンズて撮った気がしています。おっしゃるとおりこの頃はかなり低い高度での演技だった筈です。
 T2―BIも初期はかなり低い高度で演技していたと認識しています。その後、残念かつ痛ましい浜松での事故により、見た目の迫力より安全性が優先され、ショーの最低高度が引き上げられたと聞いています。
 1979年8月 松島基地航空祭にて


Re: F-86 Blue Impulse Name:ファントムおじさん Date:2008/05/02(Fri) 01:20 No.868
もうクローズとゆうことなので駆け込みで。入間基地で行われたハチロク・ブルーの最後の公開演技を。午前中に6機、T−2の6機の演技を挟んで午後に5機飛びました。6機での公開演技はこの時が最初で最後だったと記憶しております。もっと6機での演技見たかったです。


モータードライブを持っていなかった時だったので2機が入った時は奇跡でした。

Re: F-86 Blue Impulse Name:広江 Date:2008/05/02(Fri) 22:46 No.871 ホームページ
1981年2月8日、ハチロクブルー引退式の最後(2回目)の着陸後のショット。

翌年からはT-2の演技が正式に始まりましたが、
当初は、演技のスピード・空域の幅・演技間の時間間隔、などなどに戸惑った記憶が残っています。

>autokeyさん
私は望遠で撮ってますが、紹介の#960の低さは尋常じゃないように感じます。
中望遠レンズでの撮影ではないでしょうか?。スピード感が出ているのもイイですね。
それに主翼下面の光り方も不思議です・・・。地上(水面)の何から反射しているのでしょうか。
何気ないように見えますが、素晴らしいショットと驚いています。

>ファントムおじさん
ハチロク・ブルーの最後の公開演技、私も見に行きました。
ただし私は外撮りだったので、アクロ自体は自分の目でしっかり見届けました(笑)
6機でのショーは、この日が最初で最後でしたか・・・。
最初に4機上がって、続けてシングル、シングル、と上がるのが普通だと思い込んでました。
当時、モータードライブを使っていても、撮るタイミングを逸した事は多かったです。
なんせ36枚撮ったらフィルム交換しなくてはならないですからね(笑)
ですので基地公開などでは、いつも首からカメラ2台をぶら下げてました。

>皆様へ
本編とハチロク・ブルーを別けた事によりスムーズな展開となり、
ハチロク・ブルーならではの楽しい話題の大盛況で終わる事ができました。
いつもながらですが、皆様の発掘作業に感謝いたします。
どうもありがとうございました。





F-86 Sabre Name:広江 Date:2008/04/24(Thu) 16:39 No.795 ホームページ   
>皆様へ

F-4 Phantom II後半からF-104まで空自メインのスレッドが続きましたので、
この際ですので、更にさかのぼって「F-86 Sabre」のお題は如何でしょうか?。
F-86系は民間機としても現在も飛び続けておりますし、過去には厚木にも飛来するなど、
空自機以外に撮られた方も少なくはないと思っています。
是非、皆さんの「ハチロク」(FJ Furyを除く)に関わる話題や画像をお待ちします。
しかし『ハチロクはちょっと〜』と厳しい方も多いのではないでしょうか。
ですので、のんびりとしたスレッドで進めたいと思っています。

なお、ハチロク・ブルー・インパルスは別スレッドを立てますので、
発掘作業なども並行して作業を進めていただけるとよろしいかと思います。

まずは、入間基地航空祭ではT-33と並んで定番(?)だった“総隊”のF-86Fを↓。

Re: F-86 Sabre Name:T.SPARK Date:2008/04/24(Thu) 17:10 No.796
広江さん、86はな〜と思いましたが、これを撮っていたのを思い出しましたのでスキャンして
みました。横田のオープンハウスでの撮影ですが、おそらく現在はここまでの立ち入りは出来
ないでしょうね(去年のFSDで試みましたがダメでした)。
幼少の頃、家の上空を86ブルーがカラースモークを出して飛んでいたのを見たのが最初で最後
の生きていた姿だったのです。
(12832 FU-832 NINA2)


Re: F-86 Sabre Name:T.H Date:2008/04/24(Thu) 19:17 No.797
私にとっては、先の「お題 F-104」よりも 航空自衛隊現役の姿を撮影する機会は少なかったという印象のハチロクです。
But、 US.NAVYで使用していたハチロクの写真があるので、GO! NAVY BBS だけに、これを最初に紹介させて頂きます。
NAS Pt.Muguの PMTC (Pacific Missile Test Center) が当時運用していたF-86が、1986(ハチロク)年8月の NAS MOFFETT FIELDのエアショーに地上展示された時に撮影したものです。民間の Nレジ F-86は、今でもアメリカ国内で数多く飛行可能な機体が有り、各地のエアショーでその勇姿を見る機会が多々あります。近年では空軍から認証を受けた数名の民間籍パイロットと現役空軍パイロットで異機種フォーメーションを組む "ヘリテージ・フライト”にF-86が参加して A-10、F-15、F-16やF-22 等と一緒にデモフライトを実施している姿も見られます。


Re: F-86 Sabre Name:THUD Date:2008/04/24(Thu) 21:11 No.798
F−86ビンゴ!でした。\(^o^)/ってヒントで誰でもわかりますね(^^ゞ
05年のオシアナで撮影したものですが、機動を眺めているうちにBIのソロ演技と一瞬イメージがダブリ、懐かしい想いにとらわれました。エアショーの度にこういうものが見られる環境はうらやましい限りです。


Re: F-86 Sabre Name:広江 Date:2008/04/24(Thu) 21:43 No.799 ホームページ
浜松北をホームベースとしていた訓練部隊の第1飛行隊↓。
ランウェイが東西09/27の浜松基地ですが、朝一番のRW27へのタキシングのみが順光で撮れました。


>T.SPARKさん
横田のこの機体を忘れてました(笑)。
私も撮ろう撮ろうと思っていながら脇を通り過ぎていたのですが、とうとう撮れなくなっちゃいました。
ハチロク・ブルーは駄目ですか・・・。厳しいお題で申し訳ないです。

>T.Hさん
さすが、米軍機が続けて紹介されました。それも米海軍機!。
空自のF-86Fは、米軍からの供与機/三菱の生産機の区別なく多くがアメリカに帰ったようですね。
紹介のPMTC-34は三菱製の空自S/No.82-7837(米軍S/no.56-2839)です。
空自82-7837を紹介しようとしましたが、残念ながら私のポジファイルは欠番でした。

>THUDさん
ビンゴ!でした?(笑)
素晴らしいショットを即紹介していただき、予告した甲斐がありました(笑)
WW IIレシプロ機がレストアされてフライアブルとなって飛ぶのを見て驚きましたが、
F-86も民間機となって未だに飛ぶ環境が整うアメリカって素晴らしいですネ。
日本でもなんとかならないものですかネ・・・。

Re: F-86 Sabre Name:ITAZUKE-1 Date:2008/04/24(Thu) 22:43 No.801
こんばんは
F-86Fは築城に長くいましたのでたくさん撮っているかと言うと 当時は米軍機オンリ−で板付基地が忙しかったので年1回くらいしか行っていませんでした(公開のとき) 71年11月7日築城公開で撮影です。 
板付には三菱でIRANを受けるために韓国空軍のF-86Fが中継でたまに来ているのを見たことがありますが画像は出てきません。 


Re: F-86 Sabre Name:PAPPY Date:2008/04/24(Thu) 22:51 No.803
THUDさんのオシアナのSabre、50年以上も前に開発されたとは思えない新品の様な綺麗な機体に感激です。
400機以上自衛隊に装備されてたらしいですが、生きた86はかなりハードルが高いかも知れませんね。
写真は築城の第8航空団の第6(赤帯)or第10(青帯)飛行隊のものですが悲しいかなモノクロでどちらか
分りません、ちなみに8をもじったイナズマ?は黄色です。73年頃外来で百里に飛来したものです。


Re: F-86 Sabre Name:TROUT Date:2008/04/24(Thu) 23:37 No.810
こんばんは広江さん。飛行機撮影を始めたころはまだまだ現役で飛んでいたんですが、マルヨン以上に撮る機会を作らず・・・よって入間のハチロク以外はほとんど撮っていません(^_^;) いつも同じ場所での撮影ですがRF-86です。73年7月横田。 このころの入間は設備が今のように完備されてなく、悪天候の時にはよくダイバートする機体がありました。このRF-86も梅雨時の撮影です。

Re: F-86 Sabre Name:飛行浪人 Date:2008/04/24(Thu) 23:50 No.811
>お待ちしてました。
懐かしのハチロク、マルヨンも良いですが、ハチロクののどかな?ジェット音も良かったです。
ハチロク最後の実戦部隊、10SQの築城には良く行きました。青の部隊は殆ど撮ってません。最後の頃は機体老巧化によりG制限がかかり、ノーズに赤帯を巻いてました。
写真は射撃訓練を終わって着陸後にデアーミングをしているところです。
築城ではマルヨン狙いで行った時にハチロク最後のフェリーに出会いました。大勢の隊員が見送る中、翼を振りながら東の空へ消えてゆきました。


Re: F-86 Sabre Name:しか太郎 Date:2008/04/25(Fri) 00:20 No.813
>広江さん
広江さん、こんばんは。今度はハチロクですか、私にとってはマルヨンより分がいいかな?といってもほとんど空自総隊しか撮っていませんが。

画像は97年ネリスエアーショーでのMIG15との模擬空戦デモです。


Re: F-86 Sabre Name:エイブルドッグ Date:2008/04/25(Fri) 12:43 No.815
>広江さん、
やはりマルヨンの次はハチロクでしたか。空自マニアの方には原点のような機体ですね。写真は飛行浪人さん
も言われた対G制限赤線入りの6SQハチロク、1979年8月8日築城基地での撮影です。しかし「この機体はボロで
激しい機動はできません」てわざわざマーキングして知らせるって・・・平和ですね。


Re: F-86 Sabre Name:広江 Date:2008/04/25(Fri) 14:48 No.817 ホームページ
RF-4Eに交代する前に・・・、と入間には501SQのRF-86Fを求めて通いました。
RF-86Fは供与機F-86Fから18機が改造されました。
現在のRF-4EJ同様、↓の#428も62-7428から62-6428にS/No.が変更されました。

有名な話しですが、RF-86F機首の機銃口はふさがれてますが、機銃口のように塗装されてます(笑)

>ITAZUKE-1さん
1960年代末から1970年代始めにかけて地元(板付)は忙しかったでしょうねぇ〜。
私も厚木が落ち着き始めてから、近場の入間や百里などの空自機から撮り始めました。
小牧三菱工場での韓国空軍F-86Fの画像は見たいですねぇ〜。

>PAPPYさん
6SQと8SQの編隊とは珍しいですネ。
たぶん色の濃さから、前の#955が赤の6SQ、後ろの#949が青の10SQではないでしょうか。
築城のF-86は関東圏では、まず撮れない部隊だと思ってましたが、百里で撮れましたか。

>TROUTさん
横田には百里や入間の空自機が時々飛来していた事が、このところのスレッドで分かりました。
梅雨時の天候程度で横田にダイバートしてくるぐらい、当時の入間の設備は弱かったのでしょうかね。

>飛行浪人さん
築城には6SQ単独となった時代によく行って、青の10SQは殆ど撮ってない、という事ですね。
ハチロク最後のフェリーに出会えたなど、築城のショットが豊富そうですね。楽しみです。

>しか太郎さん
朝鮮戦争時代の2機種ですね。
主翼端の塗装からTHUDさん紹介のNo.798とは別機ですね。
このようなフライアブルな機体でショーを行うアメリカは素晴らしいです。

>エイブルドッグさん
空自マニアの原点ですか・・・、なるほど、戦後リセットされた日本ならではですね。
「この機体はボロで激しい機動はできません」を表している、って・・・(笑)

Re: F-86 Sabre Name:ITAZUKE-1 Date:2008/04/25(Fri) 21:46 No.819
こんばんは
75年11月築城の公開で撮影した最終号機です。このまま6Sqで用廃になったと記憶しています。 撮影しているときは最終号機とは知らずゾロ目としか認識していませんでした。


Re: F-86 Sabre Name:MACH3 Date:2008/04/25(Fri) 22:03 No.820
松島に居た第1航空団の黒・黄色のチェッカーを書いたハチロク。(空自関係は疎いのでコメントが間違っているかも?) ハチロクは小松、松島、入間、小牧、浜松、三沢と撮りに行きましたが、九州まで足を伸ばせず福岡出張のとき築城まで行きましたが土曜日だったので飛ばず、あきらめの早い私は30分くらいで福岡に戻ったことがあります。 その後築城の第8航空団は岩国の公開で青帯だけ撮れました。
ハチロクは現像後整理をしていないので何処の箱にあるのやら探すのが大変。 各地の空自基地を回った割には冷遇していますね。


Re: F-86 Sabre Name:ALPS Date:2008/04/25(Fri) 23:39 No.821
広江さん 皆様 こんばんは
ハチロクとは予想していませんでした。33と思っていたのですが...
高校生の頃までは、第3航空団のハチロクが飛んでいるのを、毎日飽きるほど見ていました。現用機には興味はなく、カメラもなかったので、1枚の写真すらありません。大人になる前に第3航空団は三沢に移動してしまい、撮影できたのは浜松の第1航空団とブルーインパルスがほとんどになってしまいました。
画像は、1987年2月17日嘉手納で撮影したフライトシステムズのF-86Fです。レジが隠れてしまいましたが、N91FS
です。他にN92FSも飛んでました。今なら、さしずめ厚木のハンターに相当するところでしょうか。


Re: F-86 Sabre Name:広江 Date:2008/04/26(Sat) 16:42 No.823 ホームページ
松島の第4航空団には「赤4」の5SQと「青4」の7SQが所属していましたが、
1975年に訪れた時は↓の7SQのみでした。


>ITAZUKE-1さん
6SQの#999と#000は有名な機体です。ギャンブル屋さんのお守り的存在?(笑)
10SQには#888もいましたが、いずれも私は撮る事ができませんでした。
私の運はそんなものだったのかもしれませんネ(笑)

>MACH3さん
「4チェック」は浜松の第1航空団から松島の第4航空団へ派遣された機体です。
もし米海軍的に表現するならば、「1stAW DET.MATSUSHIMA」が近い表現かな?。
1971年7月30日に岩手県雫石町付近で全日空B727(JA8329)と衝突したのが、
この第1航空団松島派遣隊のF-86F(92-7932)と発表されてます。

>ALPSさん
フライトシステムズは厚木にも飛来し、一応は撮影しましたがポジもデータも見つからず、
どなたかから紹介されるのを期待してました。ありがとうございます。
この機体はカナダ製のCanadair CL-13A Sabre Mk.5で米軍のF-86Eに相当します。
以下の3機が嘉手納からミッションを行った記録があります。
N91FS Canadair CL-13A Sabre Mk.5 RCAF23231
N92FS Canadair CL-13A Sabre Mk.5 RCAF23285
N93FS Canadair CL-13A Sabre Mk.5 RCAF23347 1990年6月5日沖縄で事故損失
これらは1954年製で、1959年〜1960年製のATACのハンターよりも若干お歳よりですネ(笑)

Re: F-86 Sabre Name:PAPPY Date:2008/04/26(Sat) 20:46 No.825
RF-86Fは入間航空ショーの公開等で関東圏の人には馴染みが多いと思いますが、ローカルのマニアの方
にはどの様にとらえられているのでしょうか、各地にも頻繁に展開していたのでしょうか。
訓練飛行から帰投し誘導路に入る426で、73年頃の入間にて。
RF-86F 62-6426


Re: F-86 Sabre Name:エイブルドッグ Date:2008/04/26(Sat) 21:47 No.827
>広江さん、こんばんは
三沢のハチロクがまだのようなので、投稿させていただきます。1977年9月15日の三沢航空祭で展示飛行を
終えた3SQのF-86Fです。インテークカバーにシャークマウスを描くというのはアイデアですね。F-86の時代
は今では考えられぬほど事故が多く、確か空自でも90機余りが事故で失われているはずですね。最近の飛行
機が随分安全になったのは何よりです。


Re: F-86 Sabre Name:autokey Date:2008/04/26(Sat) 23:15 No.829
 ちゃんと調べれば良いのですが、記憶に頼ると確か新田原基地の滑走路工事のためマルヨン部隊が移動してきていた頃だったと思います。もうこれで目に出来るハチロクはあと何機有るのだろう、と二兎を追って出かけて行った築城航空祭でした。
 基地にはいると、地上展示の中にこんな塗装で置いてありましたが、まだ生きている機体かどうかはわかりませんでした。似たような明細塗装機は公園のような処にも1機置いてあったのですが、こちらはもう用廃の雰囲気でした。これ以外にも真っ白く塗られたものもあり、現役を外れつつある寂しさを味わいつつ、帰りの基地内の地元の農家の出店で自然薯を仕入れて帰ってきました。
1980年11月9日 築城基地航空祭にて


Re: F-86 Sabre Name:ALPS Date:2008/04/27(Sun) 00:30 No.831
>広江さん
フライトシステムズのF-86(CL-13A)の件、詳しく補足していただきありがとうございます。
勝手に米国製だと思い込んでいました。
さて、はじめて航空祭なるものに出かけてみた1979年の岐阜で、なぜか6SQ?のハチロクが展示されていました。
外来として飛来したのか、第2補給廠の用廃機を並べたものなのかはわかりません。そして私にはAPG/APWの
ハチロクを撮った記憶がないことに気が付き、少し冷や汗が出ています。


Re: F-86 Sabre Name:ITAZUKE-1 Date:2008/04/27(Sun) 09:20 No.832
おはようございます。
>PAPPYさん RF-86Fは築城公開には展示されることはなかったと記憶しています。平日は??です(ほとんど行ってないので)
>autokeyさん この時期6SqにF-1が配属されてきましたので用廃機に迷彩塗装のテストをしたものではないかと思います。80年9月に行ったときは6SqはF-1とF-86Fが飛んでいました。
>広江さん これでしょう! 昨日はなん千円で何回かかって何万儲かったとか勝ったときしかパチンコの話をしない人には(笑) 82-7777 年月不明です。


Re: F-86 Sabre Name:広江 Date:2008/04/27(Sun) 09:40 No.834 ホームページ
ALPSさんが高校生の頃まで毎日飽きるほど見ていた第3航空団のハチロクは私には貴重な存在。
百里への移動訓練(?)に偶然遭遇した時は嬉しかったですネ。ただ天気が・・・。

いつもタンクに隠れている貧弱そうな主脚が丸見えになると、なんとなく違和感を感じますネ。

>PAPPYさん
当時、私はあまり空自機を目当てに展開していないので判断基準には満たないと思いますが、
私達関東圏のマニアが他の基地からの外来機を撮るのが嬉しかったのと同様、
501SQのRF-86Fの外来を喜んだ方も多かったのではないでしょうかね。
ただ、このような場では、あまり登場しないような気もしますが・・・。

>エイブルドッグさん
3SQの塗装は直線だけの至ってシンプルなデザインですが派手ですよね。
機首インテーク周りを塗っているのも良いデザインです。
主翼下燃料タンクをカラーリングしシャークティースを描いた機体もありましたね。

>autokeyさん
この#938は当時の雑誌にも紹介された有名な機体ですね。
1980年築城基地航空祭は6SQハチロク最後の年だったので厚木からも多くの人が遠征し、
そのお土産話の一つとして#938の迷彩の事を聞きました。

>ALPSさん
空自機個々の履歴を記録してないので、#506の6SQ前後の事は分かりません。
ちょっと歯がゆいですネ。申し訳ないです。
F-86F/DはAPG時代のみ?、APW時代にも飛んでいたのですかね。私も撮ってないので分かりません。

>ITAZUKE-1さん
そうです!、それです!(笑)
前後関係が分かりませんが、1975年に浜松で1SQの#777を撮った帰路は意気揚々でした(笑)

 
>皆様
意外にもハチロクの進み具合の速いのに驚いています。
皆様が、それだけしっかりと撮られ、そして発掘されたのを感謝します。
レス数もちょうど良い長さになったので、とりあえずクローズしPart.2を立てます。





F-104 Part.2 Name:広江 Date:2008/04/19(Sat) 22:17 No.760 ホームページ   
イメージにそぐわないような気もしますが、マルヨンにも対地攻撃訓練も課せられてたのですね。


>皆様へ
マルヨンには強烈な印象を持たれた方も多いようです。
このPart.2で皆様からのマルヨンにまつわる話題を引き続きお待ちします。

Re: F-104 Part.2 Name:autokey Date:2008/04/19(Sat) 23:46 No.761
 このころ、マルヨンも退役が近くなり、あとちょっと、と出かけていきました。なかでも新田原の基地際はご承知の通り写真撮影には好都合でモノクロメインでしたがいつも調子に乗って一度に400枚ぐらい撮ってしまい、休暇を取って徹夜しながら(自分で)現像する羽目に陥っていました。楽しいはずが帰ってからは、疲れるは財布はやせ細るはで後楽ならぬ後憂でした。
いまならデジタルで、後処理の手間は比べようもありません。あのときに有ればな〜。
 このときの航空祭当日は、開催側も気合いが入っており、翼端タンクを外したクリーン形態で、こんなに飛べるのかと言うほどのソロのデモンストレーションを披露してくれましたが、ご紹介の方はそちらではなくかつモノクロで申し訳ありませんが編隊でのデモの方を。
 広江さん。着陸の時はあまり気にならなかったのですが、離陸はかなりの確率でぶれていました。鉛筆のような機体で特に横から見ると細く小さかったために私には見にくくてピント合わせに気を取られ、早いと感じ追いつけなかったのが理由かもしれません。
 ところで排気口のチョロチョロと燃えていた火は私もアフターバーナー用かと思っていました。ご存じの方がいらしたら私にもご教授下さい。
1981年11月15日 新田原基地航空祭にて


Re: F-104 Part.2 Name:飛行浪人 Date:2008/04/20(Sun) 00:40 No.762
>はいはい待ってました。といっても久々にチェックしたらもうパート2ですね。
マルヨンは我が青春でした。私も百里、新田原、小松、岐阜、那覇、千歳と随分通いました。
自衛隊から引退した後はヨーロッパ、そして実働部隊では最後まで残った台湾へも行きました。
台湾へは後発組だったので残念ながら元空自のマルヨンには会えませんでしたが新竹では元空自の機体で飛んだことがあるというパイロットに話を聞く事が出来ました。退役式典では台湾海峡でミグを落としたパイロットにも会うことが出来ました。写真は1995年8月27日の新竹基地公開日に飛んだRF104Gです。
偵察カメラは機首ごと交換するとか。
泣き声はG型よりもJ型のほうが良い泣き声を出します。G型はあまりなかなかったようです。
排気口から見える火はたしかイグナイタートーチという名称でフレームアウト時の種火と言うように聞いてましたが定かではありません。是非関係者の解説をお願いします。
いろいろあるのですが次に見る頃には終わっていそうですね。皆さんの秘蔵の品を楽しみにしています。


Re: F-104 Part.2 Name:朝ヤン Date:2008/04/20(Sun) 01:44 No.763
広江さん、みなさま今晩は。
私もマルヨンは末期の実機をかろうじて撮影できた部類です。
マルヨン自体は子供の頃から良く知っていましたし、好きでした。プラモも作りました。
ウルトラマン系の特撮番組で真っ先にやられる役が多かった様にも記憶してますが(笑)
画像は多分85年?の朝霞駐屯地における観閲式で撮影したFLTです。
もう207SQの解隊間際であったように記憶するのですが6機が会場に現れた時は感動しました。
リードのDJは001であったように思うのですが?息が長い機体だったんですかね?


Re: F-104 Part.2 Name:PAPPY Date:2008/04/20(Sun) 08:21 No.764
F-104Jの対地攻撃はどんな感じだったのでしょうかね。
当時のサイドワインダーでは全天候戦闘を行う事ができなく、翼下の2.75インチロケットランチャーは
対空戦闘用に装備されているらしい。75年頃の百里にて。


Re: F-104 Part.2 Name:T.H Date:2008/04/20(Sun) 08:56 No.765
マルヨン目当てで 自衛隊の基地へ撮影に行ったのは、この時が初めてだったと思います。Part.1で紹介した百里は、たぶんファントムが目当てだったように思います。
想い返せば、部隊が配備されている基地での撮影は百里と那覇だけで終わったような感じです。その他は、航空祭での展示や戦競等のこま切れなものしかありません。
これも夏休みを利用して沖縄へ遠征し、嘉手納近くに滞在して嘉手納外周で撮影したていた時に、半日だけ浮気して空自 那覇基地へマルヨン部隊の撮影に行った時のものです。皆さんも書かれているように、R/Wサイドから撮ったF-104の離陸はメッチャ早くて、ブレたカット多数でした。ボディーをグレーに塗装した空自のマルヨンは、確か那覇の部隊末期だけだったような記憶があります。

>広江 さん
という事で、既に米軍は嘉手納に集約されていた時代で、私も那覇は素通りしがちでしたが、一度だけマルヨンを撮りに嘉手納から那覇へ行っていました。
今となっては、たいへん貴重なマルヨンの写真が少し手元に残って居て 嬉しいかぎりです(笑)。

NAHA AB  18 JUL  1983


Re: F-104 Part.2 Name:広江 Date:2008/04/20(Sun) 09:33 No.766 ホームページ
(当時)千歳基地R/W36Rからの離陸を撮影する機会がありましたが、フィルムはISO25のK-IIかK-M。
ISO25ですから、シャッターは1/250で切ったと思います。
ギアアップがもうちょっと引き込み加減となる格好が私は好きなのですが・・・。


>autokeyさん
私はマルヨンをなんとかかすって撮れましたが、やはりファントム世代。
航空祭でマルヨンのデモを見た記憶も結果として残っている画像も多くはなく、
紹介画像のような低いデモや翼端タンクを外したクリーン形態のデモは全くありません。
202SQ/204SQ駐留の新田原が最後のマルヨン・ネストで楽しむ事ができたでしょうね。

>飛行浪人さん
ヨーロッパよりも身近な台湾のマルヨンは、お国柄の撮影制限があったと聞いてますが、
近年には一般公開で撮るれるようになったのですね。
マルヨンが日本から引退後も各国に遠征される飛行浪人さんは、やはりハチロク/マルヨン世代ですね。
その秘蔵の品々をまた別の機会に拝見したいものです。
GとJのエンジン音は微妙に違いますか・・・。
GEかIHIの差はあれど基本的には同じだったと思いますので、排気ノズル形状に差があるのでしょうかね。
「イグナイタートーチ」の件、ありがとうございます。永年の疑問が解けました。

>朝ヤンさん
なるほど・・・、マルヨンは観閲式でも飛んだでしょうね・・・。観閲式を見落としてました。
マルヨンは子供の頃に見た映画によく登場しましたね(笑)
しかし、私が最も記憶に残っているのは「ライトスタッフ」ですネ。今でもたまにDVDで見ます。

>PAPPYさん
やんわりとご指摘いただき気がつきました。
No.760の『マルヨンにも対地攻撃訓練・・・』の私のコメントは間違いです。
単にロケットランチャーからの先入観年でした。失礼しましたm(__)m
確かに、AIM-9を補う目的でロケット弾も空対空で用いられたようですね。
空対地訓練で事故が多発した西ドイツと日本の運用条件が比較対比されたのも思い出しました。
ご指摘、ありがとうございますm(__)m

>T.Hさん
那覇の画像を見る度に、当時、何故素通りしたのか・・・、本当に後悔しきりです。
嘉手納で『Mall・・・(スペルあってるかな?)』と聞こえ、マルヨン飛んでるなぁ〜と思ってました。
まあいわゆる、オヤジギャグの『アフター・フェスティバル』ですナ(笑)
追伸ですが、
No.742で紹介された#693は、両翼下にECM(ジャミング?)ポッドALQ-4を吊るしているEF-104Jですね。
機数は把握していませんが、少数機が改造されて各部隊に配備されていたようです。

Re: F-104 Part.2 Name:エイブルドッグ Date:2008/04/20(Sun) 10:15 No.767
>広江さん、
いつも楽しい企画をありがとうございます。見る人に強烈なインパクトを与えるF-104のスタイル。日本のF-X候補だった当時、子供だった私は「最後の有人戦闘機」という宣伝文句を聞いて戦闘機がなくなるのかと本気で心配しました。写真は既出の207SQのDJですが、ドラッグシュートを引いているのがまだのようなので投稿させていただきます。ドラッグシュートもこれからの飛行機では見られなくなるでしょうね。1979年8月9日、新田原基地での撮影です。


Re: F-104 Part.2 Name:PAPPY Date:2008/04/20(Sun) 13:06 No.768
68年頃と思いますが横田三軍記念日のラインナップです。マルヨンは横田にはよく参加していた様ですが
この頃はまだノーマーキングでした、何年頃からSQのマーキングを入れるようになったのかなぁ〜。
F-104Jの次から何機の機種がわかりますか?
正解はVC-5のF-8C, B-57E, F-100D, RF-4C, F-105D, RB-57F, 最後はC-135かな?


Re: F-104 Part.2 Name:TROUT Date:2008/04/20(Sun) 17:45 No.769
いや〜、始まっちゃってましたね! 気が着きませんで出遅れました(^^ゞ
私が始めた頃、空自はF-4が最新鋭でマルヨン全盛でしたが米軍オンリー、日の丸をわざわざ追いかけてなんてことをしない時期でした(^_^;) しかし、いつものことですが終焉間近になって慌ててかき集める悪い収集壁(;^_^A 数的には207が一番撮った結果になってしまいました。そんな中私的には貴重な百里のマルヨンです。78年3月、実弾?サイドワインダー付き、後方にターゲットを抱えたDJが離陸して行きます。


Re: F-104 Part.2 Name:ALPS Date:2008/04/20(Sun) 20:39 No.770
岐阜のマルヨンは、開発が終わっている80年代は、もっぱらチェイスとしてF-15やF-4のお供で飛行することが
多かったと思います。異機種の編隊でオーバーヘッドアプローチし、数回タッチアンドゴーを行ってから、エプロンに戻るパターンが、日常的でした。
207SQが解隊されると、飛行時間のある機体が岐阜に回されてきて、最後のお勤めを行い、用廃にされていきました。
画像は1986年5月16日の航空祭予行で、珍しくチップタンクを外して飛行した時のものです。


Re: F-104 Part.2 Name:しか太郎 Date:2008/04/20(Sun) 21:23 No.771
PART2になっても進みが早いですね。私も入間の航空祭や観閲式での航過飛行は撮ったことがあると思ったのですが、ちょっと探しただけではネガが発掘できませんでした。
皆さんの画像がまぶしいです、マルヨンの躍動しているシーンを見たかったです。
そこで再び展示機です。今回は初めて行った91年の岐阜航空祭で展示されたシャークマウス付きです。


Re: F-104 Part.2 Name:ITAZUKE-1 Date:2008/04/20(Sun) 21:39 No.772
こんばんは
1967年10月1日航空記念日の板付基地公開で展示された5AWのF-104J 76-8701です。この時期新田原基地ランウエイ工事のために板付基地でスクランブル待機しておりました。5AWのマ−クはインテイクにありその後垂直尾翼へ描かれるようになりました。
>広江さん あまりないと思っていても次から次と出てきますね この勢いだとパ−ト10位までい来ますかね??


Re: F-104 Part.2 Name:広江 Date:2008/04/20(Sun) 21:49 No.773 ホームページ
岐阜でR/W28降りを撮る場合、やや高い所からアプローチしてくる機体を確認し、
下の道に降りて、300mm程度のレンズで撮影しましたが、
着陸速度の速いマルヨンは、養豚場の屋根から飛び出し、基地側の木に隠れるまでの、
狭い範囲内でクレー射撃のような感覚で撮ってた記憶が残ってます。
↓も左右ぎりぎりで、よく入ったものと我ながら驚いてます(笑)


>エイブルドッグさん
細い胴体に短い主翼、そして大きなドラッグ・・・、
A-3やF-4などとはまた違った雰囲気のドラッグを曳くマルヨンの姿がイイですねぇ〜。
当時は身近で度々通っていた百里でマルヨンのドラッグを撮る機会があったはずなのですが、
ポジのストックの中には見当たりませんでした。残念でなりません。

>PAPPYさん
望遠で圧縮した展示機のラインが良いショットですねぇ〜。
また種類も色も豊富なのが当時の基地公開の雰囲気があって良い記録ともなりますね。
F-105DとRB-57Fの間にC-141らしき垂直尾翼が見えますネ。
そして、一番向こうの機体は当時ですから、たぶんWC-135Bでしょうか・・・。
ちなみにこの日は、たぶん1967年5月ではないでしょうか?。
1968年5月18日(土)のマルヨンは46-8605。UE-14がいませんが、代わりにNVのF-102Aが居ますね。
1969年5月17日(土)はNo.768のような展示機のラインは見当たらない・・・。
という事で、1967年5月と予想した次第です。

>TROUTさん
なかなか登場されないので心配しておりました(笑)アナウンス不足でしたネ。失礼しましたm(__)m
実弾?サイドワインダーとは珍しいショットですね。私はいつも空のランチャーだけです(笑)
米軍オンリーは私も同じようなもの。更に悪い事に米海軍/海兵隊のみ・・・。
TROUTさん以上に悪い収集癖ですので、マルヨン収集は決してはかどりませんでした。

>ALPSさん
私も1980年代初め頃に岐阜を時々訪問する機会がありましたが、
岐阜ならではのF-4/F-104の異機種編隊のオーバーヘッドを見かける機会が多かったです。
紹介の#709は元207SQのグレーの機体のようですね。航空祭では派手なデモを実施したのかな?。
私は翼端燃料タンクを外してのデモを見た事がありません。

>しか太郎さん
シャークマウス付きの機体がありましたね。思い出しました。
しかし、私、この機体を撮影しなかったような・・・。
あまりの人混みに展示機をほとんど見ないでスルーしてしまったのかもしれません。

>ITAZUKE-1さん
第5航空団機はインテークに「V」を描いた時代がありましたね。画像を見て思い出しました。
私はマルヨンの持ち駒は偏っていて全体からすればごく僅かしかありません。
ですので、ネットでこのような企画をすると色々な画像が皆さんから紹介され、
驚きの画像や懐かしい画像などなど、楽しいですネ。

Re: F-104 Part.2 Name:gray3 Date:2008/04/20(Sun) 22:19 No.774
○ヨンは、降りも上がりもとても速度が早く、マニュアルフォーカス時代にジャスピンを撮るのは至難の業でしたね。同じく岐阜にいた、飛鳥との速度差は、カメラマン泣かせだったのではないでしょうか?

Re: F-104 Part.2 Name:Tamago Date:2008/04/20(Sun) 23:25 No.775
はじめまして、今晩は。
Tamagoと申します。
皆様のコメントを見ていたらとっても楽しそうなので、私も貼らせていただきます(笑)

残念ながら飛んでいるところを、撮影したことがないので・・・
浜松基地にある広報館に飾ってあるやつです。

初めて見たときの印象は、「速そう!」でしたが、期待を裏切らず速かったようですね。

たしか2004年3月頃撮影


Re: F-104 Part.2 Name:AGC−det.H Date:2008/04/21(Mon) 10:29 No.776
広江様 皆様 こんにちは
ちょっと参加出来ずにいたら、すごい勢いで進んでいますね。
さすがマロヨン、日本の空から消えて久しいのに人気の程がわかります。
今思えば私ももうちょっと真面目に撮っていればなあ、と・・・・・
時間的にあと何回参加出来るかわかりませんが(残りは那覇と百里だけですが)
その百里のマルヨン時代に一度だけ通った時に撮ったAPWの前身?のAPGを一枚

F‐104J 36-8536 APG 16,Aug.1972 JASDF Hyakuri AB


Re: F-104 Part.2 Name:T.H Date:2008/04/21(Mon) 11:05 No.777
日本の空からマルヨンが姿を消した後、私が生きたマルヨンに出会える機会は欧州でした。後にスターファイターズが出来てアメリカでもマルヨンのデモを見る事が出来るとは、想像もしていませんでした・・・
一番確実にマルヨンと出会えたのが、イギリスで7月に実施されているインターナショナル・エア・タトゥー(IAT)でした。
90年代前半は、毎年足を運んでいたので、イタリア、トルコ、ドイツのF-104を撮影できました。
IAT'93に展示されたトルコのTF-104Gです。


Re: F-104 Part.2 Name:広江 Date:2008/04/21(Mon) 11:41 No.778 ホームページ
202SQと205SQの画像が未紹介ですが、私は両飛行隊とも地上展示の姿しか撮ってません。
↓は1980年7月5日の横田基地公開で展示された205SQです。
私が小松に通い始めたのが1981年後半ですが、その頃は205SQは解隊した後。
もっと早くからマルヨンを求めて小松に通えば良かったと今になって思う次第です。


>gray3さん
私はQF/UF-104を見た事すらなく、このスレッドで紹介されるのを楽しみに待ってました。
用途は変わったとはいえ、マルヨンの迫力は健在。
この時期に息切れせず真面目に通っておけばよかったと後悔してます。
ところで、もし間違えていたらゴメンナサイm(__)m
『はじめまして』のご挨拶でよろしいのですよね?。
これを機会に此処やBBS1の方にも気軽に遊びに来て下さい。お待ちしておりますm(__)m

>Tamagoさん
はじめまして。『楽しそう・・・』と思っていただけて私や皆さんも嬉しいです。
今後もこのBBSと元々あるBBS1にも気軽に遊びに来て下さいネ。
浜松基地広報館にはまだ行った事がありません。最近の作りだけあって面白そうですね。
一度は行こうと思ってはいるのですが、ホンのちょっと遠い・・・(^_^;)
マルヨンは速かったですヨ。たぶん・・・(笑)

>AGC−det.Hさん
黄色のマークの「APG」ですね。
そういえば、私も百里で撮った1ショットあった事を思い出しました。
しかし、ポジをスキャンして元のファイルに戻さず行方不明のような???。
おまけに旧機器でのスキャンデータは全部削除しちゃったし(^_^;)
紹介ショットは、ひょっとして同じ日に撮っているのでしょうか・・・。

>T.Hさん
1990年代前半でもイタリア、トルコ、ドイツのマルヨンにお目にかかれましたか。
当時の・・・、もちろん今の価値判断でも、貴重な機体ばかりが並ぶ祭典のようですね。
私は当時アメリカでも遠くヨーロッパは夢のまた夢・・・。
それを繰り返しているうちに過去のヒコーキとなってしまったのがいくつある事やら。

Re: F-104 Part.2 Name:ITAZUKE-1 Date:2008/04/21(Mon) 20:33 No.779
こんばんは 
1975年11月新田原航空祭へ初めて車で行ったときの画像で前日スクランブルハンガ−の前に10機位並べてありましたので車に上がって撮ったものです。ぼろい車でよかったです 新車じゃ上に上がれませんもの


Re: F-104 Part.2 Name:TROUT Date:2008/04/21(Mon) 21:53 No.780
私は横田公開時に飛来した部隊しか撮っていません(^_^;) そんな中最後の部隊207SQを撮りに那覇 瀬長島に行ったりしましたが、たまたま小松に行ったときに撮れたベトナム迷彩風のDJです。82年8月小松。当時F-4の時にも話題になりましたが、パーソナルマーキングのように個々に違う迷彩がマルヨンでも見られました。

Re: F-104 Part.2 Name:AGC−det.H Date:2008/04/21(Mon) 23:04 No.781
広江様 皆様 又オジャマします
いま大分の取材先ですがホテルにネット環境があったので

>広江さん 8月16日、なぜ、どうしてこの日に百里にいったのか、まったく憶えていません。自分一人で初めての基地に行くはずはないので、どなたかに付いていったような。多分先輩のどなたかに誘われていったのではないかなー?
連れて行ってくださった先輩、忘れちゃってごめんなさい。
ですので、もしかしたら、広江さんともご一緒していたのかなー?
百里の例のポイント、九の一と呼ばれていますが、私の僅かな記憶ではあのころ
デベソと呼んでいませんでした? 今思えばトンデモナイ場所でしたね。
時代の成せる業ですね。

>T.Hさん、待ちに待ったヨーロッパのマルヨン、やっと登場ですね。
お待ちしておりました。
90年代初めでも撮れたのですね。マルヨンは無理ですが一度行ってみたいです

百里の同じ日、ターゲットを着けた機体を一枚

F‐104J 56-8680 206SQ 16,Aug.1972 JASDF Hyakuri AB


Re: F-104 Part.2 Name:PAPPY Date:2008/04/21(Mon) 23:15 No.782
マルヨンの人気はすごいですね。T-33Aあたりに引っ張らせればいいと思うのにかなり大きな標的を
付けて上がっていきました、標的もスピードが要求されるのでしょうか、帰って来たときは付いて
いませんでした。よく見るとバルカン砲が装備されていないタイプの様です。75年頃の百里にて。


Re: F-104 Part.2 Name:広江 Date:2008/04/21(Mon) 23:20 No.783 ホームページ
F-104DJは20機が採用されましたが、各部隊には2機程度の配備だったので貴重な存在でした。
用途も異なり単純には比較できませんが、現在のF-15J/F-15DJとの比率とは大きく異なりますね。


>ITAZUKE-1さん
202SQの紹介、ありがとうございます。
私も岩国の地上展示機を探しましたが、スキャンせずに終えそうです。
ところで紹介画像は早朝の撮影ですか?。機体だけに光が当たっているような不思議な感じです。
しかし、ボロとはいえ、屋根はへこみませんでしたか?(笑)

>TROUTさん
ベトナム迷彩のような塗装、いやぁ〜格好イイですねぇ〜。小松で1982年8月ですか・・・。
私も小松に通っていた頃ですが、マルヨンの音さえ聞いた事がありません(笑)
小松の「あの場所」でマルヨンを撮りたかったです〜。

>AGC−det.Hさん
当時、あの場所を私達は「でべそ松」とも呼んでました(笑)
私とAGC−det.Hさんとの間の接点となる人物が何人か思い浮かびますので、
たぶん、その人物に付いて行ったのではないでしょうか???。
私は大半をネガで撮り、ホンの僅かをポジで撮りましたが、いずれも紛失しています。
ですので確証はありませんが、ひょっとして36年前に一緒だったかもしれません(笑)

>PAPPYさん
マルヨンには不釣合いなターゲットですよネ。
たぶん相手もマルヨンなので、T-33じゃ無理だったのかもしれませんネ(笑)
これで各部隊も揃い、大きな吊るし物も揃いました。ありがとうございます。

>皆様
Part.2突入で、部隊として201SQ〜207SQ, APW(APG)と、ようやく揃いましたが、
レス数も限界を越えましたので、次の私のレスをもってクローズさせていただきたいと思います。

Re: F-104 Part.2 Name:オールドコニー Date:2008/04/21(Mon) 23:44 No.784
1983年5月、ミラマーのトップガン・ハンガー(だったと思います)から遠望したカナダ国防軍のCF-104。
広大なハンガーにぽつんと2機駐機されていました。
TATOOへ初めて行った時にはもうF-104Gは引退しており、私が唯一撮った、空自以外の現役マルヨンの写真です。


Re: F-104 Part.2 Name:THUD Date:2008/04/22(Tue) 00:26 No.785
F−4スレに続いてこのスレも盛況でしたね。ロクな手持ちもない私は、皆様のかっこいい画像に気後れしてしまいそうですが、気をとり直して恐る恐る一枚を(^^ゞ1967年4月に横田で撮影したものです。当時横田への飛来頻度がどのくらいだったのかよくわかりませんが、私が撮影機会があったのは2、3回位でした。アプローチの遠目にはF−4かなと思っていると近くになって慌てました。横田には滞在するわけではなく、着陸し誘導路に入るとそのままタキシングしてきてすぐに離陸してゆきました。F−86もたまにやってましたね。

Re: F-104 Part.2 Name:AGC−det.H Date:2008/04/22(Tue) 01:04 No.786
広江様 皆様 
マルヨン、もうおしまい っと言う事ですか。まだまだ見たかったですね。
でもおおいに楽しみました。ありがとうございます。感謝
では、私の最後もDJで。それもこのブログに参加するのに、いつも助けられている那覇での。
このポイントは、今思えば本当に色々撮れました。たった2日程で。ねえ広江さん・・・・
それもマリンコピン抜きおにいちゃんからの冷え冷えドリンク付で。
>広江さん
次は何が? 残念ながら仕込みが出来ない環境の為、始まったら週末まで皆さんの絵を
楽しく拝見させて頂きま―す。なんだろなー (@T@)
>THUDさん、そうです!、私も飛んでるマルヨンをO.H.以外で最初に撮ったのは横田でした
なぜか横田に下りてきた時のJ79の音が忘れられません

F―104DJ 26-5003 207SQ 2,May 1973 Naha AB


Re: F-104 Part.2 Name:T.H Date:2008/04/22(Tue) 08:35 No.787
NATOの演習として有名な "Tiger Meet" 。1988年はイタリアのマルヨン部隊がホストでCAMERIというイタリア北部の基地で開催されました。
欧州に滞在中に 週末にはエアショーが開催されると聞きつけ、国境をいくつか超えて 陸路南下して行ってみました。
残念ながら会場から午後のフライトは、逆光だったので、大きく虎を描いた このマルヨンのデモは光線状態が良くありませんでした。
おまけに、当時 テクパンを使っていたので、黒っぽい機体を逆光で撮影するという悪条件が重なって仕上がりはイマイチ。
私が撮影した生きたマルヨンで一番カッコ良かったのは、文句なしでこの機体です。

> AGC-det.H さん
ヨーロッパへ出かけるのが、少し遅かったので マルヨンで撮れたのは、イタリア、トルコ、ドイツくらいでした。
しかし、最初に欧州のマルヨンを見たのは、'86年アメリカ西海岸のエアショーに参加していたドイツ海軍の"バイキングス"というデモチームでした。速くてフレーミングが追いつかなかったのが今でも忘れられません。

> 広江 さん
航空自衛隊にEF-104なんて〜のが居たのですネ、知りませんでした。EFうんぬん以前に、あれ1コマしか206SQのポジが無いので自分には、とにかく大事なポジです。 白黒なら少しはプリントが残っているかなぁ〜


Re: F-104 Part.2 Name:TROUT Date:2008/04/22(Tue) 20:42 No.788
小松のあの場所で撮った最大の収穫! 84年、マルヨン最後の戦競、残った207SQだけの参加でした。シャークを描いたマルヨンがいると聞いて、独り杉並から東名経由で23時出発、日帰り強行しました。おかげさまでご覧のようにお帰りの離陸一発勝負でしたが、シャークとマルヨンブラザースのワッペン付き、おまけにセクション上がりが撮れました。ピントが合ってて良かった〜(^○^) このグレイ迷彩はマルヨンに似合ってて好きでした。

Re: F-104 Part.2 Name:ITAZUKE-1 Date:2008/04/22(Tue) 20:55 No.789
こんばんは
78年5月5日岩国FSDで展示されたF-104DJです。
>広江さん 屋根へこみました(笑)室内から必死に押しましたがへこみが残ったままでした。


Re: F-104 Part.2 Name:PAPPY Date:2008/04/22(Tue) 21:29 No.792
マルヨンスレッドも残念ですがもうクローズ・・・結構初めて目にするものが沢山有って有意義でした。
F-104DJの201SQ時代のノックダウン1号機の001です、70年千歳。用廃後は入間に置いてありましたっけ?



Re: F-104 Part.2 Name:広江 Date:2008/04/22(Tue) 21:51 No.793 ホームページ
岐阜基地航空祭での一コマ。↓なオーバーヘッド、音といい姿といい、最高ですネ。
マルヨンの素晴らしさに、このスレッドを立てて初めて気づきました(^_^;)


>オールドコニーさん
1983年というと、まだ米海軍NAS時代のMiramarだと思いますが、
ポツンとCF-104が置かれているエプロンは、広いのに他に何も駐機してないですね・・・。
トップガンの隣り(?)のフライトラインはトランジット専用なのでしょうか。

>THUDさん
横田基地に空自機がたまに来る、という話しは私も聞いた事があります。
つい最近も、北側午前中で離陸待ちをしながうたた寝していたら、
南側からアプローチしてきたファントムのエンジン音で目覚めた事があります(笑)

>AGC−det.Hさん
冷え冷えドリンク付のポイント、私は体験した事はありませんヨ(笑)
沖縄らしい空と色にDJ、最高ですネ。
と言いつつ、私としては後ろに小さく写っている「UE」のUS-2Cに目が止まりました。
そろそろ海軍機の話題に戻らないと駄目ですかねぇ〜(笑)

>T.Hさん
"Tiger Meet"には毎回志向を凝らした虎が描かれた機体が登場したようですが、
その中でも、この機体の格好良さはベストの部類に入るのではないでしょうか。
まあ欲を言わせていただけるなら、カラーも見たかったです。
もうこのスレッドも終わろうとしていますが、まだまだ秘蔵の品はありそうですね。
またいつかの機会に拝見させて下さい。

>TROUTさん
シャークもさることながら、ロービジ風なグレー迷彩がイイですねぇ〜。
TROUTさんおっしゃるように、マルヨンに似合ってますよね。
1984年がマルヨン最後の戦競でしたか。私は、あとちょっと頑張れば良かった・・・。
ゴール手前で息切れ&足がもつれて転んだようなものです。

>ITAZUKE-1さん
ですよネ(笑)
私、昔、2シーターのZに乗ってましたが、金欠でライトにカバーを付けてませんでした。
ある日、車に乗ろうとしたら、ライトからボンネットに小さな靴の後が点々と・・・。
そしてフロントガラスに手と足の跡があり最後は屋根がベッコリ。
私も室内から押しましたがへこみは直りませんでした(-_-;)
岩国(当時)三軍記念日には202SQと204SQが毎年交互に展示されてましたね。

>PAPPYさん
私も皆さんから紹介された画像が初めて見るものも多く楽しむ事ができました。
1970年代早々から千歳に行かれたPAPPYさんの画像も貴重ですね。
ありがとうございます。

>皆様
音と姿に強烈なインパクトのあるマルヨンだけに盛況なスレッドとなりました。
いつもながら、皆様の発掘作業に感謝いたします。ありがとうございました。
さて、時々悩むのですが、クローズ宣言はせずにエンドレスのスレッドにしようかな、と・・・。
しかしそのようなスレッドには、レスする画像捜索も延々と続く可能性もありますので、
頃合を見てクローズさせていただいております。ご理解いただけると幸いです。

さて、『次のお題は?』の声が内外野から(笑)チラホラ聞こえてきます。
今回の話題の中でヒントとなる同じキーワードが複数の方から出ました。
そうです、マルヨンと同時期に活躍していた機種ですネ。
しかし、マルヨンよりも古い機種なので、皆さんどうでしょうねぇ〜・・・(^_^;)





Lockheed F-104 Starfighter Name:広江 Date:2008/04/16(Wed) 23:10 No.738 ホームページ   
そろそろ厚木も一時の余裕ができそうな気配となりましたので、2ヶ月ぶりに復活します。

お題は前スレで、どなたかからいただいた「Lockheed F-104 Starfighter」。

本場アメリカや西ドイツ・イタリアなどのヨーロッパ諸国で幅広く運用され、
もちろん日本でも空自F-104J/DJが馴染み深いと思います。
最近では“STARFIGHTERS”などの民間アクロチームでの姿を見る機会もあるようです。
私は空自F-104J/DJしか撮った事がありませんが、
皆様からの「F-104」に関わる楽しい話題や画像をお待ちします。


↑平日の百里基地でのワン・シーン。航空祭直前でもありません。
当時は↑なタキシング方法が当たり前だったのでしょうか???。
私にはポジとして残っている画像の記憶しかありません。

Re: Lockheed F-104 Starfighter Name:KEI_BKR Date:2008/04/16(Wed) 23:43 No.739
F-104。飛行機写真に目覚めた時にはすでにヨーロッパでしか飛んでいませんでした。
それにF-14を最重要目標にしていたので資金、時間的にヨーロッパへの道は断たれ結局撮れず・・・
しかし、2006年のオシアナで撮れる事になるとは・・・予想外の出来事で嬉しかったです。


Re: Lockheed F-104 Starfighter Name:しか太郎 Date:2008/04/17(Thu) 00:20 No.740
>広江さん
新たな嵐再開ですね。私の場合飛行機撮影を本格的に始めた頃は空自でも引退直前でした。当時は地方に行く余裕もなく入間、横田等での地上展示が主で飛んでいる姿はほとんど撮っていません。
広江さんの画像の頃の百里に行きたかったです。画像は横田のOHでの地上展示機です。

>KEI_BKRさん
オシアナのスターファイターズはまさか見られるとは思っていなかったので、私も嬉しかったです。


Re: Lockheed F-104 Starfighter Name:T.SPARK Date:2008/04/17(Thu) 21:47 No.741
広江さん、またこのような場を提供されありがとうございます。
04はネタが無いのでもう他の方のを拝見させてもらう事になりそうです。
そんな中80年代前半、横田で展示されたAPWの46-8560です。
今ではゲートガード位しか日本国内では見る事が出来ないので、KEI-BKRさんのようなフライアブルな
ものは撮影出来ないのが残念です。
> KEI-BKRさん
わしはこのスターファイターズ、プラモで持っていますよ(笑)
ではまた厚木でお会いした時はよろしくです。


Re: Lockheed F-104 Starfighter Name:T.H Date:2008/04/17(Thu) 21:57 No.742
私が撮影した生きたマルヨンで一番古いポジだと思われます。
中学3年の夏休み、千葉の親戚の家に泊まりに行き、親戚のオジさんと従兄弟2人に私と兄貴の男5人で千葉の某所から百里基地へ。
手巻き、200mm単焦点レンズで1枚必撮で撮った『九の一コロガリ』です。当時は301SQのファントムと207SQのマルヨンが百里に居たと記憶しています。米軍はバイセンティニアルで派手な塗装が沢山居た古き良き時代でしたが、中学生には一人で百里にすら行く事が出来ないのが、厳しい現実でした〜


Re: Lockheed F-104 Starfighter Name:広江 Date:2008/04/17(Thu) 22:11 No.743 ホームページ
日本で最後まで「マルヨン」の姿を見れたのは岐阜基地でしょうかね?。
しかし私は最後の頃は息切れしてQF-104の姿を見てません。
今更後悔しても後の祭り・・・。


>KEI_BKRさん
いきなり“STARFIGHTERS”!。カッコイイですねぇ〜。
“STARFIGHTERS”を撮って如何でした?。イイ音してたでしょ?。
姿も独特ならば音も独特・・・。
こんなヒコ〜キが日本の空を飛んでいた時代にKEI_BKRさんが居たら、
ぜったいにハマってたと思いますヨ(笑)

>しか太郎さん
横田のオープンハウス(当時、こう呼んでましたっけ?)にマルヨンがよく展示されてましたね。
当時は前日に横田に行きませんでしたが、あの音を響かせて着陸したのでしょうね。
しか太郎さんにも、その思い付きがあれば飛んでいる姿を撮れた事でしょう。

>T.SPARKさん
横田にAPW機も飛来して地上展示されたのですか。全く記憶が無いです・・・(^_^;)
マルヨンのゲートガード機は何箇所(何機)あるのでしょうね。
私は昔の千歳や小松で見た記憶があるのですが・・・。

>T.Hさん
中学生当時のポジ、今では考えられないけど当時は高価で貴重なフィルムでしたよね。
いきなりT.Hさんから206SQのポジが出てくるとは予想外でした(笑)
この「くのいち」ポイント、今でも残る(?)貴重な場所。
F-4EJが移駐してきたら、再びお世話になるかもしれませんね。

Re: Lockheed F-104 Starfighter Name:HATA Date:2008/04/17(Thu) 23:38 No.744
マルヨンの写真。カラーではほとんど撮ってませんでしたので、みなさんのようなきれいなのはありません。

19808/8/10千歳基地での公開の写真です。あまり天気がよくなかったので、マルヨンや尾白ワシF-4の編隊が何度かパスしただけで、派手なフライトはなかったみたいです。ブルーインパルスなど、一通りのフライトが終わると、ホールディングしてた旅客機がゾロゾロ降りてきたのを覚えてます。また、米軍ではP-3「QE-3/159323」や、F-15「ZZ/78-561」が展示されてました。
この時は、苫小牧の叔父の家に泊まりましたが、窓からは千歳に出入りする飛行機がよく見えました。
話は変わりますが、花の名前で戦闘機の名前のがあります。「スターファイター」はピンク色の大輪のユリ、「ファントム」は赤いバラなどです。残念なのは、業界ではどちらもあまり人気がないことです。

Re: Lockheed F-104 Starfighter Name:小川 Date:2008/04/17(Thu) 23:41 No.745
F−104なんてゲートガードくらいしか縁が無かったですが
昨年の千歳の航空祭でF−104が地上展示されてましたのでそれを紹介します。


2007.08.05 航空自衛隊千歳基地にて

Re: Lockheed F-104 Starfighter Name:AGC−det.H Date:2008/04/18(Fri) 14:01 No.746
広江様
久々の嵐、再開。お待ちしておりました。
それもマルヨンとは  弾が無い!
しかしなんとか参加させて頂きます
過去一度だけ訪れた新田原です。宮崎で自分自身の仕事の出発点となる鮨の全集の撮影を済ませた後、延泊して訪ねました。
確かイーグルの最初の部隊が配属されたすぐ後だったと記憶しています。その15狙いで行ったような?(今調べると、正式配備はこの年82年12月に202SQと成っていますが)
憶えていないのですがマロヨンの迷彩はどのくらい広まったのでしょう。
この時はもう1パターンの塗装を撮っていました
又後何回か参加できれば・・・・・・

F‐104J 36-8531,-8533, 204SQ(202SQ?) Jan.1982 JASDF NYUTABARU AB


Re: Lockheed F-104 Starfighter Name:THUD Date:2008/04/18(Fri) 16:56 No.747
広江さん、皆さんこんにちは。BBS2再開ということでまたお邪魔いたします。1978年の横田独立記念日(確かこの頃はこういう名称だったと記憶していますが)に展示された104です。

Re: Lockheed F-104 Starfighter Name:CJ Date:2008/04/18(Fri) 17:54 No.748
1978年頃?千歳航空祭

F-104ということで、動いてる写真を探したのですが中々見当たりません。
そんな中から一枚貼っておきます。


Re: Lockheed F-104 Starfighter Name:広江 Date:2008/04/18(Fri) 18:01 No.749 ホームページ
新田原基地に行った事がない私は岩国基地公開で交互に展示される202SQ/204SQが楽しみでした。
ですので、↓のように外来で飛来した時は大変に嬉しかった記憶があります。


>HATAさん
千歳基地には通常の訓練飛行には行きましたが航空祭には行った事がありません。
207SQ/206SQのマルヨンが駐留していた百里基地で見る機会が多かったせいもあったのか、
千歳基地航空祭ならではの203SQのフライト見に行きたかったのですが実現しませんでした。
“STARFIGHTERS”のようなデモで姿と音を体感したいものです。
花に「スターファイター」や「ファントム」の名前があるのですか。初めて知りました。
でも、人気がないのはマニアとしては悲しい・・・(笑)

>小川さん
フライアブルでなくとも、やはりエプロンに展示されるのがヒコーキの一番の姿ですよね。
昨年の事ながら、背景のファントムがなければ当時を髣髴させるショットです。
上でも話題にしましたが、全国に展示されてるマルヨンのゲートガード機の数を知りたいですね。

>AGC−det.Hさん
私にも似た経験がありますが、お仕事柄、全国の基地を訪れる機会が多かったようですね。
仕事道具に加えてカメラ一式、普通の出張の方には考えられない荷物でした(笑)
私はマルヨンの迷彩を撮ってませんので普及の度合いは分かりませんが、
後ろの#531は戦競塗装ではなかったでしたっけ?。

>THUDさん
紹介の#683、私も横田の公開1978年7月2日に撮影してます。アングルもそっくりです(笑)
たぶん、展示機の並べ方と太陽の位置関係で皆さん似たアングルで撮ったのでしょうね。
当時の横田基地公開の名称は覚えてませんが、そういえば独立記念日の頃でしたネ。

>CJさん
約30年前の千歳基地航空祭のワンシーンですね。CJさんのお歳が想像できます・・・(笑)
当時は現在ほどの賑わいではなかったかもしれませんが、動く機体を撮るためには、
位置関係を考えてポジション選びをする必要があったのは私もなんとなく記憶しています。

Re: Lockheed F-104 Starfighter Name:AGC−det.H Date:2008/04/18(Fri) 19:08 No.750
広江様 BBSU常連の皆皆様 こんばんは
No.746を送った後に、過去スレをチェックした所、マルヨンは私が662でリクエスト
していたのですね。自分で言っておきながら弾が無いなんて広江さん、失礼致しましたm(_ _)m
空自ファントムよりすこしはあるかなー状態でした。
黒ヨンの塗装ですが戦競自体、その頃知っていたかどうか?ですので判りませんm(_ _)m

同じ時に撮ったもう一つのめーさいを一枚
この時は私の他、まわりにカメラを構えてる人はだーれもイマセンでした
ですので情報等、話を訊く事が叶いませんでした

F‐104J 36-8538 20?SQ 5thWING Jan.1982 JASDF Nyutabaru AB


Re: Lockheed F-104 Starfighter Name:ALPS Date:2008/04/18(Fri) 21:38 No.751
広江さん 皆様こんばんは
私が初めて魅せられた飛行機は、おそらくマルヨンだったと思います。
その実用機とは思えないラディカルなデザインは、今でも輝きを失っていないのではないでしょうか。
しかし、残念なことに、カメラ機材を揃え、自分で行動できるようになった頃には、マルヨンの部隊は
わずかしか残っていませんでした。
画像は、1983年11月13日小松 戦競ウィークの前日の日曜日、エンジンランナップに向かう204SQのF-104Jです。
寒く天候も悪い中、フェンス最前列には並ぶ余地もなく、3列目の松の木によじ登って、悪い足場と興奮で
ブレた写真を量産したものです。


Re: Lockheed F-104 Starfighter Name:Yossy-Mitty. Date:2008/04/18(Fri) 23:25 No.752
おひさしぶりです。
F-4の次が、F-104でしたか。
意表を突かれました。(^_^)

私がマルヨンを見ることができたのは、引退間近のころで、基地祭の外来くらいでした。
細長い胴体、小さくて薄い主翼。
マンガに出てくる戦闘機のようで、飛ぶことが不思議に思えたものです。
もう、こんな飛行機は表れないのでしょうね。

画像は、84年10月7日、横田のオープンハウスの終盤、帰途につくために離陸滑走するAPWのF-104Jです。
おそらく、T.SPARKさんと同じときの撮影だと思います。



Re: Lockheed F-104 Starfighter Name:HATA Date:2008/04/19(Sat) 00:32 No.753
広江さん、みなさんこんばんは。

マルヨンの写真をもう一枚。

1984年8月に那覇で撮影しました。この時は音も録音してて今でも時々聞いてます。「鳴いてる」音に続いて「ブーン」っていう感じの音も独特ですね。友達に聞いてもらったら、サーキットにいるようだな、っていう感想でした。
マルヨンっていうと、中学のとき、毎年秋に多摩湖にマラソン大会に行きましたが、入間の公開の予行で4機編隊が頭の真上をパスしていったのを覚えてます。また、久里浜で釣りをしてるときに、防大の卒業式のためにパスする編隊を見たこともありました。

Re: Lockheed F-104 Starfighter Name:広江 Date:2008/04/19(Sat) 08:28 No.754 ホームページ

皆さん、動いているマルヨンを真後ろから見た事ありませんか?。
エンジン排気口の奥に見えるのはアフター・バーナーの種火です(笑)
って、冗談ですが、チロチロとした火のように見えるのですが、これは何でしょう?。


>AGC−det.Hさん
はい、そうです。思い出していただけましたネ(笑)
私もマルヨンの持ち駒は決して多くはありません。というより、203SQ, 206SQ, APWに偏ってます。
ですので、他の部隊や日本以外などを拝見するのが楽しみです。
さて204SQの迷彩機については、当時の雑誌などで調べれば分かると思います。
ちなみに、紹介いただいたNo.746とNo.750は204SQです。私のNo.749と同じです。
黄色の「V」は202SQ。米海軍機のNo.2Sqnと覚えればよいのです(笑)
ただし、青「V」は米海軍の法則には合いませんが・・・(笑)

>ALPSさん
現代のように似たデザインとはならない当時の中でもマルヨンは個性的なヒコーキでしたね。
その姿、その音、一度、生で見た人は強烈な印象を与えられた事でしょう。
ALPSさんにとって初めて魅せられたヒコーキとなったのは私も理解できます。
ところで、当時の戦競には私も出かけて行きましたが空振りで悔しい想いをした記憶があります(笑)
3列目の松の木によじ登って・・・、お疲れさまでしたm(__)m・・・(笑)

>Yossy-Mittyさん
No.741と同じAPW機、1984年10月7日の横田ですか。
自分の手帳をチェックしたら、その日は行ってません。記憶がないはずです。
主翼の小さい独特な格好は離着陸の早さも半端じゃなかった記憶があります。
Yossy-MittyさんもNo.752を撮られた後の離陸の様子を記憶しているのではないでしょうか。

>HATAさん
当時の音も録音していたとは驚きです。よくその発想を思いつきましたね。
那覇の207SQも私は手持ちが少ないです。というのも私は那覇で外撮りをした事がないのです。
私が行っていた当時、マルヨンが飛んでいるのは承知していたのですが、
気持ちの主は嘉手納に行ってたので那覇は通過するのみでした。
ちょっと後悔してます。

Re: Lockheed F-104 Starfighter Name:autokey Date:2008/04/19(Sat) 11:27 No.755
あやうく再開を見逃すところでした。ご無沙汰しております。
この機体は飛ぶと言うだけでわくわくしながら待ち受けていた記憶が残っています。ファントムやF-1ではそんなことなかったのですが、マルヨンはなにせ滑走スピードが速いと言う印象がありなかなか追いつくことが出来ず、いつも手振れに悩まされていました。気負い過ぎだったのでしょうか。
その中で百里では滅多に撮れない部隊でありながら何とか手振れのない一枚が残っていました。
1983年1月14日 百里基地


Re: Lockheed F-104 Starfighter Name:THUD Date:2008/04/19(Sat) 18:30 No.756
1969年11月の入間航空祭で展示飛行を行う206SQの104です。入間の場合、他の基地からフライパスだけのために来るというのはあまりなかったような記憶があるのですが、このときは、わざわざこのために来たのか、それとも訓練の途中で立ち寄ったのかわかりませんが、この一航過だけで帰ってしまいました。104から話が逸れますが横田に飛来していた外来機のF−100やF−102が横田からの帰途のついで(?)に編隊でパスを実施した年もあり、予想外の収穫に喜んだこともありました。

Re: Lockheed F-104 Starfighter Name:ALPS Date:2008/04/19(Sat) 19:38 No.757
実働部隊としては最後になった207SQですが、ターゲットを曳けないF-15部隊のために、曳航サービスで所属の
貴重なDJが各地を出張して回っていたようです。画像は1985年7月31日、小松でのものです。
解散寸前に207SQの2機が、ゆかりのあった基地を訪問して回るという企画?があったのですが、生まれ故郷の
MHIのある小牧にも飛来するということで、大勢で待ち構えていました。名古屋アプローチにコールサインを
聞いたときは、皆で「やった!!」と喜び合ったものですが、なんとディスティネーションは岐阜でした。
近いといっても15分で岐阜まではいけません。上がりを狙おうにも、岐阜の上がりの撮り難さはどうにも
し難いもので、あの時の脱力感もマルヨンにまつわる思い出のひとつとなっています。


Re: Lockheed F-104 Starfighter Name:PAPPY Date:2008/04/19(Sat) 21:42 No.758
広江さん、皆さんこんにちは。 小学生5〜6年の頃でしょうか、当時少年マガジンとかサンデーとかの
雑誌にF-104Jの機首側から400〜500mmくらいで撮ったカラー写真が表紙を飾りました。実に衝撃的で、
この1枚の写真が私を飛行機好きに走らせた一因と今でも思っています。
「最後の有人戦闘機」と題していましたがそれからいくつの新鋭有人戦闘機が出現したでしょうか。
写真は70年8月に初めて北海道旅行に行ったときに千歳に寄って撮ったものです。


Re: Lockheed F-104 Starfighter Name:広江 Date:2008/04/19(Sat) 22:16 No.759 ホームページ
小牧では、アイラン入りに関係するツーシーターを撮る機会に遭遇しました。
↓は1982年11月18日に撮影した207SQのF-104DJですが、確かに後席は不在です。
しかし、09:45〜14:30のエンド滞在中には207SQ機は↓の1機しか降りませんでした。
前日以前に降りた機体のパイロットのお迎えだったのでしょうか・・・。


>autokeyさん
マルヨンの着陸速度は他のヒコーキと比較すると、どうなんでしょうね。
F-4やF-15と比較するのは論外として、F-1/T-2の着陸速度も結構速かったですよね。
マルヨンの特徴ある外見と音で先入観念で思い込んじゃっているのでしょうかネ。
岐阜で右手の小屋の屋根から飛び出し左手の基地側の木々に突っ込むのが、
とても速かった印象が残っているのですが・・・。

>THUDさん
入間にはマルヨンは地上展示されなかった(離着陸できない?)のでしたっけ?。
そういえば、何度か私もフライパスのみ撮ったような記憶があります。
ところで、当時の厚木基地三軍記念日の公開にもマルヨンは何度か地上展示されました。
私はその時の離着陸を撮ってませんが、R/W19に滑り込む姿を想像すると恐ろしい気が・・・(笑)

>ALPSさん
小牧・岐阜間は厚木・横田間ぐらいに相当するのでしょうか・・・。
それはなんともマルヨンにまつわる悲しい思い出ですネ。
でも今では冗談混じりの楽しい思い出としても残っているのではないでしょうか。
厚木でも『あの時はねぇ〜』と似たような思い出が沢山残ってます(笑)

>PAPPYさん
はい、当時の少年マガジンか少年サンデーの表紙にマルヨンが登場しましたねぇ〜。
私もなんとなくですが覚えてます。またまた年代が近い事が実証されたようです(笑)
しかし、決定的な差が・・・。
私は1969年夏に初めて北海道に行きましたが千歳には立ち寄らなかったので、
動く201SQのマルヨンは撮った事がなく、その後にゲートガードで見たのみです。

>皆様へ
まだまだマルヨンにまつわる話題は尽きないような気がしますので、
ここは一旦クローズしPart.2を立てますので、引き続き皆さんからの話題をお待ちします。

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