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F-105 Thunderchief 最終章 Name:Takafumi HIROE Date:2012/06/22(Fri) 07:45 No.6675 ホームページ   
>皆様
いよいよヒャクゴも最終章となりました。
わずかな増ですが、連貼り3枚までOKで皆様から最後の話題をお待ちします。

Re: F-105 Thunderchief 最終章 Name:DET-K Date:2012/06/22(Fri) 07:50 No.6676
1964年厚木の三軍記念日に公開された 18TFW 24361、

N.o6614 N.SUZUKIさんの画像、バルカン砲ドラムとは反対側の写真(空中給油棒)です。
バルカン砲側も撮りたかったのですが、逆光では当時のサクラスライドではムリが・・・

その三軍記念日公開の模様を N.SUZUKIさんと K.akatsukaさんのご協力をいただきYouTubeの
スライドショー編集が完成、最終回にまにあいました。(一番乗りも出先より投稿です)

Armed Forces Day May 10,1964 NAS ATSUGI 1964年三軍記念日 厚木基地公開

http://www.youtube.com/watch?v=ToW1X9LSY9U&feature=plcp


Re: F-105 Thunderchief 最終章 Name:get-o Date:2012/06/22(Fri) 10:17 No.6677
今日はヒャクゴの最終ということで今までに出ていないショットをさがしました。
1967年横田の3軍でF-105D(62-427)が飛行展示をしました。その時の状況を3枚続けて
最初は転がり


Re: F-105 Thunderchief 最終章 Name:get-o Date:2012/06/22(Fri) 10:19 No.6678
次は背中

Re: F-105 Thunderchief 最終章 Name:get-o Date:2012/06/22(Fri) 10:21 No.6679
最後は36からの着陸
それでは次のお題まで


Re: F-105 Thunderchief 最終章 Name:N.SUZUKI Date:2012/06/22(Fri) 11:33 No.6680 ホームページ
広江さん、皆さんおはようございます。
 ヒャクゴ最終章は、水戸射爆場での風景を紹介します。 最初に行ったのは、1965年2月で、それ以前にも、常磐線で勝田駅付近を通る度に車窓からB-57がヒラヒラするのを見て、気になっていました。阿字ヶ浦駅から、歩いて行けますが、F-105のバルカン砲の牛の吠えるような音、超低空飛行等、遠くではありますが、十分楽しめました。射爆場では、その後も横田のF-4C、厚木のF-8(DR)等見ることができましたが、横田のF-4Cの撤退と共に、閉鎖され、今では国営ひたち海浜公園として生まれ変わっています。何れにしろ、横田の’花の60年代’の盛衰の全てが、横田から10分程度(100KM)で訓練が可能であったこの水戸射爆場と共にありました。


Re: F-105 Thunderchief 最終章 Name:N.SUZUKI Date:2012/06/22(Fri) 12:00 No.6681 ホームページ
続いて、模擬弾投下後のブレイクするF-105です。目標地点には、標的が4つ程度有り、脇に着弾監視ができる鉄塔がたっています。通常訓練では、4機編隊等で来て解散し、上空からバルカン砲射撃、ロケット射撃、勝田方面から低空侵入しての模擬爆弾投下を4〜5回繰り返した後、帰っていきます。撮影写真は1965.6.20ですが、その後、行ったときは休日で、道路のゲートは空いており、地元のために演習場内の通り抜けが可能の状態でした。その時に目標地点近くも行くことができましたが、模擬爆弾(現在,よく使用されているナスビ型でなく、オレンジ色のヒレが付いた筒状の簡単なもの)、20mmの薬莢等がごろごろしていました。

Re: F-105 Thunderchief 最終章 Name:N.SUZUKI Date:2012/06/22(Fri) 12:21 No.6682 ホームページ
最後に先ほどの目標地点に行く前の、阿字ヶ浦駅から程ないあたりの、風景写真です。写真の右手は、すぐ阿字ヶ浦海水浴場で、砂浜にも有刺鉄線(ぐるぐる巻かれたモノ)がありました。前方の大きな建物は、出来上がった頃の動燃ビル(原子力施設)、後方の山の上の建物は日立製作所の研究所です。撮影は、65.2.10で、看板からは、水戸爆射撃演習場の名称が読み取れます。現在の公園の場所と比較すると、イメージが湧くと思います。

Re: F-105 Thunderchief 最終章 Name:det.H Date:2012/06/22(Fri) 12:31 No.6684
広江さん 皆さん こんにちは
遂にヒャクゴも最終章となりましたね 皆さんからの驚きの画像の数々、大変有意義な10日間でした ありがとうございます
>広江さん
またまたおかげさまでヒャクゴの写真整理が出来ました (笑)
何かお宝写真でもと捜索をしましたが、やはり過去の記憶は正しく、数こそあれやはり “おお!”という写真は撮っていませんでした (^_^;
それとなんと“GR”を一機も撮っていなかった!?という事にも気付きました (泣)

では、ラストはヒャクゴ唯一カラーリヴァーサルで撮っていたZAを


Re: F-105 Thunderchief 最終章 Name:det.H Date:2012/06/22(Fri) 12:33 No.6685
あまり記憶が無かったのですがポジの流れを見ると、例のドライブ・インの屋上で撮ってからピン抜きラストチャンスまで走って行き、また上がりは屋上まで戻って撮っていました
若かったな〜 (笑)
PS.>広江さん、Part.9の広江さんコメントの意味が今、わかりました(汗) そうですね、No.6666! 前回そう言えばC-5スレでNo.6000をゲットしていましたね では、次はNo.7000? 7777?



Re: F-105 Thunderchief 最終章 Name:det.H Date:2012/06/22(Fri) 12:34 No.6686
最後の一枚は、広江さんオープニングカットのカラー版で
前に「カラーで撮っていれば」と書きましたが、カラーでもこの三枚見比べると(すべてコダクローム)どの色がホントー?状態です (笑)


最後にひとつ質問、皆さんそれぞれの国内でのラストの目撃はいつだったのでしょう?
私の最後のヒャクゴ写真は1972年4月14日の嘉手納でした
SEA迷彩ノーマーク105Dを4月9日、59-1729、62-4360、14日に1機でした
では、次回 お題も併せて楽しみにお待ちいたします ナンダロ〜?


Re: F-105 Thunderchief 最終章 Name:THUD Date:2012/06/22(Fri) 13:27 No.6687
det.Hさんに先を越されてしまいましたが私も小牧です。これが私の見た(撮った)最後の105となりました。
しかしこのときの主役はやはりBLUE・ANGELSでこのような展示機は会場を出る前にちょこちょこ撮った程度でした。


Re: F-105 Thunderchief 最終章 Name:THUD Date:2012/06/22(Fri) 13:33 No.6688
1967年11月ランウェイに並んだ(24320、24360、24256、91771)です。
今回皆様の105画像でお腹一杯になりエネルギーを補給することができました。これでまた当分生きていけます。(笑)


Re: F-105 Thunderchief 最終章 Name:THUD Date:2012/06/22(Fri) 13:52 No.6689
↑の続きですが恒例画像を。get-oさんが迫力のバーナー画像を紹介されていて私のは105にしてはショボくて気が引けるのですがこれしか見つかりませんでした。ですが私のセンチュリーシリーズ、ラストショットなのでご容赦下さい。では最後のBURNER ON!!

Re: F-105 Thunderchief 最終章 Name:ITAZUKE-1 Date:2012/06/22(Fri) 14:21 No.6690
広江さん 皆さん こんにちは
1967年11月4日板付R/W34に降りるF-105D GR00453です。

F-105のCombat Lossについては下記を参照してください。部隊名も書いてあります。
http://www.burrusspta.org/395_Combat.pdf


Re: F-105 Thunderchief 最終章 Name:ITAZUKE-1 Date:2012/06/22(Fri) 14:27 No.6691
同じく 1967年11月4日 R/W34に降りる F-105D GR10093です。

Re: F-105 Thunderchief 最終章 Name:ITAZUKE-1 Date:2012/06/22(Fri) 14:36 No.6692
1968年7月7日 板付R/W16手前で離陸待ちのF-105D ZA24375と24360です。

>皆さん 板付では見られなかった迷彩前のいろいろな部隊の機体を沢山見せていただき有難うございました。 
>広江さん ギャラり−化大変でしょうが、がんばってください。


Re: F-105 Thunderchief 最終章 Name:Cranberry01 Date:2012/06/22(Fri) 17:59 No.6693
広江さん、皆さんこんにちは。
>get-oさん、同じ時の私の写真はチッコイです。
>SUZUKIさん、初めて見ました。最高!!
>Thudの塗装については私も広江さんの推察に同感です。
ヴェトナム戦中ThudのMission Abort は100回に付き1以下だったそうです。
通常は4機の1FLTに1機のSpareが付き、全機が離陸後暫くはR/W 手前で待機しますが、Col.Anderson によると、彼自身25回の出撃に対して1度のAbortも無かったとの事。信頼感は抜群だったそうです。何せ北爆の75%超がThudによるものですから。1966年からは"Rapid Roger"と名づけられた運用が行われ、午前に出撃した機体を午後も、夜間も使用するようになった為、パイロットのみならず、整備兵にも過酷な勤務だったそうです。そういう条件では当然塗装などはT/O通りには出来なかったようで、Color Standard にはこだわっていられなくなったのが実情の様です。(もちろん初期の迷彩パターンは色々テストに意味があったのでしょうが。)それともう一つは、SEA迷彩が始まった時はThudは多くがタイの基地にあって、そこで塗装された為と考えます。T/Oにある塗装の規定も文字や国籍マークなどは細かく規定されていますが、迷彩のパターンは驚くほど簡単な描写です。
1967年頃には北爆にF型が同行するようになりましたが,パイロットにはIron Handと 呼ばれ、後のG型発展への元になりました。(EF-105と書かれた物もあるようですが、これは正式には存在せず、後々になって出版物の中で付けられ始めたものです。)ヴェトナム戦争終結後も、暫くはsecurityが非常に厳しかったです。
F-105G(s/n 63-8275,128thTFS/116thTFW) 350FTで地面を這うように飛行して、目標手前でPop-up,Roll,Dive,
Pull-Up.きつかったです。


Re: F-105 Thunderchief 最終章 Name:Cranberry01 Date:2012/06/22(Fri) 18:06 No.6694
F-105は過去現在一番好きな飛行機で、皆さんのおっしゃるあの音はいまだに耳に焼き付いています。同じJ-75でもF-106より大きな音でした。重いけれど頑丈な機体でした。
ヴェトナム戦中は、KC-135は規則で北ヴェトナム上空に侵入を禁止されていました。空中給油は通常Tankerが陸上競技のトラックの形に飛行して待機しますが、それはラオスか南シナ海上空でした。しかしF-105やF-4が "BINGO"をCallすると、規則を犯して北ヴェトナム上空まで迎えに来るKC-135もあったそうです。(軍法会議か勲章かの紙一重)KC-135,A-1,HH-53のクルーは他の基地に行くと、いつもビールはタダでおごって貰えたそうです。戦闘機パイロットにとっては彼らは正に神様だったとの事。どの戦闘機パイロットも自伝の中では彼らの度胸と自己犠牲の精神を褒め称えています。ドッキング直後にエンジンが停止したF-105をTakhili RTAB まで引っ張って帰ったKC-135もいました。信じられないような話です。
F-105F(466thTFS/508TFG)


Re: F-105 Thunderchief 最終章 Name:Cranberry01 Date:2012/06/22(Fri) 18:19 No.6696
広江さん、皆さん、ありがとうございました。
素晴しい写真ばかりで、堪能させていただきました。
最終章では未だのようなので、お先に失礼させていただきます。ドッカ〜〜ン。
F-105D(s/n59-1739, 149thTFS/192ndTFG)


Re: F-105 Thunderchief 最終章 Name:飛行浪人 Date:2012/06/22(Fri) 19:30 No.6697
>広江さん、皆さんこんばんは。
私も最後の1枚は名古屋の航空宇宙ショーです。私が国内で見たのはこれが最後でした。
皆さんの色々な画像を見て、後2年早く本格的に撮影をしていればと悔やまれます。

>N.SUZUKIさん、水戸射爆場は地元でしたが、当時は未だ駆け出しで日曜に1度行ったきり、当然スカでした。高校時代にはバルカン砲の牛の鳴くような唸り声が曇った日には良く聞こえました。

>すっかいうおりゃさん、ジョージでは日頃の行いが良かったせいかセキュリティーにはお目にかかりませんでしたよ。(笑)

国内ではあまりお目にかかれなかったヒャクゴも諸先輩は沢山撮っているのに驚きでした。
私の知らなかったヒャクゴ、楽しませていただきありがとうございました。
またお目にかかれる日をお待ちしています。


Re: F-105 Thunderchief 最終章 Name:瀬尾 Date:2012/06/22(Fri) 21:12 No.6699
広江さん、お久しぶりです。
たまたまこの板を覗くと、F-105だということで、1枚送ります。
若い頃、30年以上前ですが、結構米空軍の戦闘機に同乗させてもらいました。
最初の機体が、カーズウェルのF-105です。複座型の後席によじ登る時、その大きさに圧倒されました。
上空にはKC-135が待っており、受油後はレンジに向かい、模擬弾を投下。
「残燃料は大丈夫? じゃぁループだ」と宙返りしたその径の大きさにも驚きました。
これは、間もなくF-16が導入されて来るという頃のヒルの機体です。運良くミグキラーのマーク付きでした。


Re: F-105 Thunderchief 最終章 Name:Straight Wings Date:2012/06/22(Fri) 21:26 No.6700 ホームページ
広江さん、皆さん、こんばんは。
最後になってすごいのがどんどん出てきて驚きです。特にN.SUZUKIさんの水戸は衝撃的。
少年期に出会ったヒャクゴですが、そのスタイルのイメージはコレでした。鋭いシルエットのM字型インテイクが印象的でした。1965/7/16 横田です。


Re: F-105 Thunderchief 最終章 Name:Straight Wings Date:2012/06/22(Fri) 21:36 No.6701 ホームページ
そして最後はやはり標準玉で撮った銀のヒャクゴ。大胆にもかなりのスローシャッターですが、わかっていてスローにしたか、はなはだ疑問です。F-105D 61-0199 1965/7/19 横田です。
皆さんの写真はどれもすばらしく、広江さんのResもあわせて楽しませていただきました。ありがとうございました。


Re: F-105 Thunderchief 最終章 Name:BATMAN Date:2012/06/22(Fri) 23:05 No.6702
>広江さん、皆さん 素晴らしい「雷の親分(当時の新聞がF-105関連の記事に使う常套句でしたね)」の初期の雄姿しかしヴェトナムの泥沼にはまり込んだ悲劇の機体の移り変わりを十分に見せて頂き有難う御座いました。当時の横田・板付とその場におられた方々に羨望を感じます。ところでNO.6583でITAZUKE-1さんの板付・横田・嘉手納の105部隊の変遷が纏められておられますが大変参考になりました。広江さんの悩みも解決の事と思います。ただ6441TFW(1965.4.1-1966.11.15)の役割が今一わかりません。基地新聞には6441はテスト・ウイングであると記されています。当時この部隊の作戦部門にスミソニアン航空宇宙博物館の旧日本軍機のキュレーターにしてB-57パイロットであったR・ミケシュ少佐がおられましたが出来るならこの時代の横田の6441とF-105部隊の事をお聞きしたいですね。さて横田所属の最後のF-105の記事が1968年2月16日の横田アフタバーナー紙に載っておりましたので貼らせて頂きます。シリアルNoもテイル・コードも判らない資料的には?の写真ですが最後のフライト(2機以上のこと)が1968年1月30日(火)に横田を後にしたとなっています。恐らく80TFSと思いますが41ADは1月15日(月)に347TFWに改編されましたのでITAZUKE-1さんの資料の通り最後の半月は347TFW所属だったのでしょうね。
 次のお題を楽しみにしております。海軍機を久しく拝見していませんね。ヘリコもいいですね。
 


Re: F-105 Thunderchief 最終章 Name:PAPPY Date:2012/06/22(Fri) 23:20 No.6703
広江さん、皆さんこんばんは。沢山の楽しい映像を堪能させて頂きありがとうございました。
私の最後に見たF-105はGRのレターが付いた頃でしょうか、この頃から厚木に転進した様です。
最後に特に珍しくありませんが1966年7月29日横田R/W36降りからエプロンに戻る F-105D 24346 です。


Re: F-105 Thunderchief 最終章 Name:PAPPY Date:2012/06/22(Fri) 23:22 No.6704
その後、何らかのエマーでF-105Fが降りてきて立ち往生になり牽引車に接続しているところです。
皆さん綺麗な映像なのにカビだらけですみません。


Re: F-105 Thunderchief 最終章 Name:PAPPY Date:2012/06/22(Fri) 23:23 No.6705
F-105F 38294 で1967年11月1日ですがこれが多分最後に見た105と思います。
次のお題を楽しみにしています、お疲れ様でした。


Re: F-105 Thunderchief 最終章 Name:Takafumi HIROE Date:2012/06/23(Sat) 06:38 No.6707 ホームページ
>DET-Kさん
早っ!、待ち構えてました?(笑)
No.6671の2コマ目、今回のNo.6676、私は三軍記念日のヒャクゴに記憶がありません。
何でだろう〜。自分でも不思議なくらいです・・・。
スライドショー、拝見しました。今では有りえない光景。こんな事を今したら・・・。信じられません(笑)

>get-oさん
またまた記憶なしの画像が・・・(笑)
三軍記念日でヒャクゴがデモフライトしたとは・・・。ノータンクで、パイロットも、やる気満々ですネ。
今のデジ機材で撮ったら・・・、といつもながら無駄なことを考えてしまいます(笑)
しかし、ヒャクゴの機動性は、どうだったのでしょうか。生で見たかったですねぇ〜(笑)

>N.SUZUKIさん
勝田の知人宅に何度か泊りがけで遊びに行った時に、私も小さな姿とバルカン砲の音を聞きました。
たしか、1965年と1966年だったかな。それが私の見たヒャクゴの最初で最後の機動飛行になるようです(笑)
位置関係が分りませんが、今の機材だったら、もうちょっと大きく撮れるのかな。
もっとも、このシーンは地上を写し込まなければ意味はないですネ。

>det.Hさん
さすがヒャクゴ、10日間のロングランになりましたネ。皆様のおかげです。
そしてdet.Hさんのヒャクゴ画像が整理できたようで良かったですネ。
私のオープニング画像はモノクロでしたが、実は試しのエクタクロームで撮ってますが行方不明です。
やはりコダクロームがベストですネ。色は私好みでは、1枚目と2枚目の中間かな・・・。

>THUDさん
No.6687は帰りがけに『パシャッ!』ですか。その雰囲気出てますネ(笑)
ランウェイにGRが4機乗る光景、壮観ですねぇ〜。これが次々と『ドォーン』と行くとは、しびれますネ。
では最後のBURNER ON!!、次が続くとイイですね。
それから、センチュリーシリーズの後は、まだまだTHUDさんの出番は続きますヨ。
休んでる暇はありません!(笑)

>ITAZUKE-1さん
いつもながら当時の板付は楽しそうです。特に今回のセンチュリー・シリーズでは楽しませていただきました。
紹介のサイト拝見しました。全てかどうか分りませんが、少なくとも395機が損失ですか・・・。
F-105D/Fは約750機生産され半分以上がベトナム戦で損失とは、ヒャクゴの過酷さを数字が物語ってます。
ITAZUKE-1さんも板付での画像を待ってますので休む暇はないかも???(笑)

>Cranberry01さん
このような場には勿体無いほどの持ったないほどの貴重なエピソードと貴重な画像の紹介。
私のレスが簡単すぎて大変に恐縮する想いと感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。
タンカーとCSARは、私たち第三者からは目だたない存在ですが、第一線からは神様の存在だったのですね。
しかし、エンジン停止のヒャクゴをドッキングしたまま引っ張って帰ったとは、本当に驚きです。

>飛行浪人さん
私のオープニング画像の機体ですね。これほど美しく撮れるのですネ。素晴らしい。
ヒャクゴに限らず、センチュリー・シリーズ全般について、私もあと数年早かったら・・・(笑)
しかし私の場合は厚木がメインなので、なかなか横田に行けないのが現実だったかもしれません。
これまでのF-100〜F-102では既に厚木に年100回以上通っていた(笑)頃でしたので(笑)

>瀬尾さん
瀬尾さんの幅広い撮影活動の中に、ヒャクゴでの空撮もありましたか。
Cranberry01さんも乗られてるようですが、どんな感じなんでしょう。
素晴らしいのを拝見して撮りたい気持ちはありますが、ひょっとして私は駄目かも。
C-2の強烈なターンを何度も繰り返され、最後にオーバーヘッドした時は貧血気味になりましたから(笑)
絶叫系のアトラクションは大好きなんですがね。
ここBBS IIは、不定期ですが、とある話題で皆さん集まってガヤガヤ歓談する場です(笑)
これまでにも登場可能な話題があったかと思うと残念です。
次のお題については必ず事前アナウンスしますので、たまにチェックして下さい。
追伸.単独スレッドに書き込まれたので、こちらに移動しました。

>Straight Wingsさん
そうですね・・・、ヒャクゴのインテークの形は、かなりユニークですよね。
珍しく(?)No.6700のようなヒャクゴの水平形の画像が少なかったのは、
それだけ皆さんの撮られた離着陸ショットが豊富ということでしょうか。
No.6701のスローシャッターの意図は記憶にないですか・・・。編隊の場合の2機の速度差が現れてますネ。
今見ると、当時の情景、機材を知る手がかりともなる、貴重な記録ショットと私は思います。

>BATMANさん
横田ヒャクゴの347TFW所属時代を想定していましたが、どうもスッキリしてませんでした。
しかし最後の最後に、BATMANさん紹介の記事でスッキリしました。
まだGallery化が未着手なので、全く完成形が見えませんが、多少なりとも年代順で整理できると期待してます。
一応、センチュリーシリーズには、あと一つ残ってます(笑)

>PAPPYさん
ヒャクゴ時代の横田を堪能し、その後は厚木で海軍機を堪能、イイですねぇ〜(笑)
しかし、その数年後には厚木は寂しくなっちゃいましたからねぇ〜。横田からファントムも去ったし。
No.6705は横田ヒャクゴの末期時代ですネ。その後はZAの外来を待つことになったのでしょうか。
次のセンチュリーシリーズ最後の話題は、かなり厳しいと思います。

>皆様
あまりのスロースタートに最初はビックリしましたが、やはりヒャクゴ。10日間のロングランの大盛況となりました。
皆様の撮影と保存、そして画像の捜索&スキャン、いつもながら皆様には感謝いたします。
ありがとうございました。

さて、この後ですが、センチュリー・シリーズ最後の話題は“Lockheed F-104 Starfighter”。
ただし2008年4月に航空自衛隊機中心の話題が終えてますので、今回は米空軍機限定でお願いします。
もちろん日本で米空軍マルヨンの姿を見れなかったことは承知してます。
しかしセンチュリー・シリーズの原点から、米空軍マルヨンを取り上げたいと思った次第です。
特に私個人的には、ANG機を見たいし・・・(笑)。あとは、ドイツ空軍訓練用のアメリカ国籍マークF-104GもOKです。
おそらく紹介される方は限定されると思いますので、進め方も考えます。
スタートは7月4日(水)を予定します。それでは皆さん、2週間後。





F-105 Thunderchief Part.9 Name:Takafumi HIROE Date:2012/06/21(Thu) 06:55 No.6657 ホームページ   
>皆様
引き続き皆様のサンダーチーフにまつわる話題をお待ちします。
さて、まだまだ話題は尽きないようですが、次のスレッドを最終章とさせていただきます。

Re: F-105 Thunderchief Part.9 Name:ITAZUKE-1 Date:2012/06/21(Thu) 07:38 No.6658
広江さん 皆さん お早うございます。
67年9月7日板付R/W16へ向かう F-105D 80thTFS/41stAD  00453です。
部隊の確認につながるのは、毎度の前脚扉のパイロットとクル−の記入と前脚のレフレクタ−の色が黄色です。パイロットの名前が読めればより正確になるのでしょうが、画像からはMAJ.しかわかりません。


Re: F-105 Thunderchief Part.9 Name:ITAZUKE-1 Date:2012/06/21(Thu) 07:50 No.6659
1967年12月03日 同じくR/W16へ転がるF-105D 80thTFS/41AD 24320です。

Re: F-105 Thunderchief Part.9 Name:geta-o Date:2012/06/21(Thu) 08:30 No.6660
私のHPで62-4429のことについてWWIIへの改造と書いていてPAPPYさんが#6654でそれについて書かれていますが広江さんの解説が正解です。
もう少し詳しく書きますと62-4429は横田で”Ryan's Raiders”(通称Commando Nail)に改装された機体で後席のレーダーが高精細のR-14Aに変えられ全天候、夜間の低空飛行が可能になったようです。1967年5月4日にコラートに派遣されましたが、5月15日にケプ爆撃作戦作戦参加、残念ながらここで撃墜されてしまいました。(以上今回海外(多分)でお仕事(お遊び?)中で不参加のToksansさんから教えてもらいました)
今日はラス前ということですが横田情景を2枚
最初は18に着陸するF-105F 63-8276 1967.05.05横田。18午後側の国有地は広く16号から容易に車で入れましたので写真のように休日は多数の見物人が来ていました。


Re: F-105 Thunderchief Part.9 Name:geta-o Date:2012/06/21(Thu) 08:31 No.6661
2枚目は36から離陸するF-105F(63-8294他)の編隊。草刈(?)作業をする人たちのす近くを離陸していきました。作業者はうるさかったでしょうね。1967.05.29横田

Re: F-105 Thunderchief Part.9 Name:N.SUZUKI Date:2012/06/21(Thu) 08:53 No.6662 ホームページ
広江さん、皆さんおはとうございます。
 最後の前ですので、塗装のチョットヘン紹介します。
 1976年2月ティンカーAFBに着陸するF-105D SH (62-4328)です。よく見たら迷彩機胴体後部の通常グリーンとタンの部分がグリーン系2色でした。この日撮ったもう1機のSH(No6613)とも異なり、横田で見た機体を含め、この機体のみでした。


Re: F-105 Thunderchief Part.9 Name:すっかいうおりゃ Date:2012/06/21(Thu) 08:56 No.6663
広江さん、皆さんおはようございます。日帰り出張から戻ってまいりましたら もうすでにスレッドが1つ更新されておりました、すごいスピード。
シリアルの件すいませんでした。ご指摘のように 61-0074です。G型のほうは、持ってきました写真データから読み取れませんトホホ・・
 今回は、バージニア州ANGのF-105Dです。ネリスのレッドフラッグ1980-3参加機です。59-1822


Re: F-105 Thunderchief Part.9 Name:N.SUZUKI Date:2012/06/21(Thu) 09:00 No.6664 ホームページ
続いて、究極の塗装機、無塗装(ジェラ地)のF-105D TAC 91762で撮影は、1965.5.4横田のR/W36(西砂川バス停前)です。F-105の迷彩塗装になる前は、銀地で塗装されていましたが、この機体のみ、ジェラ地でピカピカに磨かれていました。

Re: F-105 Thunderchief Part.9 Name:すっかいうおりゃ Date:2012/06/21(Thu) 09:02 No.6665
もう一枚も同じバージニアANGのF105D、部隊は149TFSです。この部隊 左インテーク下に各機パーソナルマーキングを入れているのが特徴でした。A-7に更新された後もこのマーキングが入っていたと思います。但し 絵心の有ったバーリー軍曹が引退した後は書く人がいなくなったのか F-16になってから見てないような気がします。59-1371

Re: F-105 Thunderchief Part.9 Name:det.H Date:2012/06/21(Thu) 12:33 No.6666
広江さん 皆さん こんにちは
>THUDさん
私の疑問に早速お応え頂きありがとうございます 左側はほんとにトラ迷ですね しか〜し、時期のズレがあるのか?機体の稜線でのパターン続きがよけいによく判らなくなりました おかげ様でぐっすり安眠するどころか余計眠れなくなりました (笑)
>geta-oさん
黄色バンドのヒャクゴ、同じ時に撮っていました しかしこの写真の6駒スリーブがケースから離れていてしまい、日付がわかりませんでした これで解決しました ありがとうございます 私は国有地の木の上から撮っていました
↓はなんでもないヨコタヒャクゴエフですが、光線状態がよく、塗装がきれいなので気に入っている一枚です


Re: F-105 Thunderchief Part.9 Name:det.H Date:2012/06/21(Thu) 12:34 No.6667
こちらはトラ迷ではないですが、S/No.の書き方、及び迷彩パターンが他と変わっている機体で、N.SUZUKIさん、No.6550が同パターンの左側だと思います 明るいタンが異常に少なく、機首周りはライトグリーン?濃いタン? 国籍マークの位置も後ろにずれています カラーがあればと叶わぬ夢を見ています

Re: F-105 Thunderchief Part.9 Name:Cranberry01 Date:2012/06/21(Thu) 15:50 No.6668
広江さん、皆さん、こんにちは。
>ITAZUKE-1さんありがとうございました。当時は双眼鏡も無く、レンズシャッターのカメラでしたので、気が付かなかったのでしょう。
>SUZUKIさん、仰せの通り、究極の装い(無塗装)ですね。さしずめニックネームは"Naked Thud"でしょうかね。(笑)試作機と初期のB型以来ですね。F-105からは幾つかの合金が使われるようになり、つぎはぎだらけに見えるため、銀塗装を施したと聞きました。ちなみに銀から迷彩にして、更に約60KG超の重量増となったそうです。それにしても色々とレアー物を撮られていますね。感服いたしました。
>det-Hさんも色々出てきますね。羨ましい限りです。
ヴェトナムから帰った機体はお色直しをせず、そのまま各部隊に再配備された為、1973年頃からは特に酷かったようです。SEA迷彩のColor Standardは守られていませんでした。画質が悪く解りにくくて、すみません。
F-105D (s/n 61-88,62-4301,62-346, 465thTFS/507TFG)、右翼の機体はスピード調整の為、エアーブレーキを4枚とも開いています。


Re: F-105 Thunderchief Part.9 Name:Cranberry01 Date:2012/06/21(Thu) 16:07 No.6670
F-105D Thunderstick-ll(s/n60-527,457TFS/301TFW)
これもDive Bombingに同行しましたが、この機体は空中よりもこのアングルが一番好きです。


Re: F-105 Thunderchief Part.9 Name:DET-K Date:2012/06/21(Thu) 23:27 No.6671
長年愛用したのPCが壊れ出遅れてしまいました。ジャンク部品取りで一時回復も
コンデンサーパンクNGなど再修理し、なんとかH.Dデーター取り出すこと間に合いました。

いずれも以前に投稿した写真かもしれませんが 1967年ドライブインからの 80TFS 00-418です。
当時にわかモデラーでもありました。F-105だけは形状がダサイと作る気には・・・イケマセンでした(^_^;



1965年5月の厚木三軍公開のあと帰投する36TFS 62-4399
USAF機もネービーブルーのグランドクルーの方が似合うような・・・



さて1964年5月の厚木三軍記念日にもF-100、105が展示されておりました。
その模様をYouTubeスライドショーで、この機会に間に合わせようと製作中もPC壊れ、
もうダメと諦めましたが
最新版のPCを投入しましたので最終回までには編集できるかもしれません。

Re: F-105 Thunderchief Part.9 Name:THUD Date:2012/06/21(Thu) 23:58 No.6672
1967年12月横田R/W36に編隊着陸する(24360、00453)です。36の午後は光線状態が悪いですが、
これはなんとかギリギリセーフだったでしょうか。しかし一度場所を決めるとあまり動き回る性質ではないので(単なるモノグサ(笑))当時逆光はあまり気にせずに撮ってました。


Re: F-105 Thunderchief Part.9 Name:THUD Date:2012/06/22(Fri) 00:08 No.6673
1967年7月に撮影した(24301)ですが、次の時代を担うF-4(これはRFですが)とのツーショットです。本来なら消えてゆく105を気合を入れて?撮らなければならないのでしょうが、どうしても新鋭機のほうに目が行ってしまいました(笑)

Re: F-105 Thunderchief Part.9 Name:Takafumi HIROE Date:2012/06/22(Fri) 07:42 No.6674 ホームページ
>ITAZUKE-1さん
前脚カバーのパイロット名と前脚のレフレクタ−の色がが横田のヒャクゴの特徴ですね。
MAJ.は米海軍ならLCDRだから、トップではないでしょうから、まあ普通の機体かと・・・。
レターを書き入れた時期が話題になりませんが、41ADは1967年半ば以降でしょうか。

>geta-oさん
F-105F変形種(?) WW II, WW III, Command Nail, Combat Martin の中に62-4429を見つけられませんでしたが、
Ryan's Raider (Command Nail)の2機目の損失としての記事を見つけることができました。
http://findarticles.com/p/articles/mi_hb3101/is_1_53/ai_n29250906/pg_10/
横田R/W18午後側、R/W36午前側、共に心地よかったですネ(笑)。それにしても、No.6661の作業員は・・・。
麦藁帽をかぶって、どなたか紛れ込んでませんか?(笑)

>N.SUZUKIさん
今まで見てきた迷彩機の中で、ヒャクゴが一番規定にあってないパターンが多いような・・・。
No.6664で今回初めて『銀ピカ』なる言葉が使えます(笑)。やはりジュラ地はイイですね。
材質(?)による違いで光・色が異なるのが味わい深い・・・。わざわざ銀塗装することはないのにね。

>すっかいうおりゃさん
あらっ、日帰りの出張でしたか。また、どこか良いポイントを探す時間的余裕はなかったですか?(笑)
やっぱりANG機はイイですねぇ〜(笑)。ちょっとマイナー的な雰囲気が私の好みに合ってるのかも(笑)
絵心の有ったバーリー軍曹?有名な方?スミマセン(^_^; 各機の絵が見たいですね。

>det.Hさん
すごい(記事)番号にヒットしましたね(笑)
新たな発見と共に新たな疑問が生まれる・・・。それがBBS IIの日常です(笑)
No.6550と同パターンと思われるNo.6667も不思議です。
ヒャクゴが、これほど部隊と迷彩パターンに悩ませられる事になるとは思ってもいませんでした。
まあ、これも新発見&新たな疑問(笑)

>Cranberry01さん
ヒャクゴの塗装に関して末期以外にも様々な変種が紹介されてますが、何か原因があるのでしょうか。
ベトナム戦でのヒャクゴの過酷な運用も起因?。私ももちろん、皆さんもかなり悩まれてます(笑)。
紹介の2コマは貴重ですネ。Cranberry01さんの参加により貴重な画像が拝見でき感謝です。

>DET-Kさん
我が家のPC環境もジャンクヤードと化してます(笑)。とりあえず復帰できて良かったですネ。
ヒャクゴ、一応、私は作りましたヨ(笑)。ファントムと並べて楽しみました(笑)
1965年5月の厚木基地三軍記念日、ヒャクニとヒャクゴの並ぶ手前は何故かVU-5のUS-2Cでした(笑)

>THUDさん
横田36降りの午後は当時の機材では撮影する良い場所が無かったのでは???。
私も午後になっても居心地の良い今では入れなくなった場所に居続けました。
新鋭機と消え行く機体・・・。いくら自分自身で言い聞かせても、昔から変わらないのですネ(笑)

>皆様
ここはクローズし、新たにPart.10 = 最終章を立てます。





F-105 Thunderchief Part.8 Name:Takafumi HIROE Date:2012/06/20(Wed) 08:13 No.6641 ホームページ   
>皆様
引き続き皆様のサンダーチーフにまつわる話題をお待ちします。
さて、Part.10 = 最終章 は如何でしょうか?。
あくまでも根拠のない数字ですので、皆さん遠慮なくご希望をお知らせ下さい。

Re: F-105 Thunderchief Part.8 Name:N.SUZUKI Date:2012/06/20(Wed) 10:40 No.6642 ホームページ
広江さん、皆さんおはようございます。
 ヒャクゴも先が見えてきたようなので、早めに変なもの、を紹介しておきます。
 65年頃、横田R/W18から着陸するTACのF-105D 10163です。通常の着陸でのエンジン排気口を兼ねたエアブレキーは、左右の2枚のみが開きますが、4枚とも花びら状に開いたまま降りてきました。オーバーヘッドする際等の場合は使用されますが、着陸形態では、プロテクションがかかり、上下のエアブレキーは、使用されないものと思っています。


Re: F-105 Thunderchief Part.8 Name:N.SUZUKI Date:2012/06/20(Wed) 10:56 No.6643 ホームページ
続いては、1965.5.23日、横田R/W18から着陸する PACAFのF-105F 38287です。
外来機で3本タンクですが、センタータンクは、完全に潰れています。飛行している際、センタータンク燃料を使用中にベントシステムの不具合等でタンクが真空状態になり、潰れたものと思われます。昨年の小松での、F-15タンク落下事故も、同様なものかとすぐ疑いましたが、逆にタンクの加圧システムの不具合と発表されていました。何れにしろ、昔からある典型的な事例です。


Re: F-105 Thunderchief Part.8 Name:det.H Date:2012/06/20(Wed) 12:19 No.6644
広江さん 皆さん こんにちは
そろそろラストスパートに入ってきたような?
>N.SUZUKIさん
さすがよく通われていた証、ヘンなモン(失礼、貴重なもの)をお撮りですね
花びらブレーキ、傑作です
それからNo.6537のFH147はNo.6627から判断すると58-1147ではなく61-0147のようですね
>広江さん
PORKEYでしたか まあ、ヒャクゴはでかくてぶっとい感じですが太っちょとは (笑)

ではきょうからSEA迷彩をいくつか ↓はもう皆さんからいっぱい紹介されているトラ迷ですが、初めてみた時はけっこう衝撃でした
N.SUZUKIさんがNo.6549でカラーで紹介された機体と同じですが、時期の違いでパターンが結構変わっていました


Re: F-105 Thunderchief Part.8 Name:det.H Date:2012/06/20(Wed) 12:20 No.6645
こちらは反対側、左側に比べるとインパクトはないですね 
>THUDさん、これもトラ迷ですよね?

皆さんから出されたトラ迷を比較見比べたところ、左側はgeta-oさんNo.6452、N.SUZUKIさんNo.6549と、同じ機体の私、とあきらかにトラ迷と判りますが 右側がなんパターンかあるようで、左側が同じトラ迷なのかよく判りません S/No.59-1729、61-0140の右側をお撮りの方はいらっしゃいませんか?
またS/No.58-1167、59-1728、62-4275、62-4299、62-4401の左側をお撮りの方は?
へんなところにはまってしまいました (笑)

この頃、一丁前に低速シャッターで流し撮りなんかしていました


Re: F-105 Thunderchief Part.8 Name:geta-o Date:2012/06/20(Wed) 17:03 No.6646
ぼちぼち最終ですか。
まだ出ていない(多分)を探してみました。
迷彩になる前の12TFSは尾翼上部に黒縁付の幅広黄色バンドを書いた時期がありました。
1965.12.27に横田で撮ったF-105Fを2枚 1枚目63-8285


Re: F-105 Thunderchief Part.8 Name:geta-o Date:2012/06/20(Wed) 17:04 No.6647
2枚目63-8364どちらも後席は乗っていません。

Re: F-105 Thunderchief Part.8 Name:ITAZUKE-1 Date:2012/06/20(Wed) 18:22 No.6648
広江さん 皆さん こんばんは
1968年1月5日 板付R/W16へ降りる F-105F ZA(12thTFS)63268(63-8268)です。


Re: F-105 Thunderchief Part.8 Name:ITAZUKE-1 Date:2012/06/20(Wed) 18:36 No.6649
1968年6月 板付R/W34に降りて 
ドラッグシュ−トを切り離しの為にホットスポットへ向かうF-105F ZA(12thTFS)63298(63-8298)です。

>Curanberry01さんのNo.6681で1964年8月 9月の板付で44thTFSを見なかったとコメントがありますが、
私の1964年8月20日のノ−トには18thTFWのF-105D/Fのバンドが赤 代々(黄色)青の機体 帯なし バンドが多色の機体も記録されていますが、私の見間違いかも? 以前バンドに書かれていた数字は書かれていませんでした。


Re: F-105 Thunderchief Part.8 Name:THUD Date:2012/06/20(Wed) 21:14 No.6650
det.Hさんのはまったトラ迷彩の右左撮っているものを捜したところ62-4299がでてきました。geta-oさんが
No.6623で紹介されている機体の左側ですが、1966年2月の撮影なので68年6月のgeta-oさんの画像とはすこし開きがあるのであまりパターンの参考にはならないかもしれません。


Re: F-105 Thunderchief Part.8 Name:THUD Date:2012/06/20(Wed) 21:20 No.6651
広江さん、det.Hさんの安眠のため微力ながら協力したいので(笑)連貼り3枚ご容赦くださいm(__)m
1967年7月に撮影した(91771)の左側です。


Re: F-105 Thunderchief Part.8 Name:THUD Date:2012/06/20(Wed) 21:28 No.6652
で、これが1967年11月に撮った(91771)の右側です。det.Hさん、すこしは安眠の助けになったでしょうか?
えっ!?こんなものでは全然参考にならないですか?私の力不足でした。申し訳ありません。


Re: F-105 Thunderchief Part.8 Name:Straight Wings Date:2012/06/20(Wed) 21:49 No.6653 ホームページ
広江さん、みなさん、こんばんは。
N.SUZUKIさんのエアブレーキフルオープンとべこべこタンクほどではありませんが、ちょっとだけ普段と違う姿のF-105Fです。フックが降りています。エアブレーキが全閉の様なのでその関係でしょうか。この後どうなったかはぜんぜんわかりませんが、記憶にないのでたいしたことなかったんでしょうね。1965/11/3 横田です。


Re: F-105 Thunderchief Part.8 Name:PAPPY Date:2012/06/20(Wed) 21:51 No.6654
広江さん、皆さんこんばんは、少しコメントが淡泊でしたかぁ〜反省。
横田で1967年5月R/W18降りのF-105F 62-4429 で日常の横田と思いきやgeta-oさんのブログによるとワイルドウイーズルに改修された機体の様です。 シリアルも白4文字で他のと少し違いますね。


Re: F-105 Thunderchief Part.8 Name:PAPPY Date:2012/06/20(Wed) 21:52 No.6655
もう一枚は、Straight Wingsさんと逆方向から見たR/W18に乗ったところです、1966年でシリアル不明です。
皆さんと同じF-105の音の記憶はやはりアフタバーナー点火後のドォーンと言う音でした、新宿まで届いていたとは・・・


Re: F-105 Thunderchief Part.8 Name:Takafumi HIROE Date:2012/06/21(Thu) 06:54 No.6656 ホームページ
>N.SUZUKIさん
“変なもの”、新手の“コーヒー・ブレイク”として、今後の流行になりそうなキーワードです(笑)
排気口のエアブレキー、実は気になってました。やはり通常の着陸時は左右だけなんですね。
No.6643のセンター・タンクには驚きです。なるほど、燃料を使った分、加圧しなければならないのですネ。

>det.Hさん
度々紹介されているトラ迷彩ですが、何機いたのかはdet.Hや皆さんも分らないのでしょうか。
そもそも、この迷彩は一時的なものか恒久的なものか、目的は???等々、私には謎だらけです。
今さら無理ですが、やはりカラーで通常迷彩との比較をしたいですネ。

>geta-oさん
12TFSの迷彩塗装の末期の垂直尾翼の黄帯は、この銀時代の末期の黄帯を再現したのかな・・・。
シンプルですが、これだけ幅が広いと、モノクロでも目立ちますね。
ヒャクゴに限らず、米空軍機の単座/複座の混成が米海軍マニアからは、どうも奇妙に見えます(笑)

>ITAZUKE-1さん
ドラッグシュートを引くヒャクゴのショットは、ファントムより少ないと感じるのは、単に未紹介だけ?。
切り離すタイミングはファントムもヒャクゴも変わりないはずですよね。
18TFWの赤黄青、古い歴史を持つ色ですネ。

>THUDさん
やはりGallery化を同時進行していれば良かったと思わなくてはならない画像紹介です。
紹介いただいた画像は見た(撮った)方々の記憶に等しいと思いますが、私には、まだピンときません。
比較しやすくなるGallery化を早く進めないと私も皆さんも安眠できませんネ(笑)

>Straight Wingsさん
着陸時に排気口のエアブレキーの効果がどれだけあるのか分りませんが、
一応は、レギュレーション上エマージェンシーの手順で降りることになるのでしょうね。
ところで、ひょっとして逆光を意図して撮ったらエマーだったとか???。

>PAPPYさん
あまりにも日常だとコメントする言葉が思いつかないのは私もよく分ります(笑)
白4文字の機体って、ひょっとして外来機?。それとも機体交換等の補充機?。
62-4429はF-105Fのままで1967年5月15日、ベトナムで撃墜された記録があります。
今なので、まだ詳しく調べてないのですが、パイロットCol Donald L. Heiligerは司令官?。
後席のクルーと共に脱出し捕虜となりましたが、1973年に帰国してます。
62-4429のF-105G説ですが、展示保存機62-4429からでしょうか?。
撃墜された記録が間違っているのか、展示保存機に違ったS/No.62-4429を書き入れたのか、
そのあたりを、ある程度でも下調べをするとコメントの幅も広がりますよ。

>皆様
ここはクローズし、新たにPart.9を立てます。





F-105 Thunderchief Part.7 Name:Takafumi HIROE Date:2012/06/19(Tue) 08:11 No.6619 ホームページ   
>皆様
引き続き皆様のサンダーチーフにまつわる話題をお待ちします。
さて、そろそろ最終章を見極める時期でしょうか・・・。

Re: F-105 Thunderchief Part.7 Name:すっかいうおりゃ Date:2012/06/19(Tue) 08:51 No.6620
広江さん、皆さんおはようございます。
1980年のヒルAFBのF-105ラインは、全てB型でした。その後 D型の配備となったようですが 当時は見渡す限りB型。(撮影当時は、初めて見るF-105で 型式は注意もしてしていませんでした。笑)
 同じヒルに移動訓練に来ていた 同じAFRES,テキサス州のF-105Dです。ワサッチ山脈の雪化粧の山々がきれいでした。457TFS、カッズウェル空軍基地からの飛来です。


Re: F-105 Thunderchief Part.7 Name:すっかいうおりゃ Date:2012/06/19(Tue) 08:54 No.6621
写真が前後いたしました。私たちが初めてヒルを訪れた時に カナダ空軍も含む大きな演習をしており 電子戦でEA-6Bも2機来ていました。

Re: F-105 Thunderchief Part.7 Name:geta-o Date:2012/06/19(Tue) 08:59 No.6622
今日は話題の音の元“アフターバーナー”
私も杉並に住んでいましたので朝方の雷親分のバーナー音は良く聞きました。
今日も沖縄の12TFSの機体ですが1枚目はまだテールコード未記入のF-105F(63-8289)
1967.05.13横田 36からの離陸です。晴天でもバーナーのダイヤモンドは見えました。


Re: F-105 Thunderchief Part.7 Name:geta-o Date:2012/06/19(Tue) 09:00 No.6623
2枚目も12TFSですがテールコード”ZA”が記入済み虎迷彩のF-105D(62-4299)
1968.06.22横田18からの離陸でスタートを切ったところです。


Re: F-105 Thunderchief Part.7 Name:det.H Date:2012/06/19(Tue) 11:42 No.6624
広江さん 皆さん こんにちは
>すっかいうおりゃさん
雪山バックにヒャクゴの列線! 素晴らしい!

THUDさんにならってわたしもこの時代、よく見られた105編隊着陸(フォーメーションランディングなんて言葉は使っていませんでした)風景を あの時代では完全にボツ写真でしたが、いまこうして蘇りました(笑)
>広江さん
今朝の立ち上がりが ? だったので心配しました ここの所の忙しいエンド展開でお疲れになられたのかと どうぞご自愛ください  PS. 確かに何かが?No.6584の前カットも拡大して見ましたが、なんだか判りません


Re: F-105 Thunderchief Part.7 Name:det.H Date:2012/06/19(Tue) 11:43 No.6625
私の銀ヒャクゴの〆はこのカットで RB-47と並んでいざ出撃! と言うのはウソ(笑)この頃よく行われていた18エンド東側エプロンでのエンテスに向かう47と偶然重なったところです

銀TACのSQN. 皆さんのコメント等で23dTFW、セブンTACが561stTFS 青白青の帯が562dTFS 、スペードが563dTFS と判りました(皆さんにとっては既知の事だと思います(汗))
4thTFW、 ブイテンは335thTFS(CHIEFS)で有名でしたが
残りStraight WingsさんNo.6570,6571の水玉と、N.SUZUKIさんNo.6537のチェック(私は初見でした!)の部隊が判りません 4thTFWにはあと333dTFW (LANCERS)、エンジ(赤)がSqnカラー? と334thTFW(EAGLES)、イエローがSqnカラー?がいましたが、このどちらかでしょうか? それとも別TFS? どなたかご教示、よろしくお願い申し上げます


Re: F-105 Thunderchief Part.7 Name:N.SUZUKI Date:2012/06/19(Tue) 14:45 No.6627 ホームページ
広江さん、皆さんこんにちは。
 部隊名の整理にと、紹介の少ない機体です。
1965年頃、夕方の横田R/W36をローアプローチするTAC部隊のF-105D 00415.10143.10147の3機です。
 detHさん、手前の00415は、チェックマーク付きです。


Re: F-105 Thunderchief Part.7 Name:N.SUZUKI Date:2012/06/19(Tue) 14:51 No.6628 ホームページ
続いて、1964年横田へ、F-105の3個飛行隊が配備された直後の頃の、F-105D 24366で横田R/W18からの着陸です。インテークの矢印マークは3色で、テールの番号はA、飛行隊長機でした。

Re: F-105 Thunderchief Part.7 Name:ITAZUKE-1 Date:2012/06/19(Tue) 15:02 No.6629
広江さん 皆さん こんにちは
1967年9月20日 板付R/W16に降りる F-105F 41AD 38280です。 No.6568 6869と同じ機体です。


Re: F-105 Thunderchief Part.7 Name:ITAZUKE-1 Date:2012/06/19(Tue) 15:29 No.6630
同じ日同じ機体の機首アップです。
パイロットのヘルメットは35thTFSですが、41AD所属機ですが飛行隊の特定は困難です。


Re: F-105 Thunderchief Part.7 Name:Cranberry01 Date:2012/06/19(Tue) 18:56 No.6631
広江さん、皆さん、こんばんは。
板付基地は1964年5月にFOBとなり、急に静かになってしまいました。静かになり過ぎて眠れなくなりました(笑)。しかし年に1〜2回は台風避難で賑わう事もありました。本当の事も展開訓練の為の口実の事もあったようです。1964年には8月と9月に嘉手納のF-105とRF-101が飛来しました。3日間でしたが、その間もバリバリ飛んでいました。2度共12thTFS(黄帯),67thTFS(赤帯)と15thTRSで44th TFS は飛来しませんでした。TDYだったのかも知れません。(Col.Anderson によると、嘉手納からはSQDN単位で60日単位でThaiの基地にTDYを取っていたそうです。)残念ながら私は44thTFSの青帯には一度もめぐり合えませんでした。
写真はF-105D(s/n 61-197 67TFS/18TFW)とF-105の列線です。

>ITAZUKE-1さんのNo 6629 のF-105Fは41AD司令官Col.Paul Douglas(WWllではP-47でドイツ機8機撃墜)の乗機でした。(最初にこれに気が付いたのは師匠であった故E氏でした。)翌年大佐は横田から388th TFWの司令官に転出していますが、彼の乗機F-105D(s/n 59-1743 ARKANSAS TRAVELER ,T/C JJ)は有名です。彼はその後1970年にも2度目のVetnam Tourを果たし、その時もF-4E(s/n 67-288 ,JV)は ARKANSAS TRAVELER でした。横田にいるときも描いてくれれば良かったのに、と思っていましたが、派手なマーキングは戦地だけの特例だったそうです。
やや前後していますが、この頃のPACAFのTFWの司令官はWWllの有名なACEのてんこ盛りでした。Robin Olds(8TFW),Bud Andeson(18TFW),Chuck Yeager(405TFW)等々。(皆さん自伝を書いていますが、資料的にも大変参考になります。)どなたにも会って話す機会に恵まれましたが、その元気さには驚かされました。80歳後半、いまだにP-51を飛ばす人もいるんです。


Re: F-105 Thunderchief Part.7 Name:PAPPY Date:2012/06/19(Tue) 20:49 No.6632
広江さん、皆さんこんばんは。
1967年4月5日横田R/W18エンドから通常訓練に向かう F-105F 38283 です。


Re: F-105 Thunderchief Part.7 Name:PAPPY Date:2012/06/19(Tue) 20:53 No.6633
1967年日付は違いますが、同じく通常訓練に向かう F-105D と F-105F で右から 24277 38279 38274 です。


Re: F-105 Thunderchief Part.7 Name:Straight Wings Date:2012/06/19(Tue) 21:04 No.6634 ホームページ
広江さん、皆さん、こんばんは。
>geta-oさんのABの炎も鮮やかな離陸シーン、魅力的ですねー。ヒャクゴが最もヒャクゴらしさを発揮したのはまず離陸のドーン、次にやたら高速の着陸だったと自分では思っています。
1966/5/31の横田、ダートターゲットを付けて先にR/WにあがったF-105Dを追うF-105F(向かって右)と3機のF-105Dがピン抜きを受けています。


Re: F-105 Thunderchief Part.7 Name:Straight Wings Date:2012/06/19(Tue) 21:13 No.6635 ホームページ
で、R/Wに4機並んで一番機 F-105FがGO! ABに点火した瞬間の!ドーン!にはいつもしびれました。ヒャクゴの後釜にやってきたF-4が二つもエンジンつけているのに離陸の”メリハリ”に欠けていて物足りなくて...ついでに言ってしまえば、まるよん並み(?)の超高速アプローチで撮るほうを緊張させてくれたヒャクゴに比べて、たこのようにふらふらと降りてくるF-4がまた物足りなくて...
もちろんそのうち好きになってしまいましたが...
No.6634の続きカットで1966/5/31の横田です。


Re: F-105 Thunderchief Part.7 Name:Cranberry01 Date:2012/06/19(Tue) 22:15 No.6636
THUDの由来については自分なりに理解しているつもりでした。
1990年中ごろCol. Anderson (WWllのAce でYeager と編隊を組み、後にはEdwards AFB で共にTest Pilot.その後は18TFWの司令官。)と知り合いになり、彼のサイトに写真を使ったお返しに彼の著書を貰いましたが、その中に詳しく出ていて、へ〜〜、と改めて知る事になりました。墜落時の音が正にTHUD!だったそうで、いつの間にかパイロットの間でそう呼ばれ始めたとの事でした。
Ripublic の飛行機は重くて頑丈で、最初パイロットの間ではF-84 Thunderjet は "Hog", F-84F Thunderstreak は "Super Hog", F-105は "Ultra Hog" と呼ばれていたそうです。A-10が出てきた時には、余りの不恰好に驚き"Wart Hog"と呼んだそうです。
アメリカでも一般にはCol.Broughtonの著書"Thud Ridge"が1969年に発売されてから"Thud"と呼ばれるニックネームを知ったとの事。
まだ日本でThudが見られた頃は誰もそうは呼んでいなかった様な、あくまでも”ヒャクゴ”だったと記憶しています。
ちなみに1965年当時,6機のF-105が24時間体制でNuclear Alertに付いていたそうですが、驚くのはタンカー無しが暗黙の了解だったそうです。恐らく、それが最後まで12thTFSのThudが沖縄に残った理由だと思います。
1967年1月, 5th AF最後のGunnery Meetが板付基地で開かれ、三沢のF-100,横田のF-105,嘉手納のF-105が終結しましたが、18TFWでは44thTFSはすでに無く、67thTFSのD型を目にしたのもこれが最後でした。(67thTFS のF型は8月までは確認しています。)
F-105D(s/n 60-445,67thTFS)


Re: F-105 Thunderchief Part.7 Name:THUD Date:2012/06/20(Wed) 00:01 No.6637
1967年3月横田に着陸する(10136)です。
>det.Hさん
オオッ私の好きなRB-47との組み合わせとは(私的には)贅沢なショットですね。しかし出来れば47を手前に変えていただけると嬉しいのですが。det.Hさんの技術をもってすれば不可能は無い!・・・はず(笑)でもまぁ今回は105スレなので諦めますが(笑)


Re: F-105 Thunderchief Part.7 Name:THUD Date:2012/06/20(Wed) 00:18 No.6638
「元祖」コーヒーブレイク(笑)1966年10月のオーバーヘッド。私だけかもしれませんが105のオーバーヘッドを見た記憶はあまりありません。
失礼ながらStraight Wingsさんのコメントは「我が意を得たり」です(笑)Straight Wingsさんの仰る通りで105はパワーを上げていって一瞬の「間」をおいてドカーンときました。その点F-4は2回のミリタリーパワーから3回目でゴーという感じでバーナーに点火しましたが“なんだかな〜”と物足りなさを感じたものです。


Re: F-105 Thunderchief Part.7 Name:すっかいうおりゃ Date:2012/06/20(Wed) 08:04 No.6639
広江さんから「もう最終章・・」とのお話もあり 時間的に参加できる余裕が足りないので(今日もこれから出張です)もう一枚。ジョージAFBでのF-105G 黒レターに変ってGAからWWになっていました。飛行浪人さんのように自由に撮らしてもらえなく この後セキュリティが来て大変でした。1980年3月です。
Det.Hさん コメント有難うございます。このユタ州は、本当に空気も風景もきれいな場所でした。


Re: F-105 Thunderchief Part.7 Name:Takafumi HIROE Date:2012/06/20(Wed) 08:12 No.6640 ホームページ
>すっかいうおりゃさん
ヒル"HI"のヒャクゴは1980年でもF-105Bだらけでしたか。
多くのF-105Dがベトナム戦争で損失し、"HI"にF-105Dが配備されたのは、まだその後ですかね。
紹介はT-Stick IIですね。紹介を期待してましたが、ようやく初登場。FYは"61"ですよね?。

>geta-oさん
バーナーのリング、ダイヤモンドと言うのですか。いつも『リング』と言ってました(^_^;
2コマともきれいに写ってますね。晴天でも見えると言うのですから、ナマで見たかった。
度々紹介される虎迷彩は一時的なものでなく、後々まで存在していたのですか。

>det.Hさん
当時はボツと思われただけに、日の目を見ない年月が長く、今見ると逆に新鮮ですよね。
撮影当時は気が付かなかったこと、また当時の日常でも、今では貴重なショットとなります。
47・・・、THUDさんをあおらないで下さいなぁ〜(笑)
No.6604の58-1151は“PORKEY”とDET.Oさんから電話きました(笑)。一緒に撮りました?(笑)

>N.SUZUKIさん
ヒャクゴに限らず、ファントムでも、3機でのローアプローチを何度か見かけました。
横田のR/Wの幅のせい?、それとも米空軍機の訓練?、厚木では見る事のないシーンです。
部隊は難解です。特に銀ヒャクゴは、まだ未整理、頭の中は全くの白紙状態です(笑)

>ITAZUKE-1さん
No.6630の前脚カバーの名前"COL. DOUGLAS"って・・・、と思ったらCranberry01さんから補足アリ。
しかしNo.6629のように右側から撮影したら外見上では全く分りませんよね。
当時の色分けのない米空軍司令官機は、S/Noを頭に入れておくマニアックな機体ですネ(笑)

>Cranberry01さん
Col.Paul Douglasと聞いてもピンときませんが、"ARKANSAS TRAVELER"で理解できました。
他にも有名なパイロットがPACAFのTFW司令官となって来ていたのですネ。
最初の頃に話題になりましたが皆さん『ヒャクゴ』、日本から去った後に『THUD』のようです。

>PAPPYさん
あまりにも日常過ぎるのか、コメントまで日常的で淡白すぎます〜(笑)
私のレスまでもが日常的になってはいけないと、画面の隅々を見回して気づいたのが、No.6632左端のバス(笑)
F-105F 38283の後ろに見えるグランドクルーの手にしてるのはチョーク?。
ピン抜きでチョークをかますのでしたっけ???。

>Straight Wingsさん
はいはいはい〜、ファントムの3回目で『ゴー』ですネ。
ヒャクゴの1回目で『ドォーン』と比べたら、確かにファントムの最初の頃は物足りなかったでしょう(笑)
ひょっとして、ヒャクゴはF-8クルセイダーのアフターバーナーと似てるのかな?。

>THUDさん
ン?47?好き?、またまた無言のプレッシャーを〜(笑)
ハイ、コーヒーブレイクはBBS IIでの定番でしたネ。しかし最近は聞かなかったような。
No.6638のオーバーヘッド、ライトブレイク?レフトブレイク?、この後が気になります。

>すっかいうおりゃさん(No.6639)
いつも気にかけていただいており、お仕事前の書き込みに感謝です。ありがとうございますm(_ _)m

>皆様
ここはクローズし、新たにPart.8を立てます。





F-105 Thunderchief Part.6 Name:Takafumi HIROE Date:2012/06/18(Mon) 06:27 No.6599 ホームページ   
>皆様
引き続き皆様のサンダーチーフにまつわる話題をお待ちします。

一つお願いがあります。

日本で撮影されたと思われるヒャクゴの部隊で、未紹介はどのくらいありますか?。
未紹介の部隊を皆さんに呼びかけていただきますか?。
その未紹介文のクリアー(紹介)進み具合で最終章の判断をしたいと思います。

Re: F-105 Thunderchief Part.6 Name:ITAZIKE-1 Date:2012/06/18(Mon) 08:09 No.6600
広江さん 皆さんお早うございます。
1967年10月1日航空記念日に板付で展示された F-105D 80thTFS/41AD 00418です。 前脚扉のパイロットとクル−名の記入 前脚レフレクタ−カバ−が黄色の黒でシリアルの下三桁から80thTFSと判断しました。


Re: F-105 Thunderchief Part.6 Name:ITAZIKE-1 Date:2012/06/18(Mon) 08:30 No.6601
1967年8月5日板付R/W34に降りるF-105F 67thTFS/18thTFW 38275です。
機首の帯が舞台確認の目印でした。
ベトナム戦当時F-105以外はタイ、ベトナムから飛来していましたが、F-105は横田 嘉手納以外の基地からの飛来は無かったと記憶しています。


Re: F-105 Thunderchief Part.6 Name:すっかいうおりゃ Date:2012/06/18(Mon) 08:53 No.6602
広江さん 皆さんおはようございます。
某国自宅 引越し中につき 朝早く出社して会社CPから参加してます。
1980年3月 ユタ州ヒル空軍基地でのF-105Bです。508TFG/466TFSだったと思います。ヒルの名前どおり丘を登って撮った初めてのF-105でした。 


Re: F-105 Thunderchief Part.6 Name:すっかいうおりゃ Date:2012/06/18(Mon) 08:56 No.6603
ランウェイの反対に廻ると基地正門横の柵越しに466TFSのF-105B列線が撮れました。ちょうどヒル空軍基地のTAC 388TFWにF-16A/Bが配備されたばかりの頃で 隣に同居していたAFRESのこの部隊も尾翼のテールレターが白から黒に書き換わる頃です。


Re: F-105 Thunderchief Part.6 Name:det.H Date:2012/06/18(Mon) 11:37 No.6604
広江さん 皆さん こんにちは
前回スペードの事を書きましたら、早速N.SUZUKIさんから紹介されましたね それもまた素晴らしい写真で!  感服! 
>広江さん この部隊は563dTFS / 23dTFWでよいと思います 尾翼ラダーのストライプは赤だったと?
THUDさんのNo.6589の写真を見て思いましたが、ヒャクゴのD-Eでのコロガリはあったのでしょうか? 東側外来置き場に並んでいた記憶がありません
さて、No.6559で紹介した青帯TAC、当日午後の上がりを北側ピン抜き場で撮っていましたが、取り込んだところ今迄気付かなかったインテーク下、105定番位置になにやらパーソナルレターらしきモノが? PORM?Y` と読めるのですが意味が?
こちら側の増タンはなにやらかっこ良かったですね


Re: F-105 Thunderchief Part.6 Name:det.H Date:2012/06/18(Mon) 11:38 No.6605
いたずら書き?をもう1機、この頃定番だった豪訪問記念?カンガルーマークを 増タン、パイロン、インテーク下と3頭跳ねていました
>広江さん
銀TACで私の記憶にあったものは、みんな紹介されたような? ただあの頃はただのひよっこだったので確証はありません
しか〜し、私はまだSEA迷彩を出してないので、もうちょっと、しばらく?続けてくださるとありがたいなあと (笑)


Re: F-105 Thunderchief Part.6 Name:飛行浪人 Date:2012/06/18(Mon) 19:30 No.6607
>広江さん、皆さんこんばんは。
私のヒャクゴはそろそろ底を尽きかけています。
日付がはっきりしませんが1966年の横田の公開と思います。
撮れるものは何でもと展示エリア外のこんなのも撮りました。こちらのFH359はエンジン交換の為後部胴体を外したのだと思います。
>広江さん、確かに3X2付きそうなのでMERですね、訂正します。


Re: F-105 Thunderchief Part.6 Name:飛行浪人 Date:2012/06/18(Mon) 19:38 No.6608
>続いて同じ日の展示エリア外の列線、当時のレンズは親父のカメラの35mmレンズ、せめて100mm位あったらなーと思っています。

Re: F-105 Thunderchief Part.6 Name:geta-o Date:2012/06/18(Mon) 20:43 No.6609
来日したヒャクゴの部隊はまだあると思います。残念ながら私は出会いませんでしたが”J-“レターの機体も何回か来ているようです。
昨日は古いヒャクゴでしたので今日はレターを入れた12TFS(ZA)のF-105Dを2つ
1枚目は以前のようにレドームの後ろにスコードロンカラーの黄色のバンドをリング状に書いた62-4320
1968.06.22横田のドライブイン屋上より。まだ爆弾倉は開閉可能なようです。


Re: F-105 Thunderchief Part.6 Name:geta-o Date:2012/06/18(Mon) 20:44 No.6610
2枚目はスコードロンカラーの黄色が垂直尾翼上方のバンドに変更になった62-4375。1971.05.02 36から降りて日曜日でエンドにお迎えがないのでドラッグを引いたままドライブイン前をパーク位置までタキシング。爆弾倉は開閉できない(内部に固定燃料タンクを収納したといわれている)ようにバンドで固定しています。

Re: F-105 Thunderchief Part.6 Name:Straight Wings Date:2012/06/18(Mon) 21:22 No.6611 ホームページ
広江さん、皆さん、こんばんは。
そろそろ迷彩機。一枚目は1966/4/2 横田に降りるF-105D 62-4275、塗りたてらしくきれいです。初期のパターンでしょうか。


Re: F-105 Thunderchief Part.6 Name:Straight Wings Date:2012/06/18(Mon) 21:26 No.6612 ホームページ
2枚目は1966/5/31に横田に降りるF-105D 61-0213ほか。その後見慣れたパターンになっていました。
>Det.Hさん、目の覚めるようなN.SUZUKIさんの写真でスペードが何たるかわかりました。撮りたかったです。


Re: F-105 Thunderchief Part.6 Name:N.SUZUKI Date:2012/06/18(Mon) 22:37 No.6613 ホームページ
広江さん、皆さんこんばんは。
 F-105D SH シリアルは61-X06Xで不確かです。撮影は、1976年2月オクラホマのティンカーAFBで、オクラホマ滞在中の休日に出かけてみましたが、F-105Dは AFRESでも有り日曜でも撮ることができました。


Re: F-105 Thunderchief Part.6 Name:N.SUZUKI Date:2012/06/18(Mon) 23:02 No.6614 ホームページ
続いて、未だ出ていなかった1964年厚木三軍でのF-105D 24361です。
 この時の特徴は、機首左側の空中給油棒、機首右下の非常用ラムエアタービン、そして、バルカン砲の巨大なドラム式給弾装置まで見せていました。水戸射爆場でF-105 独特の射撃音を何度か聞きましたが、牛のうなるような音であり、その後聞きなれた、F-4C(ポット式)、F-15等のバルカン砲の音とは、明らかに異なるものでした。このドラムによる違いと思います。
THUDさん、F-105 のエンジン轟音は、64年頃、私が新宿の山手線(新大久保駅ホーム上)で通学しているとき、今では考えられないようなことですが、毎朝8時半頃横田からF-105の離陸音(アフターバーナーの点火音)が聞こえ、気になっていたことを覚えています。


Re: F-105 Thunderchief Part.6 Name:THUD Date:2012/06/19(Tue) 00:08 No.6615
1966年3月着陸後チェックエリアへ誘導されるF-105D(24344)です。
>N.SUZUKIさん
そうそう、そうですよね。私がこのスレで意外だったのが皆さん105の爆音の記憶がなかったこと。
105のアフターバーナーが新宿まで聞こえたというあの伝説はやはり本当だったのですね。ここでやっぱり105は凄かったというコメントを頂けてなんか嬉しくなります(なにが嬉しいのかよくわかりませんが(笑))


Re: F-105 Thunderchief Part.6 Name:THUD Date:2012/06/19(Tue) 00:14 No.6616
1966年5月これも着陸後ドラッグシュートを曳きながらチェックエリアへ入るF-105DとF(No不明)です。
当時の横田の日常的な風景でした。


Re: F-105 Thunderchief Part.6 Name:つばどん Date:2012/06/19(Tue) 01:52 No.6617
広江さん、皆さんこんばんは。
6582のWingのご指摘、メモし間違えたようで失礼しました。
すっかいうおりゃさん紹介の通り、AFRES 301TFW傘下で Hill AFBにいた 508TFG/466TFS でした。80年代前半F-16に転換するときはD型を使用していたようです。
>Det,Hさん ○○ぼけなんてとんでもないですよ! Geta-oさんの推察通り、E氏からの聞き伝えを画像を見て思い出しただけでして・・・(^_^;)
古い写真を見せて頂きながら聞いた楽しい話の一部で、他にも色々あったはずですが・・・、○○ぼけが始まったかな(笑)

この機体は、1994年10月25日 Grissom Air Park で撮影した 61-0088 ですが、”IN”のレターは??です。
場所がインディアナ州なので架空のレターを付けたのかなと・・・。
色褪せて汚かった記憶があるのですが、補正したら少しはそれもらしく見えるようになりました(笑)

噂に聞いた新宿で聞こえるヒャクゴのバーナーオンの音、本当だったんですね!


Re: F-105 Thunderchief Part.6 Name:Takafumi HIROE Date:2012/06/19(Tue) 08:11 No.6618 ホームページ
>ITAZIKE-1さん
Part.4でも前脚扉のパイロットとクル−名の記入等の横田のヒャクゴの特徴としてコメントされてましたが、
駐機するラインが部隊別に分けられていたとしても多少の支障はなかったのでしょうかね・・・。
今回の話題は、ちょうど厚木も忙しくGallery化が同時進行していないので、私の頭の中も全く未整理状態です。

>すっかいうおりゃさん
なぜか私はF-105B=“HI”のイメージが頭の中にインプットされてます(笑)
生産機数が少ないF-105Bのせいもあるとは思いますが、同時期にいくつの部隊で運用されていたのか気になります。
No.6603のラインは全てF-105Bなのでしょうか・・・。F-105B/D/Fが同時期に運用されたのでしょうか・・・、等々。

>det.Hさん
また見え難いところに書かれたパーソナルマークですねぇ〜。Yの前はEにも見える(^_^;
ところで、No.6584のレドームの後ろは、単にパネル等々???。気になるのですが・・・。
あらっ、まだSEA迷彩は未紹介でしたっけ(^_^;

>飛行浪人さん
胴体を分割して行う整備が屋外で行われていたとは信じ難い光景です。
ましてや雨も降っているし、何も問題はなく、これが普通の整備方法なのでしょうかね。
No.6608は確かに記録したい光景ですね。しかし望遠を手にしていたら、行動パターンも変わっていたでしょうね(笑)

>geta-oさん
Jレター機も横田に飛来してましたか・・・。JJ, JV, JEしか思いつきませんが、これらですかね。
12TFSの塗装の変遷、比べていただけると分りやすいです。
爆弾倉の開閉できないようにするための固定バンド、昔、何かで読んだ記憶が甦りました。

>Straight Wingsさん
No.6611は変な表現ですが、綺麗な迷彩ですねぇ〜(笑)。
しかし、おっしゃるようにタンの部分が少なく、機首部も垂直尾翼もパターンが異なり奇妙です。
加えて、垂直尾翼先端は部隊色に塗ってあるのかな?。

>N.SUZUKIさん
水戸射爆場の近くに住む知人宅に何度か行きましたので、ヒャクゴのバルカン砲の発射音は聞きました。
牛のうなるような例えは思いつきませんでしたが、確かに言われてみれば、そんな気が・・・(笑)
1964年の三軍記念日でのヒャクゴはサービス満点ですネ。しかしNo.6572同様、全く記憶にありません。

>THUDさん
当時の横田の日常の光景・・・。『今日は何か外来機が来ないかなぁ〜』のつぶやきが聞こえてきそうです(笑)
私は当時は小田急と国鉄(現JR)の交差する登戸に住んでましたが、時々『ドォーン』と音が聞こえました。
ひょっとしてヒャクゴの音かなぁ〜、と当時から今になっても思い続けてます(笑)

>つばどんさん
私には瞬時に答えを出すことができませんが、“IN”レターのヒャクゴって居ましたっけ?。
最近の機種ならF-16やらの記憶がありますが・・・。インディアナ州の略号を単に描いただけですかねぇ〜。
本場にも、このような展示保存機が存在するとは、厚木の展示機も安心しました(笑)

>皆様
ここはクローズし、新たにPart.7を立てます。

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