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Sikorsky H-53 Part.7 Name:Takafumi HIROE Date:2013/08/07(Wed) 06:33 No.8702   
海自111空が大好きとなる理由は他にもあります。
エンジン排気で汚れる胴体の“24”の周辺を適度に汚れを落とす。
そして次に“24”のシャドー部となる箇所を胴体色の白になるまで本気で(笑)汚れを落とす。
この手間のかかることをする111空、センスも良し!気質も良し!、私は大好きです(笑)


>皆様
さて・・・一向に終わりの気配が感じられません。何処まで続くかの不安感さえあります。
引き続き皆様のスタリオンの話題をお待ちします。

Re: Sikorsky H-53 Part.7 Name:飛行浪人 Date:2013/08/07(Wed) 06:52 No.8703
>広江さん、皆さんおはようございます。
今日はこれから出かけるのでイライラしながら開店を待っていました。(笑)
今日は空軍機、1981年のグリンナムコモンでのHHー53C、69−5796(67ARRS)です。
展示のみで給油デモをしてくれたらなーと思っていました。
>すうかいうおりゃさん、最近音沙汰が無いのでもしやと思っていましたが一安心です。(笑)
普天間のデープな場所、殆どマニアは行かないところですね。私は昔々近くの場所から撮ったことがあります。


Re: Sikorsky H-53 Part.7 Name:T.H Date:2013/08/07(Wed) 07:31 No.8704
引続きMCAS NEW RIVER で撮影した海兵隊のCH-53Eを紹介します。エアショーが行われている付近、ハンガー前に寄せて並べられていたCH-53とMV-22も そこそこ撮る事ができました。その中にHMHT-302 UT も有りました。

> 広江さん
手元にある本には、1996年HMT-302 UT (CH-53E、MH-53E )がMCAS TUSTIN から MCAS NEW RIVERへ移動とありました。そういえば、90年代前半に UT レターのMH-53Eを NAF El Centroで撮った覚えがあります。NEW RIVERに移動後、部隊名がHMTからHMHTに変更になったのでしょうね。HMT-301 SU とは別部隊のようです。同じ本には SU はCH-53D 装備 ( Kaneohe Bay )になっているので、D型と E型で別のFRSに分離されていたような気がします。

2011年5月14日  MCAS NEW RIVER CH-53E UT #06 / 161542 HMHT-302


Re: Sikorsky H-53 Part.7 Name:ITAZUKE-1 Date:2013/08/07(Wed) 07:33 No.8705
広江さん 皆さん おはようございます。
2012年8月16日お隣の国でIRANを終えて普天間へ向けて岩国を上がるピカピカのCH-53E EP-21 103078です。
岩国R/W02の上がりですが いつ捻るかコ-スが読めないので苦労します。 




Re: Sikorsky H-53 Part.7 Name:toksans Date:2013/08/07(Wed) 09:35 No.8706
広江さん、皆さんお早うございます。

少し”お茶を濁す”的写真ですがHMH-466の列線です。2011年6月2日ミラマーです。


Re: Sikorsky H-53 Part.7 Name:A-330 Date:2013/08/07(Wed) 09:37 No.8707
広江さん、皆さんおはようございます。

>広江さん
YF-6 157138撮影時期の絞り込み有難うございます。
HMH-462スタリオンは先に述べたように、付加価値的なことがないとあまり食指が動かず撮影を躊躇していたことを今になって後悔しています。

この機体が飛来した時は嬉しかったです。不思議ですね、こういう時に限って持参していたカメラはモノクロ用一台のみ。スペアフィルムとカラー用ボディは遠い職場に置いたままで取りに行く時間はありません、極めつけはフィルムは残すところ1枚のみ。シャッタータイミング選択に戸惑うばかりでした(笑)
CH-53D YT-33 156662 HMM-164 1973年那覇
HMM-164がAH-1Jを一時期使用していた頃と同じ頃の撮影だったと記憶しています。
最後のシャッターを切った後に一言「また来るさ、その時にはカラーでがっつり撮ってやるぞ!」とつぶやきましたが、その後二度とお目にかかることはかないませんでした。


Re: Sikorsky H-53 Part.7 Name:すっかいうおりゃ Date:2013/08/07(Wed) 10:39 No.8708
広江さん皆さん お早うございます。
添付写真は、日付けの記録がありませんが 1978年頃だったと思います。厚木でHMM-165”YW”の部隊がキャンプ富士で訓練をしているとの噂を聞いて 友人と急遽車を飛ばして出かけたのでした。東名高速を走行中 2機のCH-46が富士の方向に飛行していくのを見て「万歳!」。部隊が大挙して展開していると期待して行ったのですが 残念ながら撮れたのはCH-46 1機とこのCH-53Dだけでした。それでも興奮してカメラを道路の側溝に落として壊してしまった落ちがつきました。しかし 目の前で大きなローターを回すCH-53の迫力に大いに感動しました。機体は、HMM-165 (YW-22 157159)すべて白文字で良い時代でした。

広江さん>ありがとうございます。厚木もちょっと寂しい状況ということで 今回はどこに写真を撮りに行こうか迷っている内に休みが終わりそうです(笑)

飛行浪人さん>捕まって臭い飯食っていると心配していただいてました?大丈夫ですよ、5月に天津に引っ越しました、北京の責任者も兼任なので 週一回自分で車飛ばして北京に行きますが 疲れますね。暑いので浪人さんも身体に気をつけて写真撮影に出かけてください。


Re: Sikorsky H-53 Part.7 Name:PAPPY Date:2013/08/07(Wed) 10:57 No.8709
広江さん、皆さんこんにちは。
1995年6月2日厚木Wings'95に展示された 111空 8626 です。
日付ははっきりしませんが、この後しばらくして事故で大破し用途廃止になったようです。


Re: Sikorsky H-53 Part.7 Name:Det.H Date:2013/08/07(Wed) 12:45 No.8710
広江さん 皆さん こんにちは

>すっかいうおりゃさん
お元気そう(お忙しそう)でなによりです

では私もコーヒーブレーク 前回と同じ95年のNAS MiramarでのこれもAir Showではおなじみ海兵隊侵攻作戦のデモです ↓もHMH-361だと思いますが、確証はありません


Re: Sikorsky H-53 Part.7 Name:Cranberry 01 Date:2013/08/07(Wed) 14:25 No.8711
広江さん、皆さん、こんにちは。
それにしても暑すぎます。
>飛行浪人さん、この暑さをものともせずに飛びまわれるとは、お元気ですね。いや〜、恐れ入りました。

↓HMH-363(YZ-52)。Bu.No.は読めませんでした。機首にはRed LionならぬBlack Lionが描かれています。


Re: Sikorsky H-53 Part.7 Name:Straight Wings Date:2013/08/07(Wed) 17:03 No.8712
広江さん、皆さん、こんにちは。
>広江さん、私もご紹介する機会を楽しみに待っていました。このような場がなければ眠ったままだった写真ばかりです。

No.8698のCH-53Eの隣に展示されていたCH-53D 157748 HMH-462 YF-54です。グレー部分だけを残して明るいサンドをオーバースプレーしたこのタイプは、もしかしたらCH-53砂漠迷彩の主流?かもしれません。1991/5/19 Tustinでの撮影です。


Re: Sikorsky H-53 Part.7 Name:geta-o Date:2013/08/07(Wed) 18:39 No.8713
広江さん、みなさん今晩は
暑いですね。
探すのもチョット億劫になって手抜き。海自のMH-53でまだ出ていない#29
2003.12.07新田原で帰投時のフライト。スポンソンに書いてあるのは”JASDF NYUTABARU AIR BASE”です。


Re: Sikorsky H-53 Part.7 Name:空と鉄と Date:2013/08/07(Wed) 18:44 No.8714 ホームページ
広江さん 皆さんこんばんは。
>広江さん、飛行隊の補足ありがとうございます。基地内の芝の様子などから時期的にも間違いなさそうですね。

今日は同時に展開していたET21/16****で早朝に富士からの戻り着陸で、この機体の乗員ドアには黄/黒の服を着たピエロが書かれていました。


Re: Sikorsky H-53 Part.7 Name:Stranger Date:2013/08/07(Wed) 22:21 No.8715 ホームページ
広江さん、皆さんこんにちは。
2003年9月20日に開催された海自岩国航空基地祭で飛行展示をするHM-111の#8622です。
MH-53Eの飛行展示は翌年のフレンドシップデーで来賓テントを吹っ飛ばして以来しなくなりましたね。


Re: Sikorsky H-53 Part.7 Name:North PHANTOM Date:2013/08/07(Wed) 22:26 No.8716
広江さん、皆さん 今晩は。
 本当にご紹介したかったのですが残念です。
 今回はせっかくのお誘いですので、広江さんの紹介されたNo.8686のCH-53D HMM-262 ET-33以外からCAMP FUJI  1978年2月27日のCH-53D HMM-262 ET-31 157159です。
 富士山が真ん中の次のコマは頂上が切れていましたので、その前のコマにて失礼致します。m(_ _)m
 他には157163/ET30,157135/ET32を確認しています。 
参加が僅かで申し訳ありませんが、もし参加出来れば可能な限りトライします。


Re: Sikorsky H-53 Part.7 Name:YUSA Date:2013/08/07(Wed) 23:10 No.8717
2011.07.17に掃海訓練で海上自衛隊八戸基地へ展開していたグリフィンの29です。
このときは3本タンクA-10の三沢上がりを撮ってから八戸へ展開しました。
八戸港には、護衛艦「ちくま」が来ていて一般公開してました。


>広江さんNo.8624 とNo.8681の画像張替えとコメント修正しておきましたm(__)m
配慮が足りず申し訳ありませんでした。m(__)m


Re: Sikorsky H-53 Part.7 Name:Takafumi HIROE Date:2013/08/08(Thu) 05:40 No.8718
>飛行浪人さん
気まぐれな店主に翻弄されましたか。沖縄タイム慣れしないといけませんねぇ〜(笑)
33ARRS以外のHH-53Cの初登場ですから、当然、初S/No.ですね。
69-5796もMH-53Jに改造されてますが、2007年の21SOS解散と共に引退してAMARCに行きました。
この機体は、生涯、イギリスに居たのでしょうかね。
21SOSといえば、今年、CV-22B運用部隊として再編成。時代は変わりましたネ。

>T.Hさん
私には接することのできない全く無縁のマリンコCH-53の訓練部隊。
いつのまにか色々と変わっていて私の頭の中は???ですので、改めて整理してみました。

301
@1966年、CH-46の訓練部隊HMMT-301として編成。【SP】
 しかしCH-46の引渡しの遅れからH-34運用の意味のない部隊となってしまい、
A1968年、CH-53の訓練部隊HMHT-301に再編成。【SU】
B1972年、CH-46訓練部隊HMMT-302を統合しHMT-301に再編成。【SU】
C1994年、HMT-301解散
D1995年、MCAS Kaneohe BayでCH-53D訓練部隊としてHMT-301再編成。【SU】
E2005年、HMT-301解散

302
@1966年、CH-46の訓練部隊HMMT-302として編成。【SQ】
A1972年、上記HMT-301再編成に伴い、HMMT-302解散、機材・クルーはHMT-301に移管。
B1987年、CH-53訓練部隊としてHMT-302再編成。【UT】
C1995年、MCAS New Riverに移動し、米海兵隊/米海軍クルーのH-53E系訓練部隊となる。【UT】
D2010年、HMHT-302に改称。【UT】

T.Hさんの調査と微妙に時期がずれてますが、D/Eの訓練区分けなどT.Hさんの推測どおりですね。
1995年にLANT/PAC間の移動が既に始まっていたことを再認識しました。

>ITAZUKE-1さん
本当にピカピカですね。このように綺麗ならBu.No.の判読も苦労しなくてすみますよね(笑)
2010年代に入ってから普天間に派遣されるHMH部隊が分らなくなってきてます。
時期が特定できてないのですが、いつのまにか部隊全てではなくDET派遣になったような気がします。
ですので、紹介のEP-21の元部隊は分らず、HMM-265(Rein)所属機としか表記できません。

>toksansさん
BBS II Galleryの途中経過をご覧いただければお分かりになると思いますが、
皆さんのあらゆる紹介画像の分類先は既に用意してありますし、いつでも、その追加も可能です(笑)
しかし、私がこのような列線を見たら、1機1機のBu.No.を撮影記録したくなりますが、
toksansさんは、されてませんよね?(笑)。
せめて一番手前の#07?ぐらいは知りたいなぁ〜、と思ったら、Part.6 No.8691でBu.No.不明で紹介済でした(笑)

>A-330さん
1972年7月17日〜1973年5月13日、USS NEW ORLEANS (LPH 11)がWestPacクルーズをしてます。
搭載されている31MAUのACEはHMM-164(Comosite)、機種はCH-46D, CH-53D, UH-1E, AH-1Jは未確認。
撮影時期を絞り込みたいのですが、上記クルーズ期間内ですか?。
ただし、1972年8月上旬まではフィリピン、1973年2月〜1973年4月17日の間はトンキン湾、
ですので、沖縄で撮影できた可能性は、推測では1972年8月〜1973年1月の間。
ただし、CH-53Dの元部隊は普天間から搭載されたHMH-462DETですので、
クルーズ前後は“YT”レターのままの可能性もあります。
背景に写るP-3の列線、部隊が分ればかなり時期は絞り込めます。

>すっかいうおりゃさん
おそらく、撮影は1977年9月前後かと思います。陽炎の状況からも冬ではないですネ。
私は1977年9月21日に157130/YW-21を撮ってますが、文字は全て黒で書かれてます。
私にとっては決して良き時代とは言えませ〜ん(笑)
機体は、USS NEW ORLEANS (LPH 11)に搭載HMM-165(Comosite)のACE、元部隊はHMH-462DETです。

>PAPPYさん
紹介の海自111空MH-53E 8626の事故については、検索すれば出てきますね。
しかし公式の記事ではないので正しいかどうかは判断つきかねますが、
案の定、1995年6月6日、1996年6月6日、の二通りの非公式記事が見つかりました(笑)
ただ、1995年6月6日説の方が圧倒的に多いですが、それが正しいかどうかは私は判断できません。

>Det.Hさん
マリンコヘリのデモには定番があるようですが、私は一度も見たことがないので分りません。
内容が異なるとは思いますが、一昨年行った木更津基地公開のデモも何だか分らず。
このようなデモは内容をスピーカーで聞いてないと、さっぱり分らないような気がします。
もっとも、アメリカ本国では早口の英語で解説されても全く分りませんがネ(笑)

>Cranberry 01さん
今回の話題で100枚目の紹介画像です。たぶんDet.Hさんが悔しがってますね(笑)
しかし記念品は何もありませんがm(_ _)m(笑)
紹介のYZ-52“Black Lion”は、塗装から1980年代の撮影でしょうか。
沖縄を含む日本国内および近隣諸国での撮影ならCH-53Dで問題はないのですが、
アメリカ本国での撮影だと、安易にCH-53Dと決め付けられないところが歯がゆいですネ。

>Straight Wingsさん
紹介の迷彩は変形種ですね。このパターンは他にも居たのでしょうか・・・。
確かにグレーオリジナルに一部をサンドカラーで塗ったようですが、効果はどうなんでしょうね。
サンド&グレーの地形や空に、この組み合わせが存在するのか疑問があります(笑)
ドア下部は“Coors Light”ですネ。私は日本のビールが一番好きです。
って、以前も、こんな会話をCranberry 01さんと交わしたような・・・(笑)

>geta-oさん
新田原航空祭からの帰投シーン、良いヒネリですねぇ〜。柔らかい光の当たり具合もイイです。
スポンソンは、一日限定のスペシャルマーク、カッティングシートか何かで貼ったのかな?。
やはり111空のクルー、おそらく整備員の方々はセンスがイイですねぇ〜。
大きなMH-53Eは格好のキャンパス、ここまできたら、あとはグリフィンを正式に書いてもらいたいものです。

>空と鉄とさん
早朝のR/W36降りの光の当たり具合ですネ。それともR/Wを使わなかったのかな・・・。
私は厚木でのヘリ撮影、着陸にしても離陸にしても、いつも翻弄させられてますが、
横田でもアプローチのパターンがあり、それはある程度コースを読めるのでしょうか。
私は横田でスタリオンを撮る際に、痛い思いをしてますので・・・(笑)
しかしその頃のHMM-264(Rein)所属のCH-53EのBu.No.は、ことごとく判読不能には参りました。

>Strangerさん
迫力ある素晴らしいデモフライトのシーンを捉えましたね。このようなショットを初めて見ました。
雲が低く山が隠れるような天候が、返って良い雰囲気になっていると私は感じます。
来賓のテントを吹き飛ばした件は、私は直接その場には居ませんでしたが、後に聞きました。
ただ、それ以来デモフライトを行わなくなったとは知りませんでした。
行わなければ事故は起きない、との単純な考えとも受け取れますが、
事故が起きないような対策を考えて実施できないものかと、私は思いますがね・・・。

>North PHANTOMさん
1978年2月のHMM-262(C)所属機は、これまでにAH-1J, UH-1N, CH-46Fで話題になり、
今回のCH-53Dで最後となりますので、ET-33以外のET-30〜ET-32の3機を紹介いただけるのかな?。
私は2月27日は行かなかったのですが、この日はCH-46Fを含め富士山入りが多く撮れたようですね。
もうこのようなシーンは、MV-22Bが来た時には撮れないのかなぁ〜・・・(笑)

>YUSAさん
お手数かけました。ありがとうございます。
No.8681のコメントにもありますが、YUSAさんの行動範囲は広く、そしてかなりハードですね。
この日も三沢から八戸に移動したとの事ですが、決して近くはないですよね。
私は厚木と横田間の移動すら躊躇してしまうのに・・・。
海自MH-53Eは、八戸を拠点とした掃海訓練の行き帰りに厚木に立ち寄ります。
かなり離れた所を飛んでいても独特のエンジン音が聞こえてきて、いつもワクワクして撮ってます。

>皆様
ここはクローズしPart.8を立てます。





Sikorsky H-53 Part.6 Name:Takafumi HIROE Date:2013/08/06(Tue) 06:22 No.8686   
ヘリシリーズの定番ともいえるCamp Fujiでのシーン。
これまで紹介してきたAH-1/UH-1系, OH-6系, CH-46系とは、やはりスタリオンの迫力さは違います。
R/W01進入し北側R/W19端から西側の簡易エプロンに浮いたままレフトターンし更に180度回転して着陸。
この付近では各機種の離陸や転がりも撮ったので、ちょっと記憶が曖昧ですm(_ _)m
確かな記憶は、ダウンウォッシユで飛んできた小石が当たってレンズが欠けたこと。
それよりも何よりも、顔が半端なく痛かった事の記憶が一番残ってます(笑)


>皆様
引き続き皆様のスタリオンの話題をお待ちします。

Re: Sikorsky H-53 Part.6 Name:飛行浪人 Date:2013/08/06(Tue) 06:45 No.8687
>広江さん、皆さんおはようございます。
スタリオンも佳境に入りましたね。ヒートアップしそうなのでコーヒーブレーク。(笑)
詳しい日付が不明なのが残念ですが、私が関西に在住時、1980〜1990年頃に3機のスタリオンが伊丹に降りて来ました。燃料不足かトラブルかは聞きそびれました。写真を撮っていたら後で送ってくれと言われましたがいつの間にか忘れて時が過ぎてしまいました。この場を借りて贈りたいと思います。
>広江さん、グレーのスタリオンは何故か記憶にありません、多分撮ってないと思います。

>Det.Hさん、お気遣いありがとうございます。悪運が強いのかまだまだこの世に未練があります。(笑)


Re: Sikorsky H-53 Part.6 Name:T.H Date:2013/08/06(Tue) 07:13 No.8688
CONA Year だった2011年は、アメリカのエアショー巡りをして、やっとMCAS NEW RIVERという ちょっとマイナーな基地にも足を運ぶ事になり、流石にホームベースへ出かけると一度に多くの飛行隊が捕獲できました。
エアショーでMAGTFデモの際、スタリオンはHMH-464が2機でフライトし、AH-1W、UH-1N、日本では近年話題のMB-22Bも2機参加。
写真はAH-1Wのエアカバーを受けて、マリンコ地上戦闘員を降ろして離脱する EN #49 です。晴れたら逆光と条件が悪いロケーションと固定翼機が隣のMCAS Cherry Pt.配備なので、ヘリ好きなディープ・マニアでないとなかなか足が向かない基地でしょう。

> 広江さん
この後ですが、今準備OKなのは、HMHT-302 UT と HMH-769 MS  これ等は 飛行浪人さんが、No.8636、8619で紹介されていますが、HMT-301→HMHT-302に改名 or 別部隊? HMH-769は使用機種が、CH-53A → RH-53D と変化しております。
あと、マリンコで一番ピカピカに磨き上げられたゴーサンもありますよ(笑)

2011年5月11日 MCAS NEW RIVER CH-53E EN #49 / 162010 HMH-464


Re: Sikorsky H-53 Part.6 Name:PAPPY Date:2013/08/06(Tue) 07:45 No.8689
広江さん、皆さんおはようございます。
防衛白書によると2013年3月末のMH-53Eの保有数は6機とのことで導入11機の約半数になってしまいましたね。
厚木にもたまに飛来しているようですがなかなか遭遇できません。
最近の撮影ですが2013年5月23日厚木R/W19に進入する 111空 8628 、もう少し大回りしてくれたらいいのに・・・。


Re: Sikorsky H-53 Part.6 Name:MACH3 Date:2013/08/06(Tue) 08:56 No.8690
広江さん、ご無沙汰しています。
スタリオンのスキャン済画像は少々なので、その中からまだ未出のBuNo.です。
嘉手納でAir Forceも撮影していますが、箱から探すのを無精しています。
海自は時々飛んでいる姿を家で見かけますが1枚も撮っていません。
そのうちと思っている間に半数に減ってしまったとか。
何と言う腰の重さ!近くて遠い厚木です。


Re: Sikorsky H-53 Part.6 Name:toksans Date:2013/08/06(Tue) 09:43 No.8691
広江さん、皆さんお早うございます。

広江さん>HM-14とHM-15に色の違いがあるんですか。是非比較してみたかったですね。
MCASミラマーのエプロン側は光線状態が良くないためこの機体のB/Nは判別できませんでした。HMH-466 YK-07で2011年6月2日の撮影です。


Re: Sikorsky H-53 Part.6 Name:A-330 Date:2013/08/06(Tue) 10:26 No.8692
広江さん、皆さんこんにちは。

最多出場間違いなしのHMH-462スタリオンですが、まだ出ていないNoを1機追加です。
CH-53D YF-6 157138 HMH-462
スタリオンマニアの方には申し訳ありませんが、撮った時の感動がないためでしょうか撮影場所時期とも覚えていません。73年の那覇かもしれませんが、一コマバラバラ保管に加え記憶もあいまいで、もしかしたら厚木もしくは横田での撮影かもしれません。


Re: Sikorsky H-53 Part.6 Name:Cranberry 01 Date:2013/08/06(Tue) 13:35 No.8693
広江さん、皆さんこんにちは。
ご無沙汰しています。私にとってヘリシリーズはものすごくハードルが高いです。
暫く休んでいたら、H-53はもうPart 6まで進んでいましたが、この機体は少し参加できそうです。
H-53は機体の色がはっきり特定できないのと、Bu.No.や所属が判読しにくいと思っていたら、皆さんも同じと知り一安心です。
CH-53A(153275, HMH-361 YN-21) MCAS EL TORO, '81


Re: Sikorsky H-53 Part.6 Name:geta-o Date:2013/08/06(Tue) 15:39 No.8694
広江さん、みなさんこんにちは
あちこちでゴロゴロ音がしているので今日は家で写真の整理。
皆さんの写真を楽しんでいます。
今日はちょっと趣向を変えたスタリオン
1985.10.13 木更津航空祭の時ボロハンガーで修理(保管)していたCH-53D(156666/ HMH-463/YH-06)。本当にBu.No.わかりにくいですね。
隣にはYH-21もありました。


Re: Sikorsky H-53 Part.6 Name:空と鉄と Date:2013/08/06(Tue) 18:20 No.8695 ホームページ
広江さん、皆さんこんばんは。
時期はおそらく2002年の秋だったと思いますが、横田にAH-1W UH-1N CH-53Eが数機ずつ展開し富士との往復に忙しく飛行していた時のものです。
この時のレターは全てETになっており秋というのも実は曖昧な記憶のため飛行隊が特定できず申し訳ありません。
写真はずーっと調子が悪く飛行しなかったET24/16****です。
グレーの濃淡でコクピット下のパネルに絵がありますがよくわかりません、どなたか石播HPでのエンテス時の様子を撮られていませんか?


Re: Sikorsky H-53 Part.6 Name:North PHANTOM Date:2013/08/06(Tue) 18:58 No.8696
広江さん、皆さん 今晩は。
 H-47,H-52とも体調不良やものもろの出来事で参加できませんでした。m(_ _)m
 今回も療養で今日明日のみの参加となってしましますが、僅かですが参加させて下さい。
 早速ですが1977年8月1日嘉手納にて撮りましたHH-53C 68-10364です。
 運よくシリアルナンバーが反射で読めましたが、部隊名は不明です。


Re: Sikorsky H-53 Part.6 Name:ITAZUKE-1 Date:2013/08/06(Tue) 21:38 No.8697
広江さん 皆さん こんばんは
1970年12月27日板付を南側へ向けて上がったCH-53D YF-19です。BuNo.が読めない機体が飛来するとなんで読める機体が来ないのだ!とブツブツ言っていました。 バックは佐賀県境の脊振山系です。

>広江さん 1970年はF-102A 509FIS(PK)の解体(スクラップ)の年でした。飛来はほとんど撮れませんでしたが 並びとスクラップは沢山撮れました。
当時の所属部隊は552ndAEW&CWの分遣隊EC-121D/Tが残るだけでしたし戦闘機は那覇にいた82ndFIS(NV)のF/TF-102Aがたまに飛来していた程度でした。 


Re: Sikorsky H-53 Part.6 Name:Straight Wings Date:2013/08/06(Tue) 21:43 No.8698
広江さん、みなさん、こんばんは。
ファントムおじさんがNo.8677で1992年撮影の砂漠迷彩機を紹介されたのに誘われて、同様の迷彩を1機。CH-53E HMH-466 YK-70で、1991/5/19 MCAS TustinのOpen Houseでの撮影です。砂漠迷彩の呼び名にふさわしい色合いの迷彩で、まだ比較的きれいです。ただB/Nはどこに書かれているかすらわかりません。砂漠迷彩には他にもバリエーションがありましたのでおいおいご紹介します。


Re: Sikorsky H-53 Part.6 Name:Det.H Date:2013/08/06(Tue) 23:03 No.8699
広江さん 皆さん こんばんは
スタリオン、いよいよ佳境に入ってきましたね 私が全く知らなかった!機体の数々、楽しんでいます (^_^)

>広江さん
すみません、健作君で出てきたのでこれは!と思いついカキコしてしまいました (^_^;

>MACH3さん
私のYFシメで1977年5月17日の厚木カットをと思っていましたが、並んで撮っていたのですね 私の整理方法が機体毎の為、ほぼフェードアウトしていたこの日になぜ厚木に行ったのか?特別の理由があったのか記憶にありません それとこのYF-9のBu.No.157139、ポジからは読めませんでしたが、私のポジマウントにも確り157139と書かれていました  何か情報があったのかな?

では、Straight WingsさんからAir Showでの給油デモが出たので、私も1995年8月のNAS Miramarでのカットを 最近?は形だけであまりドッキングしているP&Dを見ませんが、この時は形だけでもくっついていました
逆光、その他で部隊等が全く分かりませんが、他の飛行カットで、HMH-361、 YNではないかと思います


Re: Sikorsky H-53 Part.6 Name:すっかいうおりゃ Date:2013/08/06(Tue) 23:23 No.8700
広江さん皆さんこんばんは!大変ご無沙汰しておりました。
休暇で某国より帰還しており 私の好きなスタリオンシリーズになんとか間に合いました。
写真は、2002年5月9日に普天間で撮影したCH-53Eの2機です。HMH-462のグレーバージョンは撮ったことがありませんでしたので 嬉しかった記憶があります。尾翼をたたんでおり残念ながらシリアルが見えませんでした。


Re: Sikorsky H-53 Part.6 Name:Takafumi HIROE Date:2013/08/07(Wed) 06:31 No.8701
>飛行浪人さん
コーヒーブレイクに相応しい味わいある画像ですネ。
聞きそびれた着陸の理由ですが、するべきこともなく困り果てているクルーの雰囲気から、
まあまともな理由ではないと容易に想像できますネ(笑)。
右端のクルーの背中、最後の1文字が見えない(笑)。機首のマークはHMH-462ですね。

>T.Hさん
LANTのHMH部隊スタリオンが、如何に馴染みが薄いかの理由がよく分りました。
MCAS Cherry PtとMCAS New River、どちらか?と問われたら、私も答えに迷います(笑)
準備万端の持ち駒、どれも興味深いです。HMH-769のRH-53Dは知りませんでした。
ピカピカに磨き上げられたゴーサン、これ忘れてました(笑)。
HMT-301の件、私も飛行浪人さんNo.8636で紹介された時に疑問が湧きました。調べておきます。
ところで紹介のBu.No.162010、私は1992年YK、2002年YFを撮ってます。東海岸に行きましたか。

>PAPPYさん
このカットは何処で撮られました?。
R/W19で南西から来る時は、少なくとも相鉄踏切の南側交差点より更に南側に行く必要があります。
しかしR/W01のファイター系のルート4上がりを撮る場所でも、3機で来ると2機目以降は腹です(笑)
本当にヘリの撮影には難儀します(笑)
2013年3月末で111空MH-53Eは6機ですか。絶滅危惧種として最優先で追い回す時が来たようですね。

>MACH3さん
MACH3さんならではの画像や話題があるかと首を長くして登場をお待ちしてました。
しかし何やら雲行きが怪しい・・・(笑)
まあ確かに、この話題もPart.6まで進んで、自分自身も捜索忘れがありますが、
ポジ40箱入る保存ケースx数十個 + ファイル20数冊 + 数え切れないむき出しのポジ箱とスリーブ、
これらを、この暑い中、各々を移動して探すには、かなりの勇気と気力が必要です(笑)
海自MH-53Eは、降りたら、まず間違いなく上がります。地の利を活かすチャンスですヨ。

>toksansさん
スミマセン、HM-14とHM-15に色の差があるかな?と感じているだけです。ひょっとして私だけかもしれません。
HM-15機は私は色が濃いと感じてます。
そしてHM-14機は色が褪せてるのかもしれませんが、HM-15機より若干薄いと感じてます。
半つや消しのテカリ具合も異なるような・・・。
HM-15機はStraight WingsさんからNo.8630で紹介されてますが、今後の他の紹介を期待しているところです。

>A-330さん
A-330さん、HMH-462と馴染み深すぎ(笑)。まあ確かに普天間には約10年駐留していましたからね。
ヘリのBu.No.が未整理なので、手持ちの駒から撮影日のヒントを探し出すほか手立てがありません。
一応、見つかりました。157138はYF-4で1976年7月に嘉手納で撮影してます。文字は全て黒です。
ですので、場所はともかくとして、A-330さんの1973年の記憶が正しいのではないでしょうか。

>Cranberry 01さん
つばどんさんPart.5 No.8684紹介同様、Cranberry 01さんNo.8693紹介もCH-53Aですね。
当時、普天間に半年間ローテーションで配備されていたのは、
MCAS TustinをホームベースとするHMH-361、HMH-363, HMH-462 の3個部隊。
ローテーションは人員のみの交代ですから普天間のCH-53Dは使い回し、
必然的にMCAS Tustinの機体も使い回しとなりますが、こちらはCH-53A/Dの混成のようです。
1960年代半ば頃の、ベトナム戦地のA-4Eと岩国のA-4CをローテーションしたVMA部隊のようなものですかね。

>geta-oさん
これはものすごく貴重な画像です。HMH-463は撮影の時期の前後に普天間には配備されてません。
というより、2002年に岩国にUDP配備されるまで、日本には一度も展開していない部隊だと思います。
何故、木更津に居るのか不思議です。
ハワイから東南アジアあるいはグアムあたりまで演習に出て重修理が必要になったのか、
あるいは普天間UDP部隊への補充用なのか等々の理由で木更津に運ばれたのでしょうね。
しかしヘリのBu.No.は全く整理できてないので、この後の配備部隊が分らないのが歯がゆいです。
新発見と共に新課題が生じてしまいました(笑)

>空と鉄とさん
2002年9月18日(水)にET-20?とET-24が厚木に飛来してます。残念ながら共にBuNo不明。
部隊は31stMEUのHMM-262(Rein)所属のHMH-466DET所属です。
ただし、クイックで離陸しVMGR-152 KC-130F 148893/QD-893の支援で岩国経由で何処かに向かったので、
空と鉄とさんの撮影は、9月18日(水)とは別の日と思われます。
どちらにしても、私も石播HPで撮影された方からのBu.No.等の情報を待ちたいです。

>North PHANTOMさん
色々お忙しい中、参加いただきありがとうございます。
今回もCamp Fujiのシーンが紹介されるかとお待ちしてましたが、今朝私から紹介してしまいました。
紹介のHH-53C 68-10364は機体交換で33ARRSに配備になったものと推測します。
しかし、撮影された直前には私も嘉手納に居ましたが、この機体とは遭遇できませんでした。

>ITAZUKE-1さん
ここまでBu.No.不明が出てくると、もう『不明』というキーワードに麻痺して反応しなくなりました。
今までの話題の中で、たぶん不明率が一番高いでしょう(笑)
と笑いつつ、やはりヘリのBu.No.の整理の難しさを痛感し、悔しい気持ちでいっぱいです。
1970年は板付から米軍が居なくなり寂しい年の始まりと言えるかもしれませんね。

>Straight Wingsさん
AH-1WとCH-46Eでは羨ましい貴重な砂漠迷彩機を複数紹介いただいたので、
必ずや、スタリオンも撮られてるはずと信じて楽しみにお待ちしてました(笑)
まだ汚れてなくて綺麗過ぎるのも私特有の不満(笑)ですが、にも関わらずBu.No.が見えない?。
スタリオンの定位置に書かれてるはずですから、見えないのではなく、塗装直後で書いてないのでは?。
ただでさえ難儀するBu.No.判読に、あまりにも酷な追い討ちです(笑)

>Det.Hさん
KC-130 & CH-53E のデモは米海兵隊基地エアショーの定番のようですね。
私は見たことがありませんが、厚木からの実際の運用の時には立ち会えた事があります。
と言っても、はるか彼方での空中給油だから、見えるはずもありませんが(笑)
HMH-361は、その年の5月に普天間へのUDPから帰国しているので、間違いないと思います。

>すっかいうおりゃさん
夏季休暇での帰国中、思い思いの予定があると思います。楽しまれて下さい。
通常の地上での駐機でも紹介のようにテイル部をたたむことがあるとは知りませんでした。
ヘリ空母運用時の機能を広い普天間のエプロンでたたむ必要はないと思うのですがね。
このような状態になると、Bu.No.判読は完全にお手上げですよネ(笑)
調べたら同時期に厚木で撮影したコマが見つかりました。161254/YF-08と16xxxx/YF-11です(笑)

>皆様
ここはクローズしPart.7を立てます。





Sikorsky H-53 Part.5 Name:Takafumi HIROE Date:2013/08/05(Mon) 06:08 No.8668   
Part.3までに米三軍機の紹介が終わり、ホッとしたら海自機が未紹介と気づきました(^_^;

↓は私にとっては理想的な脚上げでの離陸(R/W19離陸)。スポンソンに描かれる絵が無事に撮れました。

海と空の同居する海自ならではのせいか、どうも私は海自にはお堅いイメージを持ってしまいます。
しかし何処からお咎めが出そうなスポンソンに大胆にパーソナルマークを書く111空、
そんな事はお構いなしのような海自の中で独立独歩の雰囲気ある111空が私は大好きです(笑)

>皆様
引き続き皆様のスタリオンの話題をお待ちします。さ〜〜〜て、どこまで続くか・・・(笑)

Re: Sikorsky H-53 Part.5 Name:飛行浪人 Date:2013/08/05(Mon) 06:34 No.8669
>広江さん、皆さんオハヨウゴザイマス。
もんもんと眠れない一夜を過ごしましたがしぶとく息はついています。(笑)
さて広江さんのリクエストにはお応えできませんが横道ついでに今日は空軍のスタリオン、番号は10363と読めます。
1978年9月28日嘉手納です。


Re: Sikorsky H-53 Part.5 Name:Komatsu Date:2013/08/05(Mon) 08:25 No.8670

HMH−465のCH−53E(YJ19 Bu.No.164784)です。
1995年6月2日( Wings’95の前日 )、厚木19エンドでの撮影です。
No.8620のYJ17に続いて下りてきました。

>広江さん
私は今までずっと「4機のHMH−465所属機を撮影した」と思ってきましたが、
『 その内の2機(No.8638とNo.8655)は、HMH−462のDet. 』とのご指摘ですね。
『 機体はHMH−462に移管済み、搭乗しているパイロットもHMH−462、
機体のテイルコードのみHMH−465のYJ 』ということですね。
Excelで管理している私のデータベースもそのように書き換えました。



Re: Sikorsky H-53 Part.5 Name:A-330 Date:2013/08/05(Mon) 08:53 No.8671
広江さん、皆さんおはようございます。

何故かBuNoと部隊、両方を確認できる写真紹介はほっとしてしまいます(笑)。
皆さんが紹介されているスタリオンの中で一番おなじみのHMH-462ですが、73年の那覇では何かプラスアルファー的な内容の時以外は、普天間から飛来してもシャッターを切らないことが多かったような気がします。当時使用したカメラが10枚撮りということにも起因していたかもしれません。今のデジカメだったらな〜。おっと、この言葉は禁句ですね。
CH-53D YF-10 157743 HMH-462 1973年那覇
UH-34D のお題の時は去りゆくシーンで脇役でしたが、今日は力強く吊り下げて向かってくる主役です。


Re: Sikorsky H-53 Part.5 Name:うみ太郎 Date:2013/08/05(Mon) 09:22 No.8672
始まってるのを忘れていました(^^; 遅ればせながら参加させて頂きます。

USS DENVERに積まれたまま晴海に入港したと聞いて撮影に行った時のものです。
この時は厚木、横田の知った顔が大挙撮影に来ていました。
撮影は出港の時のもので、正面から真横までゆっくり出て行く所を撮影出来てラッキーでした。

2009年8月30日 MH-53E HM-14 BJ-546  1647** Buの下2ケタが消えてて見えません。


Re: Sikorsky H-53 Part.5 Name:toksans Date:2013/08/05(Mon) 09:30 No.8673
広江さん、皆様お早うございます。

ここ数日毎朝メールをチェックしてその後ここに投稿するのが日課となりました。
#8651は2011年6月6日で間違いありません。何時もなにがしかの情報が抜けて申し訳ありません。
今回は同じ日に撮ったHM-14の隊長機BJ-541 162513と訓練飛行を開始したBJ-545 164767です。これで一件落着と思ったらBJ-541の右側の機体は今見るとCoNA記念機。スポンソンをよく見ると”100 YEARS OF ACHIEVEMENT AND PROGRESS 1911-2011”の文字。当時気が付いていれば撮ったものを!!
ところでこの日はHM-15の方は一機もいませんでした。次回から海兵隊になります。


Re: Sikorsky H-53 Part.5 Name:T.H Date:2013/08/05(Mon) 10:39 No.8674
広江 さん

始まるのは、今週だと勘違いしており今朝気が付きました。すみません
出遅れたので、USMC 未出部隊の穴埋めにご協力で行きます。HMH-461から参加、HMH-464 EN も同じ時に撮影してありますので、次に持ち越します。HHは未撮で〜す。

2011年5月13日 MCAS NEW RIVER CH-53E CJ # 14 / 162521 HMH-461


Re: Sikorsky H-53 Part.5 Name:ITAZUKE-1 Date:2013/08/05(Mon) 11:10 No.8675
広江さん 皆さん おはようございます。
1970年11月1日 板付R/W16側から着陸するCH-53D YF-20 157147です。
板付にマリンコヘリの飛来は非常に少なく 数少ないチャンスをものにできました。


Re: Sikorsky H-53 Part.5 Name:PAPPY Date:2013/08/05(Mon) 11:58 No.8676
広江さん、皆さんこんにちは。
観艦式参加機は上がりと降りの時間が想定できるのでスタリオンとMCH-101狙いで展開、全部狙わなければ楽な撮影でした。
1996年4月13日厚木のWings'96に展示された CH-53E HMH-462 YF-02 ですがテイルレターは”Y”しか見えず部隊交代の過渡期のようです。Bu.No.は1647xxでxxの位置にミサイル後方警戒装置のセンサー?が付いていて確認できません。


Re: Sikorsky H-53 Part.5 Name:ファントムおじさん Date:2013/08/05(Mon) 14:17 No.8677
広江さん、皆様こんにちは。H−53とゆうことで久々に登場しました。
92年3月ジョージAFBで行われたPhanCon92で撮影したHMH−466のCH−53Eです。
会場からの撮影だったのでこの角度になってしまいました。まだ投稿されていない砂漠迷彩です。
こんな塗装と角度なので番号とシリアルは分かりません。かろうじてYKの文字が読めます。
胴体真ん中の迷彩パターンは女性のシルエットになっています。

Re: Sikorsky H-53 Part.5 Name:geta-o Date:2013/08/05(Mon) 16:22 No.8678
広江さん、みなさんこんにちは
スタリオンも段々佳境に入ってきましたね。
今日は昔の整理不可の写真の中に#8613で空と鉄とさんが紹介したUE-21がありました。
1986.09.14 三沢公開時天気の悪い中離陸していった(UE)-21。テールコードは読めませんがタンクにVC-5と書いてありました。Bu.No.も読めませんがNETで検索すると”162011”と出てきましたが、写真がないので本当かどうかわかりません。


Re: Sikorsky H-53 Part.5 Name:N.SUZUKI Date:2013/08/05(Mon) 18:28 No.8679
広江さん みなさんこんばんは。
HH-53C 68-10358 C/N65-188で撮影は79年以降ごろのカデナです。
塗装は、No8664で紹介したHH-53C 88286のような、タンが多いベトナム迷彩でなくグリーン主体の最近の迷彩で、尾翼のRESCUE文字はありますが、帯はありません。後方に見える部隊もF-4DからF-15の時代に代わっています。
80年代初めまで33ARRSのHH-53Cはカデナに展開していたとされており、Crew Chiefとして79年に勤務していた人のネットの書き込みをみますと、我々はHC-130のサポートを受け、当時4機のHH-53Cを運用していたとありました。


Re: Sikorsky H-53 Part.5 Name:Det.H Date:2013/08/05(Mon) 19:06 No.8680
広江さん 皆さん こんばんは

まいど代わり映えしないYFですが、一応まだ未出のBu.No.と言う事で
YF-8/157154です はい、それだけです

>広江さん
武司道? なにこの当て字?と思いましたら、其の時退官真直に迫った第111航空隊指令の浅野武司1等海佐をかけたものなのですね 海自も随分粋な事をしましたね (^_^)
YF-2番、はい、私の72年がぬけていましたね (笑)
あの頃は機体の入れ替えが頻繁だったのでしょうかね

>飛行浪人さん
とにかく御無事でなによりです この間少年さんが、と聞いたばかりでびっくりしています どうぞご自愛なさってください
まだまだ死なれては困ります (笑)


Re: Sikorsky H-53 Part.5 Name:YUSA Date:2013/08/05(Mon) 19:15 No.8681
>広江さん
すみません、画像UP後の八戸2200初のフェーリーに乗って千歳へ行ってました。
今朝の445に八戸に帰って着たので遅くなりました。
ご質問のBu.No.は164793でした。


画像のHMM-262のCH-53E-ET24は2011.04.03の撮影です。
前脚のギヤカバーとテールレターETの小画像を追加して貼りなおしました。
HMM262のCH46のET02と一緒に上がり、ミッション後一緒に帰ってきました。
2011.03.27は、HMM262のCH-46のET13とミッションを行っていたようです。


Re: Sikorsky H-53 Part.5 Name:Straight Wings Date:2013/08/05(Mon) 21:20 No.8682
広江さん、皆さん、こんばんは。
KC-130とともに空中給油のデモを見せるCH-53Eのペア。すっかりでかく育った子供に餌をやる親が小さく見えるというのは大げさか。1988/4/24 今はなき MCAS El Toro のAirshowでの撮影です。


Re: Sikorsky H-53 Part.5 Name:BigMac Date:2013/08/05(Mon) 21:33 No.8683
広江さん、皆さん今晩は。
空と鉄とさんのUEのスタリオンを見て、自分も何処かで撮ったと思い、探してみました。
頭に浮かんだのは、右側の送りの着陸でしたが、見つかったのぜんぜん違う写真でした。
もう少し探してみます。
CH-53E、UE-20/161988 1986/8/17 カデナ



Re: Sikorsky H-53 Part.5 Name:つばどん Date:2013/08/06(Tue) 00:00 No.8684
広江さん、皆さんこんばんは。
いつも通り盛況ですね! あの”ドッドッド”と重厚な音が聞こえてきそうな画像が次々と・・・。

毎度たいした機体ではないのですが、CH-46ではおなじみだった迷彩と同じパターンと思われる機体を。
CH-53A HMH-462 YF-41(と読めます?)、Bu.bヘ 152392 とはっきり読めます。
1991年10月15日 キャッスルAFB公開での撮影です。

皆さんの画像と広江さんのコメントを見て、だいぶ昔「タンクだけヒャクゴ」とつぶやきながらスタリオンを撮ったのを思い出しました(^_^;)


Re: Sikorsky H-53 Part.5 Name:Takafumi HIROE Date:2013/08/06(Tue) 06:21 No.8685
>飛行浪人さん
日課の早起きの書き込み、ありがとうございます。まずは一安心しました。
紹介の68-10363は私のPart.3 No.8635から2年後の姿で迷彩塗装変わらずですので、
先代のHH-3E同様、グレー迷彩からSEA迷彩に塗り替えられたと捉えるべきなのでしょうね。
となると、N.SUZUKIさんNo.8647紹介のグレー塗装機は貴重なショットとなるかもしれません。
飛行浪人さんは両パターンを撮られていたら失礼しましたm(_ _)m

>Komatsuさん
はい、そのとおりです。No.8638とNo.8655はHMH-462DET.所属で間違いないと思います。
ただし繰り返しますが、No.8655は外見上はHMH-465ですので、これをHMH-462DET機と言う人は居ないかも?(笑)
もうちょっと補足するなら、本隊は普天間に居ますから、HMM-265(Rein)/31MEU所属下のみDETです。
胴体にもHMH-462ではなくHMM-265と書かれてるから間違えることはないと思いますが・・・。
新たに生じる問題点は、DET機はSide No.を#21〜#24に書き換えますので、元々のSide Noが気になります。
No.8620とNo.8670の機体の汚れ具合を見てますが、No.8638またはNo.8655と同じかどうかは判別できません(笑)

>A-330さん
話題の上では脇役と主役ですが、私には両機とも主役です(笑)
私達に一番馴染み深いのはHMH-462所属機。BBS II Gallery化でも一目瞭然ですね。
とはいえ、沖縄に住む方を除き、大方のマニアには貴重な機体ですから、皆さんシャッター押します。
10枚撮り(6x7?)カメラということを差し引くと、A-330さんの行動は許さざるおえないです(笑)

>うみ太郎さん
BJ-546を搭載したままのUSS DENVER (LPD 9)が晴海に寄港したましたねぇ〜。思い出しました。
このようなシーンが見れる(撮れる)またとないチャンスに、大勢のマニアが集まるのも当然ですネ(笑)
このシーンを思い出したと共に、新たな疑問が生じます。
HM-14DET.1が岩国から韓国(Pohang)に移動した時期を私は把握していません。
何方か補足いただけないでしょうか。m(_ _)m

>toksansさん
1枚の画像の中に、塗装(マーク)の異なる3機が凝縮されてますね(笑)
しかし右端に写る機体は、ひょっとしてMoxexさえ未確認?。残念なことをしましたね。
HM-15がホームベースをCorpus ChristiからNorfolkに移動完了したのは2009年9月のはずですから、
1機も居ないというのは不思議ですねぇ〜。演習または災害等支援の派遣中?。
私はHM-14とHM-15の胴体色が異なるような気がしてならないので、比較画像が拝見したかったです。

>T.Hさん
最後の最後で援軍をお願いしようとしましたが、気づいていただいて助かります。
LANTのHMH-461, HMH-464は、地理的(ホームベース)そして展開することが多いので、馴染み薄だと思います。
T.Hさんでも、Hammerheadsの“HH”は未撮ですか・・・。
現役HMH部隊コンプリートまで、あと一歩なんですがねぇ〜。奇跡を信じます(笑)

>ITAZUKE-1さん
これまでヘリシリーズを続けてますが、板付で撮影できるヘリにはかなりのバラツキがあるようですね。
私には板付ならではの・・・という羨ましい気持ちもあるのですがね。
ITAZUKE-1さんにしてみれば、その逆ももちろんあるでしょうけど・・・。
撮影の1970年というと、センチュリーシリーズも板付から離れ終え米軍機が少なくなってきた頃でしょうか。

>PAPPYさん
次から次へと皆さんから私が捜索し忘れている機体が紹介され、私の記憶能力のなさが露呈してます(笑)
紹介もレターが“Y”だけとは部隊特定のややこしい機体ですねぇ〜。
今回の話題はスタリオン特有のBu.No判読不能に、また別な難題が加わってきてます(笑)
次部隊HMH-466[YK]に機体を引渡す前に、HMH-462自ら“F”を消した時期かもしれません。
先に消すか後で消すか、両パターンの事例はありますが、紹介の時期的に、ちょいと自信なしです。
これからは、ってチャンスがあるか分りませんが、クルーのパッチを見るか直接聞いて下さい(笑)

>ファントムおじさん
Desert Shield/Desert Stormの一時的な砂漠迷彩ですね。
これまでのヘリシリーズの中でAH-1WとCH-46Eが紹介されましたが、
このCH-53Eは、想像していた以上の排気の汚れで濃い砂漠色に変身しちゃってますね。
胴体中央部の汚れの一部を落として、女性のシルエットに見立てている?(笑)
それとも最初から女性のシルエットとして塗装したのでしょうか?。

>geta-oさん
VC-5のCH-53Eとは皆さん意外(?)にも沖縄以外で遭遇されてるようですね。
紹介のUE-21と空と鉄とさんNo.8613と同じ機体とは思いますが、
おっしゃるようにBu.No.の断定できるネット等の資料が、もう少しほしいところです。
それと、この機体の色がマリンコ系の色なのかMH-53系の色なのかも、はっきりと知りたいところです。

>N.SUZUKIさん
HH-53Cにも短期間ながら、グレー塗装 → SEA迷彩 → ヨーロピアン・ワン迷彩 の変遷があるのですね。
そして紹介の68-10358は空と鉄とさんがNo.8642で紹介されているMH-53Jの改造前の姿です。
一応33ARRSの4機目の紹介となり、塗装・型式の変遷も分る貴重な画像です。
BBS II Galleryの途中経過を書き込み前にチェックされてますか?。

>Det.Hさん
差し障りのないようにオブラートに包んだ私のコメントに直球を投げてはイケませんよ〜(笑)
でも、だからこそ私は111空が大好きなんです。Det.Hさんも分りますよネ。
ヘリに限らず機体の入れ替えがあった時のBu.No.チェック&整理記録が私のライフワーク?(笑)
しかし遠い沖縄の地、そして厚木に飛んでこないヘリ、これでは私はお手上げです。
まさか普天間に私のような番号屋さんが居るとは思えないしネ(笑)

>YUSAさん
No.8624のBu.No.再確認、ありがとうございます。撮影の翌年に墜落してしまった機体です。
ところで、今回のNo.8681紹介のマリンコCH-56Eの画像に関するコメントが全くない???。
『同じく2011年03月27日にも撮ってましたが画像は4/3の撮影になります。』はNo.8624?No.8681?の説明?。
申し訳ありませんが、別レスで追伸せず、このNo.8681を訂正モードで、
分かる範囲で部隊、Side No.、Bu.No.、前脚カバーに何か書いてある?等のコメントを追加して下さい。
皆さんにとっても、見やすさ&理解のためには画像とコメントが同じ枠内でセットであるべきと思います。

>Straight Wingsさん
いや、その例えは的を得てますヨ(笑)
まだ親から餌をねだるのか、と親もそろそろ疲れてきた頃だと思います。
しかしEl Toro等々、慣れ親しんだマリンコ基地の閉鎖は、本当に時代を感じますネ。
なんせ予備役ではJoint Base McGuire-Dix-Lakehurstなんて基地名もあるし(笑)

>BigMacさん
161988と聞いて、モヤモヤしていたモノが取れたかのように、ようやく思い出しました。
何処かで私も撮ってるなぁ〜とは思いますが保管場所(箱)が分らず捜索の気力が出ません。
しかし、BigMacさんのコメントも同じですネ。
整理し管理しているようで、このような希少な機体ほど、どこに仕舞いこんだか忘れますよネ(笑)
まあしかし、思い出してスッキリできたので良しとします。

>つばどんさん
スタリオンの音、特に3発機は重厚でイイですねぇ〜。厚木に降りる音は我が家にも聞こえてきます。
AH-1/UH-1とCH-46の紹介の3色迷彩は私は目にすることができましたが、CH-53は見ることができませんでした。
同時期に採用されてますので、単に3色迷彩CH-53と私との相性が悪かっただけと、また新たな発見(笑)
さて、今回の話題を始めるまで気がつかなかった点が、この紹介画像で明らかになりました。
マリンコHMH部隊は、CH-53A→CH-53D、CH-53A→CH-53D→CH-53Eと機種転換に2パターンあります。
ところが、紹介のHMH-462等では一時的にCH-53DからCH-53Aに戻って混成運用した部隊があります。
紹介のCH-53AがCH-53Dに準じて改装されているのか、今後調べる必要を感じてます。
やっぱり、『タンクだけヒャクゴ』ですよねぇ〜(笑)

>皆様
ここはクローズしPart.6を立てます。





Sikorsky H-53 Part.4 Name:Takafumi HIROE Date:2013/08/04(Sun) 06:31 No.8650   
Part.3までに予定どおり米三軍機を紹介できましたが、ここから先は私の気まぐれな紹介になりそうです(笑)

ハワイのMAG-24から岩国にUDP展開したのはgeta-oさんPart.2 No.8623でも紹介されてます。
当時の私の印象は『突如としてUDPが始まった』、そして『スタリオンが身近な存在になる』(笑)でした。
2002年2月〜2005年6月の短期間の配備で終わってしまいましたが、期待どおり厚木や横田で撮ることができました。
↓は岩国へ遠征した時のショット。ウン十年ぶりに岩国に行く引き金となったのはスタリオンかもしれまん(笑)

ちなみに↑はどうやっても色が妙です。コダクロームの末期症状でしょうか。
結局、30年ほど慣れ親しんだコダックから手を引き(当時の)RDP IIを使い始めるきっかけとなりました。

>皆様
引き続き皆様のスタリオンの話題をお待ちします。さ〜〜〜て、どこまで続くか・・・(笑)

Re: Sikorsky H-53 Part.4 Name:toksans Date:2013/08/04(Sun) 09:21 No.8651
広江さん、皆さんお早うございます。

広江さん、確かに間が空いたのは残念ですが、やはりその時その時の優先順位があったのでそれはそれで致し方ないと思っています。
HM-14続きますが、今回はAWSTS(AMCM Weapon Systems Training School)の機材となっているMH-53E BJ-555 163069です。


Re: Sikorsky H-53 Part.4 Name:geta-o Date:2013/08/04(Sun) 09:25 No.8652
広江さん、みなさんこんにちは
あれ飛行浪人さんはどうしたのかな。
今日も岩国公開時のスナップ
2008.05.05  CH-53D(157169/ HMH-463/YH-12)。右ドアに稚拙な絵が描いてありました。


Re: Sikorsky H-53 Part.4 Name:PAPPY Date:2013/08/04(Sun) 09:31 No.8653
広江さん、皆さんおはようございます。
2012年10月14日観艦式へ参加するため厚木を飛び立つ111空2番機 MH-53E 8625です。
厚木にたまにやってくるMH-53Eは排気で真っ黒が多いようですが、観艦式とあってかどの機体も綺麗にしています。
ここで脚上げしてくれると有り難いのですがなかなか思うようにはしてくれませんね。


Re: Sikorsky H-53 Part.4 Name:Komatsu Date:2013/08/04(Sun) 10:06 No.8655

昨日投稿した Y*22(No.8638)と一緒に離陸していったYJ21です。
1995年12月16日、厚木01エンド午後側での撮影です。

>広江さん
この機体も部隊名は上書きされてHMM−265となっていましたが、テイルコードは「 YJ 」のままでした。
Bu.No.は「164・・・」までしか判読不能です。
残念ですが、BBSU Gallery にもう1機「1647・・」が増えてしまいますね。



Re: Sikorsky H-53 Part.4 Name:飛行浪人 Date:2013/08/04(Sun) 11:24 No.8656
>広江さん、皆さんコンニチハ。
今日は部落の作業が早朝にあった為出遅れました。おまけにスズメハチに4箇所も刺されて病院へ直行、一命を取り留め先ほど帰宅しました。もしかしたら昨日の書き込みが遺作になっていたかと思うと冷や汗ものでした。
未だ刺された箇所がガンガンしています。もしかしたらこれが最後の書き込みかもね。(笑)
既に紹介されている独陸軍のスタリオン、84+38、1979年6月24日、グリンナムコモンです。
この時はデモフライトを実施、やはり足が引っ込んでいと感じが良いですね。
>geta-oさん、ご心配かけましたがなんとか息をついています。


Re: Sikorsky H-53 Part.4 Name:怪鳥 Date:2013/08/04(Sun) 13:11 No.8657 ホームページ
広江さん、皆さんこんにちは。

スタリオンを撮った記憶は殆どないのですが、辛うじて見つかったのが広江さんのオープニングと同じHMH-462のYF-6でした。
1971年5月15日、厚木の3軍で撮ったもので、この時は内部も公開していてコクピットの写真も撮っていました。今にして思えばもっと色々撮っておけば良かったのにと後悔しております。


Re: Sikorsky H-53 Part.4 Name:空と鉄と Date:2013/08/04(Sun) 13:34 No.8658 ホームページ
広江さん、みなさんこんにちは。
NO.8626で紹介した68-10367のノーズアートを写したフィルムが出てきましたので改めて紹介します。
アメコミのキャラクターなのでしょうか? BACONの文字もベーコン製ですね(笑)

>広江さん、レスを見て"途中経過"に気が付きました。隅々までよく見ないといけないですね。


Re: Sikorsky H-53 Part.4 Name:Det.H Date:2013/08/04(Sun) 15:17 No.8659
広江さん 皆さん こんにちは

今回は沖縄返還後の1973年初夏に訪れたNAS Nahaで、一機だけキャッチしたシースタです
今回はBu.No集め?には協力できませんが、この157134、70年広江さん、71年怪鳥さんが撮られた時とModexが変わり、YF-2番になっていました
>広江さん
私の出せるスタリオンはこの時期、YFのみと言っていましたが、CoNAをすっかり失念(笑)
適当な所でそちらを紹介したいと思います
ただし案の定、文字等が???


Re: Sikorsky H-53 Part.4 Name:A-330 Date:2013/08/04(Sun) 16:56 No.8660
広江さん、皆さんおはようございます。

>広江さん
651の文字が見えるカットに差し替えようと3回試みましたがうまくいかず、やむなくNo.8654を削除して再UPさせていただきました。m(__)m

ウィキぺディアが間違え、日本航空宇宙工業会公式サイトまでも日付が違っているとは…。ネット情報から撮影日特定の大きなウエイトを占めている私にとっては困惑しきりです。
やはり「自分自身でシャッターを切ったらメモる」ことは大切ですね。今日のデジカメ能力が羨ましい(笑)


レターは黒文字でF、機体側面と正面には大きく651と書かれたH-53です。
CH-53D xF-651 xxxxx 撮影は80年代半ばの横田です。
テクパン+サンニッパで4枚撮影していましたがBuNoはまったく見えません。


Re: Sikorsky H-53 Part.4 Name:ET Date:2013/08/04(Sun) 19:47 No.8661
広江さん、皆さん、今晩は。
ILA2010でデモフライトを行ったドイツ陸軍のCH-53G(84+18)(cnV65-016)です。写真は90度回転していません、念の為。H-53は巨体でありながら前線での使用に鑑み、驚異的な機動性を有していると書かれたのを読んだことがありますが毎回ILAでは巨体に似合ない派手なフライトを見せてくれました。
なお、当日(2010年6月11日)は会場に隣接した土地で建設中の新ベルリン・ブランデンブルグ空港の敷地からの酷い砂埃のため機体の色が多少変わっています。


Re: Sikorsky H-53 Part.4 Name:ITAZUKE-1 Date:2013/08/04(Sun) 21:00 No.8662
広江さん 皆さん こんばんは
1975年5月6日岩国R/W01を上がったCH-53D WX-3です。残念ながらBuNo、はわかりません。
自分はCH-53Aではと思っていましたが1975年7月のNaval OperationsにH&MS-36はCH-46Dx4 CH-53Dx4と書いてありましたので 機種はCH-53Dとします A型とD型の違いが判ってないのがいけないのです。


Re: Sikorsky H-53 Part.4 Name:TROUT Date:2013/08/04(Sun) 21:01 No.8663
広江さん、皆さんこんばんは。今日も77年7月嘉手納で撮ったスタリオンです。サンパウロの丘で撮ったYF-9です。N.SUZUKIさんが紹介されたエアクラフトグレーのHH-53Cは驚きました!スーパージョリーにもいたんですね〜、撮りたかったです!!
そういえば、78年にハワイ、ヒッカムを訪れた時遙か遠くにエアクラフトグレーのスタリオンが飛んでいるの、指をくわえ見ていたのを思い出しました(^o^)


Re: Sikorsky H-53 Part.4 Name:N.SUZUKI Date:2013/08/04(Sun) 21:11 No.8664
広江さん 皆さんこんばんは。
 HH-53C 33ARRS 68-8286で、撮影は79年ごろのカデナです。
この機体は、70年にベトナム戦史に残る北ベトナムでの捕虜収容所奪回作戦(Son Tay)に従事(Pilot死亡)等、ネットで検索すると数多くの興味深い経歴があります。
カデナの後も88年に本国(Virginia)でCrashし、最後は2002年にAfghanistanでCrash
(MH-53M改修済)したとありました。


Re: Sikorsky H-53 Part.4 Name:Straight Wings Date:2013/08/04(Sun) 21:21 No.8665
広江さん、みなさん、こんばんは。
この海兵隊のCH-53、何とか判読できるのはS/Nが1630xxまで、部隊名とテールコードは書かれているかもはっきり判らず、"MARINES"の前方窓間にかすかに01と入っています。塗装は陸軍機のようなカーキ色だったようです。1990/6/1 カナダ、オンタリオ州 LondonのInt'l Airshowでの撮影です。


Re: Sikorsky H-53 Part.4 Name:Gulf4 Date:2013/08/04(Sun) 21:31 No.8666 ホームページ
たった一回だけの海兵隊CH-53撮影チャンスだった、1970年5月の岩国基地三軍記念日で撮ったCH-53D(157127/YF-8)。
前回の機体と違ってMARINESの文字が白いですね。次の海兵隊CH-53との「接点」は普天間に向かうAn-124が
積荷のCH-53と共に、連続して仙台空港に姿を見せた時でした。もちろんAn-124は撮りましたが、CH-53の方は・・・。
ところでNo.8625のCH-53G所属部隊ですが、展示機リストではHFIRになっています。他を調べるとHFRが多いですね。


Re: Sikorsky H-53 Part.4 Name:Takafumi HIROE Date:2013/08/05(Mon) 06:07 No.8667
>toksansさん
はい、おっしゃるとおり誰にでも、もちろん私にもあることなので、それは私も分ってます(笑)
Squadronに間借りするようなSchool系やUnit系は意外に数多くありますが、
私はその実態が分るような機体を見たことがなかったので、紹介のAWSTSは驚き&新鮮に感じます。
スポンソンのマークもオリジナルなんですね。いやぁ〜貴重なショットです。
ところで念のために確認させていただきますが、撮影はPart.3 No.8637と同じ2011年6月6日でしょうか?。

>geta-oさん
紹介の157169/YH-12は、翌6日、157728/YH-31, 157748/YH-67と共に横田に飛来しましたが、
私の立ち居地ではショートターンとなり、機首に描かれるマークをハッキリとは判別できませんでした。
紹介の絵の他にドアの周囲に5個のマークが見えますが、それも気になります。
LANTのHMH-461, HMH-464に次いでPACながら馴染みの薄いHMH-463が展示されたのは良かったですネ。
PACでは最大の難敵HMH-366(現LANT)がありますが・・・(笑)

>PAPPYさん
その日(2012年10月14日(日))は厚木で最も忙しい日曜日、と言っても過言ではないでしょう(笑)
抜けがあるかもしれませんが数的に、MH-53Ex3, SH-60系x6, MCH-101x4, P-3C/UP-3Cx多数, US-1A/US-2x4、
これらの機体が、最初に外来降り、そして観艦式の本番に向けて厚木から上がり降り、最後に帰投の上がり、
それも短時間内に固定翼機と回転翼機が入り混じるわけですからエンドは大騒ぎだったでしょう。
もっともメインターゲットを決めて動かれた方が多いようですが、PAPPYさんは?(笑)

>A-330さん
これだけ便利になったネット世界ですから、様々な点(情報)を集めることができますが、
正誤や自分自身への必要性等々取捨選択して点と点を線で結ぶ知識能力が必要な時代と私は思ってます。
よくありがちなことですが、1つの点だけで結論付けてるのを見かけますが、それは危険です(笑)
その顕著な例は、つい最近の2011年のこと。厚木から飛んだCONA塗装のP-3C 161591。
WW II時代の再現塗装部隊をVP-44“Golden Pelicans”と間違って伝えているのは世界中で99.9%かも?(笑)
もう訂正できる範囲を超えてるので、歯がゆいやら腹立たしいやら・・・。
長くなりました(笑)が本題です。
HMH-361, HMH-363, HMH-462 の3個部隊がローテーション配備されていた頃に、
1980年代半ば撮影のヒントだけでは解決不可能です(笑)。
もしBu.No.が読み取れたとしても、“651”も使いまわされてますから部隊の特定はできないでしょう。
でも、こうやって一緒に悩むのも、また別の楽しさがありますよねぇ〜(笑)

>Komatsuさん
No.8638同様、部隊交代直後の過渡期のややこしい塗装ですね。
外見上はHMM-265(Rein)/31stMEU、元部隊はHMH-465DETとなってしまいますよねぇ〜。
悩んだのですが、HMH-462DETとしレターは“YJ-21”とします。
『間違いでしょ!』とか『HMM-265(Rein)にはHMH-465DETは1995年12月まで配備された』の誤情報が広がりそうです。
これも上のA-330さんのレスでコメントした複数の点を集めて線で結ぶ作業の一例ですね。

>飛行浪人さん
ええ〜っ・・・。朝登場されないのでずっと気になってました。お体を・・・とも聞いてましたし。
スズメバチに4箇所も刺されるとは大事です。他の方は?、ニュース報道されそうな事件ではないでしょうか。
2回目に刺されると強いショック症状もあるようですので、今ももちろん今後も充分にご注意下さい。
紹介のCH-53Gのデモフライト、やはり脚上げは格好イイですね。

>怪鳥さん
157134/YF-6は、私が1970年7月に撮影してから10ヵ月後の1971年5月には綺麗な姿に変身しましたね。
ベトナム戦のロービジ姿で普天間に移駐後、順次、当時の標準塗装に塗り替えられた確定的な例ですネ。
実は私も1971年5月15日の厚木基地三軍記念日に行き撮影してますが、すっかり忘れてました。
まさしく灯台下暗しです(笑)

>空と鉄とさん
あれれ〜っ?、この日に私も撮っていたことを思い出しましたが、紹介のマークまでは思い出せません(笑)
これは典型的なアメリカンな絵ですネ。しかし、ひょっとして撮ってないのかも。なんとも情けない話しです。
しかしコレ、色々見てきたパーソナルマークの中では私は一番格好良く思えます。
このような絵を描く気質は、やっぱり好きだなぁ〜。って悪い意味でなければイイのですが(笑)

>Det.Hさん
Bu.No.集めも面白いですが、このような変遷となる紹介も面白いですヨ。
Det.Hさんは気づかれてないのかな?、前年に撮影したYF-2のBu.No.は156658ですし。
CONAの件は私は忘れてませんよ(笑)。いつ紹介されるのかなぁ〜と、ずっと思ってますから。
紹介のYF-2の変遷にしてもCONAにしても、Det.Hさんご本人より、何故私がストーリを気にする?(笑)

>ETさん
画像を拝見しても、そしてコメントを拝見しても、この姿勢となる前後関係が理解できません(笑)
直接自分では見たことがありませんが、ヨーロッパでのヘリのデモは迫力あると聞いたことがあります。
紹介のCH-53Gのデモフライトも、私が噂として聞いたとおりなのでしょうか・・・。
一度自分の目で見てみたいものです。

>ITAZUKE-1さん
今回の話題が進むにつれ、ちょっと不思議な感覚を持ち始めました(笑)
紹介のWX-3はCH-53D Bu.No.156970です。
Gulf4さんNo.8614でHMH-462の156970/YF-7が紹介された時に私のレスでWX-3の補足をし忘れました。
すると、ITAZUKE-1さんから紹介され無事解決。
細かい事は省略しますが、これまでにもBu.No.の件で、私がレスし忘れると何方からフォローがあります。
いやぁ〜とにかくなんだか今回は不思議なんです(笑)

>TROUTさん
サンパウロの丘からの撮影ショット、これは何処から離陸してきたのでしょうか?
R/W05Lからの離陸にしては近過ぎるような気がしたもので・・・。とにかく格好イイ離陸シーンですね。
私の1977年7月のデータが見つかりませんが、記憶としても、YF-9は撮ってないと思います。
1975年12月に私が撮影したYF-9のBu.No.は157139ですが、この1977年7月も同じとは断定できません。

>N.SUZUKIさん
私はPart.3 No.8635で紹介したように、嘉手納で撮影したHH-53Cは良い光線状態では一度も撮影できませんでした。
迷彩機ゆえ紹介のような光の当たり具合の良い姿を撮りたかったです。
紹介の68-8286の経歴の中の『Crash』とはCrash?(笑)。
まだ私は何も調べてないのですが、Crashしても修理再生を繰り返してMH-53M改修まで持ち堪えたのですか。
運の良い機体なんですね。

>Straight Wingsさん
マリンコのCH-53系の機体色は、CH-46系とは微妙に異なるのでは?と、私はずっと悩み続けています。
私も年代が違いますが1980年前後に撮影したCH-53Dの中に『陸軍機のようなカーキ色?』と思ったことがあります。
これは私一人の間違った感覚、あるいは、ポジの現像後の錯覚、と自分自身に言い聞かせて今に至ってますが、
Straight Wingsさんのコメントを拝見し、ひょっとして自分の感覚は間違ってなかったと思い始めました。
これは今後の展開次第では、また新発見につながるかもしれませんね。

>Gulf4さん
意外とスタリオンの塗装が安定して続かないのが今回の話題を始めて気づきました。
Bu.No.を大書きせず、かつ汚れ易い場所に書いてあることもあり、CH-46系に比べると難儀する機種です。
Gulf4さんのマリンコCH-53系との遭遇チャンス、An-124がらみの件に私はピクピクッ!と反応しました。
今度どこかでお会いした時に、じ〜〜〜っくりと積荷の件で聞かせていただきますヨ(笑)
CH-53G部隊の件、私は悩んだ末、HFRとさせていただきましたm(_ _)m

>皆様
ここはクローズしPart.5を立てます。





Sikorsky H-53 Part.3 Name:Takafumi HIROE Date:2013/08/03(Sat) 06:29 No.8635   
TROUTさんからNo.8615とNo.8633で紹介されている嘉手納の33ARRS所属HH-53Cですが、
helicopter history site “helis.com”では1975年〜1982年に運用されたとの記事があります。
別なサイトでは1979年に運用されていた記事も見つかりました。
まだ私は調査中のため、これらが正しいかどうかは分りませんが、少なくとも1976年に私は撮影してます。
もう一つ、“helis.com”によると33ARRSはHH-3Eを1968年〜1992年運用していたとされてますが、
私はHH-53CとHH-3Eを同時期に見ていません。どなたか正解または補足をいただけるとスッキリします。


>皆様
引き続きスタリオンの話題をお待ちします。の〜〜〜んびりと長〜〜〜く続けますか(笑)

Re: Sikorsky H-53 Part.3 Name:飛行浪人 Date:2013/08/03(Sat) 06:59 No.8636
>広江さん、皆さんおはようございます。
昨日はずいぶん早い書き込みだったので今日は早めにスタンバイしたのですがフェイントをかけられました。
仕方が無いので別サイトへ書き込みをしていたら開店していましたね、危ない危ない。(笑)
ピンポーン、先を読まれてしまいましたね。
今日は1977年12月1日、エルトロでのスタリオン、SU20/HMTー301(154879)です。
これは前回のCHー46と同じく外来だったようです。


Re: Sikorsky H-53 Part.3 Name:toksans Date:2013/08/03(Sat) 10:01 No.8637
広江さん、皆様おはようございます。
NASポイントマグーでCH-53を撮って以降30数年の休眠期間があり、再開後最初に撮ったH-53がNSノーフォークのMH-53E HM-14 BJ-543 163070でした。2011年6月6日の撮影です。


Re: Sikorsky H-53 Part.3 Name:Komatsu Date:2013/08/03(Sat) 10:11 No.8638

1995年12月16日、厚木01エンド午後側での撮影です。
HMH−465 Det.(?) のCH−53E(Y*22)で、この日、YJ21に続いて離陸していきました。

部隊名は上書きされて、HMM−265となっています。
テイルコードは「 Y 」だけが残っていて2文字目は消されていますが、
本来ならば「 EP 」と書き換えるべきなのでしょうね。
Bu.No.は「1647・・」までは明瞭に読み取れますが、肝心の下2桁は全然ダメです。
小写真のように、Bu.No.の位置に上から何か取り付けてしまっています。



Re: Sikorsky H-53 Part.3 Name:ET Date:2013/08/03(Sat) 10:18 No.8639
広江さん、皆さん、お早うございます。
最終章でお邪魔しようと思っていましたがGulf4さんと同じく予定を早めてドイツ陸軍の機体を。先ずは2008年5月30日ベルリン航空ショー(ILA2008)でデモフライトを終えて移動中のCH-53G(84+13)(cnV65-011)です。
CH-53Gのフライトは毎回ILAでの定番になっています。次回にフライトの写真を予定しています。


Re: Sikorsky H-53 Part.3 Name:A-330 Date:2013/08/03(Sat) 11:02 No.8640
広江さん、皆さんおはようございます。
皆さんも機体に描かれている文字記号の判読には苦労されているようですね。

昨日に続いてBuNoしか判明しない機体で恐縮です。
CH-53D 156656 撮影場所は厚木で、時期は1985年5月19日ではないかと。
私事ですが、テクパンネガを5コマでカットしてネガケースに保管していました(ベタ焼きを8x10印画紙でプリントするため)。ある時何を血迷ったのか、お気に入りのショットを機種別に収集しようと思い立ちネガをバラバラに分別するという愚行に走り、いよいよもって撮影日特定が困難な状態に陥って今日に至っています。
今日UPしたシーンと一緒にネガ5コマの中に、ZZのF-15C 78-0536がデモフライトするカットが収まっているのに気付き、これを頼りにネット検索してどうやら85年5月19日ではないかと…(汗)

>広江さん
BuNoアップ添付なしの写真も用意しています。そちらがよろしいようでしたら差し替えさせていただきます。


Re: Sikorsky H-53 Part.3 Name:Det.H Date:2013/08/03(Sat) 17:29 No.8641
広江さん 皆さん こんにちは

私は70年代のYFのみですので、部隊では貢献出来ませんが、Bu.No.増やしで貢献を(笑)

お馴染み、返還前1972年4月の沖縄です 普天間にはたった半日だけの展開でしたが、今思うと結構色々撮れていました
HMH-462 YF-2/156658です


Re: Sikorsky H-53 Part.3 Name:空と鉄と Date:2013/08/03(Sat) 17:46 No.8642 ホームページ
広江さん、皆さんこんにちは。
No.8626で紹介したMH-53Jの所属は嘉手納の353SOGから飛行隊丸ごとオーサンに移動していた31SOSのようです。
そして、こちらは前年の1999年8月1日、横田の公開で展示されていた同隊所属の68-10358です。
お馴染み横田の夜景&花火ですが、写っている花火は横田公開でのものではなく、確か昭和記念公園のものだったと思います。

>Det.Hさん
VC-5にもう1機居た機体はエンジングレイにライトグレイのはっきりとしたマーキングでしたが厚木でT/Gトレーニングをしていたときに間に合わず撮り逃がしてしまったのが痛かったです。



Re: Sikorsky H-53 Part.3 Name:PAPPY Date:2013/08/03(Sat) 18:27 No.8643
広江さん、皆さんこんばんは。
1979年11月18日入間で行われた第6回国際航空宇宙ショーで展示されたかは分からないのですが、AH-1とともに端のほうに駐機していた CH-53D 664 で機首のマークよりHMH-462 YFと思います。
Bu.No.は分かりませんがどなたか撮られておりましたら教えて下さい。


Re: Sikorsky H-53 Part.3 Name:geta-o Date:2013/08/03(Sat) 18:45 No.8644
広江さん、みなさんこんばんは
YZ-18のBu.No.了解しました。156954ですか。ありがとうございます。これで穴が一つ埋まります。
スタリオンに限らずホイール式の降着装置を持つヘリコプターは、離発着(離発艦)時の衝撃が少なくまた滑走もそれほど考えていないので固定翼機のそれに比べて貧弱に見えます。したがって引き込み式の機体では脚を出した着陸は機体とのバランスが悪くあまり恰好がよくありません。
ということで離陸、フライパスなど脚の出ていない写真を探しましたがあまりありません。
少ない中からPart.1の時と同じ岩国の公開で撮った海自のMH-53E(8621,8623) 2007.09.09 岩国


Re: Sikorsky H-53 Part.3 Name:TROUT Date:2013/08/03(Sat) 23:09 No.8645
広江さん、皆さんこんばんは。Bubェ分かる1枚を77年7月嘉手納、 CH-53D156659です。部隊名はYだけ分かりましたが2文字目とモデックスは汚れすぎて判明しません(^_^;) 33ARRSのHH-53は運用始めは75年夏頃からですが、末期は定かではありません。と言うのも、78年10月の後訪れたのが83年3月でしたので。ただ私もHH-3EとHH-53Cが同時に見たことはありませんでした。

Re: Sikorsky H-53 Part.3 Name:THUD Date:2013/08/03(Sat) 23:12 No.8646
No.8609でA-330さんが紹介されている1976年10月の入間で私も撮っていたので貼ります。
なにせ乾いた雑巾(しつこい)なので(笑)
この頃はもう冬眠真っ最中(仮死状態)でエンドに行くことはもうありませんでしたが、こういったイベントにはまだ細々と顔を出していました。やっぱり飛行機が好きなんでしょうね。


Re: Sikorsky H-53 Part.3 Name:N.SUZUKI Date:2013/08/03(Sat) 23:18 No.8647
広江さん、 皆さんこんばんは。
 HH-53C 68-10357で、撮影日は不確実ですが、75年前後のカデナです。
No8633でTROUTさんが紹介した、MACマーク付きの迷彩機と同じですが、従来のRESCUE機の標準塗装(グレー地に黄色帯)でした。カデナのHH-53Cは4機分撮っていましたが、グレーはこの機体だけでした。
この機体は、その後MH仕様に改造されていたようですが、現在でもWright-Pattersonで展示されおり見ることができるようです。
>広江さん No8628のHMH361 の666機は、helis.comではYN666 157132の資料のみで、YN-664のデータは見つかりませんでした。


Re: Sikorsky H-53 Part.3 Name:ITAZUKE-1 Date:2013/08/04(Sun) 00:08 No.8648
広江さん 皆さん こんばんは
昨日8月3日岩国で撮影した MH-53E 111-8625です。
土曜日でしたので海自は飛ばないと思ったのですが この1機だけフライトしました。


Re: Sikorsky H-53 Part.3 Name:Takafumi HIROE Date:2013/08/04(Sun) 06:30 No.8649
>飛行浪人さん
気まぐれな店主ですから開店は気が向いた時です(笑)
読みどおり、というより前回の書き込みは思いっきりのネタばれでしたからね(笑)
今回の話題でも訓練部隊の紹介は私にとっても貴重な話題です。
当時はSanta Ana(後のTustin)からのお客さんですネ。El Toroへの距離関係が私にはピンときません。
私は行ったことはありませんが、名称として馴染みある両海兵隊基地が閉鎖されたのは時代を感じますね。

>toksansさん
30数年のブランク後にもスタリオンと出会えるとは、息の長さを感じたことでしょう。
そして、当時のCH-53Aと比べると無骨になったMH-53Eの姿に驚かれたことと思います。
現在、MH-53Eを運用する掃海部隊はHM-14とHM-15だけになってしまいましたが、
ブランク期間がなければ前任のRH-53A/Dを運用し解散してしまった多数のHM部隊も見れたはずかと思い、
そして此処での紹介もあったかもしれないので、toksansさんも私も残念に思います。

>Komatsuさん
USS BELLEAU WOOD (LHA 3)に搭載される31MEU所属下のACE HMM-265(Rein)所属機ですね。
部隊はYJ-21も含め交代した直後のHMH-462[YF]のDETですが、まだレターを書き換えてないようです。
小写真ですが、もうこうなるとBu.No.判読は諦めるしかありませんネ(笑)
Komatsuさんの努力には大変に感謝いたします。

>ETさん
日米以外のスタリオンと言われれば私は真っ先にドイツ CH-53Gが思い浮かびます。
しかし実際には見たこともありませんので、このように紹介いただくと大変にありがたく思います。
部隊は機首に書かれるエンブレムから、Buckeburg AB駐留のHFWS/Aと判断しました。
そういえば、私はスタリオンのデモフライトを見たことがありません。
岩国では海自MH-53Eのデモフライトを見ることができるのでしょうけど・・・。

>A-330さん
ヘリ部隊のUDPローテーションは人員のみの交代で機体は使いまわし。
加えて紹介画像の機体は再塗装したのか、Bu.No.以外は全く書かれてませんね。
時期的に、普天間に展開していた部隊はHMH-462[YF]と思われます。
1980年代半に普天間に配備されたCH-46E, CH-53Dは究極のロービジ+部隊不明です。
画像はこのままで構いません。ありがとうございます。
しかし、ネガをバラバラに保管するとは・・・(^_^;

>Det.Hさん
やっぱり、この塗装は綺麗ですねぇ〜(笑)。不満など言わずに無我夢中で撮らなくてはなりませんネ。
沖縄への旅費は結構かかり、皆さん海外に目を向けるようになりましたが、
やはり沖縄は、いつの時代も、もちろん現在も私には憧れの場所と思っています。
ただ、どの基地・空港も同じだと思いますが、撮影環境(ポイント)が変わった事だけは残念ですね。

>空と鉄とさん
途中経過、ご覧になりました?。早々にアップしてあります(^_^;
やはり横田基地の公開でもMH-53Jが展示された年がありましたよね。曖昧な記憶がだんだん蘇えってきました(笑)
しかし、この迫力ある姿と音がMH-47Eと交代してしまったのは、ちょっと残念ですね。
とはいえMH-47Eも超貴重ですネ。
横田基地の公開での花火と絡めたショットは皆さんの定番のようですが、実は私は未体験です(笑)
VC-5 CH-53Eのマーク類が反転する薄いグレーで書かれた目立つ姿の方が私は記憶にあります。

>PAPPYさん
紹介の機体はHMH-361所属の157132/YN-664です。胴体のMARINESの下にHMH-361と書かれてます。
Bu.No.はPAPPYさんご自身で撮られたNo.8608と同じ機体。偶然ですネ(笑)
度々話題としてますが恒久配備のHMH-462と交代に初のUDP部隊として普天間に配備されたHMH-361ですが、
HMH-462の機体を使いまわしているため機首に竜のマークが残っているようです。
ちなみに私は土砂降りの1979年11月25日に撮影してますが、1週間以上の開催だったのですね。
と思って調べたら、↓は社団法人日本航空宇宙工業会公式サイト。日付を間違えるとは情けない!(怒)
http://www.sjac.or.jp/common/pdf/toukei/50nennoayumi/8_hoi.pdf
↑を引用したのか↓のウィキぺディアまで間違えてる。これがネットの恐ろしさです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E8%88%AA%E7%A9%BA%E5%AE%87%E5%AE%99%E5%B1%95
ネットの情報を鵜呑みせず正誤の取捨選択できる能力が必要な顕著な例です。

>geta-oさん
スタリオンの離陸時の脚上げタイミングには、私はかなりのバラツキがあると感じてます。
離陸時でも脚が出っ放しの方が相対的に多いと私個人的には感じてるし、事実その画像が多いです。
しかし異様に早く脚上げする時もあり、内心『やれば出来るじゃないか』と思うこともあります(笑)
紹介画像は脚上げしていて良いですネ。2機の大きさに差を感じますが、かなり近くを通りました?。

>TROUTさん
時期的にはHMH部隊のUDPローテーションが始まる前なのでHMH-462所属機と判断できると思います。
1977年7月は私も嘉手納で156662/YF-12, 156663/YF-14を撮ってますが、156659は見てません。
33ARRSへのHH-53C配備開始は1975年中頃とみて間違いなさそうですね。ありがとうございます。
まあ終わりはともかくとして、HH-3Eとの混成運用の有無が未確認となり気になります。

>THUDさん
根っから好きで、この道に入ったTHUDさんでしょうから頭の片隅からでもヒコーキのことは離れなかったでしょう(笑)
撮影活動スタート直後は怒涛のように撮りまくり、フッと一息ついたら疲れて休眠・・・なんて人は多いですネ。
私の周りにも多いし・・・、というより私自身にもそんな時期がありましたから(笑)
ただ違うのは、その休眠期間が長いか短いか、要は立ち上がりが早いか遅いか(笑)だけです。

>N.SUZUKIさん
TROUTさんのコメントにあるように、ひょっとして紹介画像は33ARRSに配備当初の1975年夏頃の姿でしょうか。
あともう一つ考えられるのは、33ARRSへの配備末期となる1980年代初頭。しかし5年以上の開きですが(^_^;
Bu.No.157132のYN-664の姿はPAPPYさんNo.8643で紹介されてます。私も撮ってますが1979年11月です。
HMH-361は1979年後期に普天間にUDP配備されてますが、その期間内の全機のBu.No.が分らないのが残念です。
helis.comの157132/YN-666は私も確認しました、1984年3月24日に韓国で墜落しているデータですね。
これらのことから、N.SUZUKIさん紹介のNo.8607とNo.8628のBu.No.は不明と私は結論付けます。
あと、韓国への配備の記述の件も不明とさせていただきます。

>ITAZUKE-1さん
厚木でも海自機が何かの訓練あるいはFCF等で土曜日に飛ぶことが結構ありますネ。
紹介はローターの影からR/W02の上がりを午後側からの撮影かと思いますが、
私は岩国で海自MH-53Eの離陸をまともに撮れたことがありません。
数少ない撮影回数なのでよく分らないのですが、固定翼機よりも難しいと感じました。
どの基地もヘリ撮影に難儀するのは同じ???。

>皆様
ここはクローズしPart.4を立てます。

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