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C-121/Lxx49 Part.9 Name:Takafumi HIROE Date:2015/01/22(Thu) 07:58 No.13304   
今回の話題のために新たにネガを捜索しスキャンした時は全く気づいてなかったのですが、
Det.HさんがNo.13240で紹介されたのと同じ塗装、コレは米空軍C-121輸送型の塗装のような気がします。
この翌年(1970年)には白とグレーの塗り分けが米海軍C-121輸送型の仕様となってますね。

#2エンジンのプロペラがフェザリング状態となってます。
(C-121J, 131654, VW-1、1969年2月3日、厚木基地R/W01着陸)

VQ-1 EC-121系の白/グレーの塗り分けの位置(黒線)についてwakaさんからNo.13257でコメントされてますが、
その例が見つかりましたので↓に並べて紹介します。

(EC-121M, 145940/PR-25, VQ-1、1970年12月21日、厚木基地R/W01着陸)


(EC-121M, 145940/PR-25, VQ-1、1974年3月20日、厚木基地R/W01着陸)

145940/PR-25は皆さんからも多くが紹介されてますので、
並べてみると白/グレーの塗り分けの位置(黒線)の変更時期は1971年から1972年9月の間に絞り込めました。

Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:飛行浪人 Date:2015/01/22(Thu) 09:06 No.13305
>広江さん、皆さんおはようございます。
121、あまり撮っていないようでも昔のネガを見返していたらそこそこ撮っていました。
今日は横田で撮った121、NAVYの三連発です。(笑)
まずは空軍のECー121D、543を撮った同じネガに写っていたPR25です。
ローアプローチで36エンドで足を引き込みながら上昇中、この時は降りなかったようです。
ハイドロポンプの圧力が弱いのか左足は引き込んだのに右足は未だ下がっています。

>Det.Hさん、古い記憶を捜索、お手を煩わせました。
この場所は電線がかかるので正統派のマニアは行かなかったかも。
真面目な公務員だった私は流石に月曜日の晴天には行けませんでしたよ。(笑)
ユマでは残念ながらビープビープにはお目にもかからず声も聞けませんでした。
>THUDさん、そうでしたか。
まだらボケか、デパートの方は覚えているのですが、こちらの方はすっかり記憶から抜け落ちています。
立川は数える程しか行かず、この場所も一度だけだったようです。


Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:飛行浪人 Date:2015/01/22(Thu) 09:10 No.13306
>次は1969年1月25日ドライブイン前を転がるVWー1の131654。
モヤっていて天気が良くありませんでした。


Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:飛行浪人 Date:2015/01/22(Thu) 09:16 No.13307
>3枚目は同じ131654ですが1969年5月9日の撮影。
機首に00、尾翼にはTEのレターが入っています。


Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:geta-o Date:2015/01/22(Thu) 09:25 No.13308
広江さん、皆さんおはようございます。
121ラス前3枚は民間機
最初はL749
東京オリンピックの時アルゼンチンから乗馬用馬を運んできたAerotransportes Entre Rios L749-79-33(F)(LV-IGS c/n:2450) 1964/10/2 羽田整備地区


Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:geta-o Date:2015/01/22(Thu) 09:26 No.13309
2枚目はL1049
立川には当時のMATSチャーター便が多数飛来(フラタイもその一つ)していましたが先年活動を終了したWorld AirwaysもL1049でよく飛来していました。
L1049H/01-03(N1880 c/n:4820)1962/5/20 立川


Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:geta-o Date:2015/01/22(Thu) 09:28 No.13310
3枚目はL1649
DC-7に対抗してL1049を高性能化したL1649はわずか原型を含めて44機の製造に終わってしまいあまり見る機会は有りませんでした。現在ドイツで1機フライアブルな状態にレストア中とのことですので数年うちにはヨーロッパの航空ショーで見ることができるようになるかもしれません。
#13284 THUDさんのL1649はFly Alaskaでしたが今日は南アのTrek AirwaysのL1649A-98-17(ZS-DVJ c/n:1042)1967/3/15 羽田整備地区


Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:PAPPY Date:2015/01/22(Thu) 11:09 No.13311
広江さん、皆さんおはようございます。
geta-oさんのラス前3枚は民間機でいくよ、で嫌な予感がしながらスクロールしていくとビンゴになってしまいました(笑)。
1967年3月21日の羽田ですがgeta-oさん撮影の一週間くらい後の撮影になります、民間機はカラーが良いですね。
当時南アフリカのTrek Lugdiensで使用されていた2機の内の一機 L1649A ZS-DVJ です。


Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:PAPPY Date:2015/01/22(Thu) 11:10 No.13312
二枚目も同上Trek Lugdiensで使用されていた L1649A ZS-DVJ ですがどちらを先に撮ったかは覚えていません。


Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:Det.H Date:2015/01/22(Thu) 12:56 No.13313
広江さん 皆さん こんにちは
きょうはまたまた一段と寒い天気ですね 皆さんお風邪などをお引きならないようご自愛ください

>THUDさん
比較する人物が入ると、コニーが意外と大きかったのがわかりますね P-3よりちょっと長いだけですが、スマートな形、脚の長さで大きく見えるのでしょうね ご報告 N173Wの都市名が分かりました

残り6枚と言う事で、どうするか考えました ↓がその答 (笑)
前にフラタイ、Flying Tiger Air ServiceのCity Of 〜 をあまり撮っていなかったと書きましたが、S&Rしたところ結構撮っていました すっかり忘れていました(^^; 
THUDさん撮#13234のN173Wですが “City of ANGELES”と判明しました フィリッピン、Clack ABがあった町ですね Toksans氏が撮られたTAIPEIは見つかりませんでしたが、今回新たに発見?したことが一つ、N173W、N6917Cの前脚カバーに赤でそれぞれ2個ずつ絵が描かれていました 何のシルエットかよく分かりませんが、何かの上に立つ動物(タイガー?)のように見えるのですが?

一つ型式の疑問です N173W、N174Wは調べると1049Hではなく、Gと出てきます ただ、尾翼に堂々と“H”と書かれていますし、用途として貨客混合のHにコンバートしたと考えるのが妥当ですよね
どなたかこのカラクリをお分かりの方、いらっしゃいますでしょうか?

追記
機首前部にN173,4WともGの名残?の丸窓がありますが、その後の乗降用ドアが貨物ドアに改造されているので、H型コンバートで間違いないでしょう 多分ネット資料が違うのではと思いました



Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:Det.H Date:2015/01/22(Thu) 12:57 No.13314
立川でのコニー運用チャーター便はフラタイともう一つ、THUDさん#13284のAlaska Airlinesがありました 完全スキムはTHUDさんから紹介されていますので、不完全スキム?を このN8083Hは前の会社TWAから引き継いだのが1962年4月、68年11月には次の会社に移っていますので、多分このままだったのでしょうね
この機体も貴重な?L-1649Aです


Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:Det.H Date:2015/01/22(Thu) 12:57 No.13315
3枚目、このカットを選んだのは塗装もですが、斜め後ろからみた時の、コニーの曲線の美しさが出ていると思いました
N1880もこの時期ASが運用していましたが、このスキムは前の運用会社International Aerodyneのものだと思います geta-oさんH.P.に載っているN9714Cと同じですね このN1880、↑の#13309でgeta-oさんがWO運用時を紹介されています


Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:Cranberry01 Date:2015/01/22(Thu) 13:17 No.13316
広江さん、皆さん、こんにちは。
民間機の姿と塗装は、古きよき時代を感じます。イイデスネ〜。PAPPYさんがおっしゃる様にカラーだったら、楽しいでしょうね。

>Det.Hさん、一日でNRLのEC-121KとJBのNC-121Kですか?しかも周りには誰も・・・、飛び上がって、PAISANOみたいにBEEP,BEEPですね。(笑)

さて、本題のEC-121Hについて。残念ながら私は本物を見たことはありませんし、またそのs/nについては出回っているものについても確証が持てません。確定しているのは写真から判別した10機程です。
しかし、せっかくDet.Hさんからの難問、謎解きに挑みました。

まず、EC-121Hは1962年に35機のEC-121Dと7機のWV-2をupgradeさせて改造されました。外見的には胴体上部のレドームの前方にもう一つコブが付けられました。そしてそれらはEC-121Dに混じって全てOTIS AFBの551st AEW&CWに配属されました。この551st AEW&CWは Dec.1969に解散しています。したがってEC-121Hの就役期間は1962〜1969の僅か7年程でした。なぜEC-121Hが551st AEW&CWに移管されなかったのかは不明です。

さて、2機のEC-121についての考証です。
55-121は同じ日に私も撮っていましたが、(近くで撮っていたようです。)スキャンして確認したところ552nd AEW&CWのEC-121Dでした。
また、53-555は私も1970年に撮っていましたが、EC-121Dでした。
両機ともに元EC-121Hであったとすると、一度upgradeした機体をわざわざ古いD型に戻す事があるでしょうか? 私はその可能性はほぼゼロだと考えます。。
両機のs/nを調べてみると、確かにEC-121Hと記述した資料も存在しますが、残念ながら私の判定は両機ともEC-121Hには改造されていないと言うことになります。

EC-121Tについて。 EC-121Dから15機。EC-121Hから7機がEC-121Tに改造されています。EC-121Tが板付に飛来し始めたのは1970年後半からでした。そしてそれらのs/nは過去に日本で撮影されたことの無いものが殆どでした。これらの事から推察されるのは、1969年12月に解散した551st AEW&CWの機体からEC-121Tに改造したのではないかと言うことです。

残念ながら、EC-121Hを含め551stAEW&CWの機体の日本飛来は確認していません。今では、飛来していなかったと考えています。

皆さん、一つお忘れのようで。FAAのL749(N121) 1967年5月、横田。PAPPYさんのNo.168と同じ時のようです。


Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:Cranberry01 Date:2015/01/22(Thu) 13:18 No.13317
JB-444 1970年10月、横田。これは何型でしょうか? Bu.No.も不明です。

Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:Cranberry01 Date:2015/01/22(Thu) 13:20 No.13318
1974年10月 NC-121K、 詳細不明。アメリカ南部を移動中に、途中の飛行場で見つけて、機内から撮りました。N.SUZUKIさんのN0.13297と同じ部隊の様です。

Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:ET Date:2015/01/22(Thu) 14:07 No.13319
広江さん、皆さん、こんにちは、
No.140312と同じ1958年4月27日羽田空港でのエールフランスのL-1649A-98-II Starliner (F-BHBT, cn1045)です。北回り線の1番機で招待客の高松宮を皇太子殿下(今の天皇陛下)が見送りに来られていました。この日は帰国するレニングラード交響楽団の搭乗機であるアエロフロートのTu-104が目的でした。この機体はその後Air Afriqueで短期間使用されていたとのことです。後方に駐留していた米空軍のC-124が見えます。


Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:ET Date:2015/01/22(Thu) 14:08 No.13320
2枚目は、ブラジルREAL 航空のLockheed L-1049H Supper Constellation (PP-YSC, cn4837) で、1960年9月18日 羽田空港での民間航空50周年記念ページェントの最中に撮ったものです。REAL航空はこの年の7月Rio de Janeiro – Los Angeles – Honolulu – Tokyo路線を開設したが翌年財政破綻から Varigに買収され、この路線は廃止されてしまいました。なお、機首に書かれている“Brasilia 1”が命名された時点では未だ現在の首都ブラジリアは建設中であったとのことです。

Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:N.SUZUKI Date:2015/01/22(Thu) 14:33 No.13321
広江さん、皆さんこんにちは。
Cranbery01さんが、C-121のエンジン、ライトR-3350 ダブル・サイクロンエンジン、ターボコンパウンドエンジンを話題にされましたので、その関連です。
No13288で紹介した.1964年立川でのL-1049H N6924Cの左側エンジンのアップです。
C-121のエンジンは、B-29に使用された二重星型18気筒エンジンをベースに、出力及び燃焼効率を上げるために、排気タービンを追加し、タービンからの出力を直接プロペラ出力軸に加えられる様にしたことで、大幅なパワーアップとなった、ターボコンパウンドエンジンです。
通常、エンジンのパワーアップにはシリンダー数を追加することが基本であり、当時大型エンジンの双璧ともなっていた、プラットのR-4360四重星型28気筒 ワスプメジャーエンジン(B-50、C-124、C-97、C-119の初期型等に装備)と比べても、軽く高性能のエンジンでしたが、この複雑な構造が災いし、飛行中のエンジン停止率が高く、同一エンジンのDC-7シリーズ機とともに、比較的早くリタイアーした要因となったエンジンです。
結局このターボコンパウンド・エンジンは、その後主流となったターボプロップエンジンをミックスした様な設計であり、複雑な構造故信頼性が低く、あまり普及しませんでした


Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:N.SUZUKI Date:2015/01/22(Thu) 14:36 No.13322
次は、1967年8月 羽田を離陸するL-1649A(1037)Air Korea HL-4003 ですが、#3エンジン、フェアザリング状態での、3エンジンフェリーフライトの様子です。
No13304の広江さんの、C-121Jの着陸もエンジン停止中ですが、修理を諦め、実際に3発エンジンでの離陸を見たのはこのときが唯一であり、最後の手段でありよほどのことでした。
4発のジェットでも3エンジンでの離陸は可能ですが、プロペラが無いため停止状態でも、外観からは分かりません。



Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:N.SUZUKI Date:2015/01/22(Thu) 14:37 No.13323
最後に、同じ機体(L-1649A HL-4003)ですが、スポットイン中も、このエンジンだけがフェザリング状態であったたため、気になっていました。
なおこのHL-4003 Air Koreaは、2005年函館経由で、韓国へフェリーしたC-121A(MATS N494TW 749-2601)が、その後チェジュ島(静石飛行場)で展示するために再塗装(HL-4003 韓国航空)された際の元になった機体です。このAir Koreaは現在の大韓航空の元になった歴史的な会社であり、北朝鮮のAir Korea (高麗航空)とは関連はありません。


Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:A-330 Date:2015/01/22(Thu) 15:12 No.13324
ラス前三連投稿はN.SUZUKIさんから、驚き+初見の#3エンジン停止で離陸するという貴重なシーンの後で恐縮ですが、
話題に出ました、後にチェジュ島で展示するために再塗装された際の元になった機体を、1997年ネリスで撮影した三形態紹介です。
最初はまだ紹介されていないシチュエーションの着陸ショットを。

L749 N494TW (exVC-121A ex48-0609)1997年4月ネリス


Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:A-330 Date:2015/01/22(Thu) 15:14 No.13325
2枚目はショーでフルパワーエンジン音がたまらなく魅力だった離陸です。

L749 N494TW (exVC-121A ex48-0609)1997年4月ネリス


Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:A-330 Date:2015/01/22(Thu) 15:14 No.13326
最後はフラップを収納してのフライパスです。

L749 N494TW (exVC-121A ex48-0609)1997年4月ネリス


Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:toksans Date:2015/01/22(Thu) 16:51 No.13327
広江さん、皆さんこんにちは、

何の脈絡もない3枚を投稿します。最初は1966年3月24日厚木で撮影のEC-121K VQ-1 PR23 135752。当時使っていた200mmではC-121の上りはどれもこの角度で、次は胴体があふれ、最後に送り、という感じでしたね。後ろに下がらなかったのか下がれなかったのかは今となっては判りません。

>PAPPYさん、
撮影日の特定にお役に立てて光栄です。私もこの掲示板のおかげで撮影日が特定できた経験からスッキリ感はよく判ります。


Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:toksans Date:2015/01/22(Thu) 16:51 No.13328
1967年1月4日立川で撮影のFTASのL1049H N6918Cです。前々からこの帯の色が普通と違うと思っていましたがTHUDさんの#13258まで青のツートンカラーだとは判りませんでした。でもさらに調べたらDet.H氏が1回目の#209で紹介されていましたね。

Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:toksans Date:2015/01/22(Thu) 16:52 No.13329
1968年1月24日厚木で撮影のC-121J VW-1 131654、おなじみの機体です。

Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:waka Date:2015/01/22(Thu) 17:42 No.13330
広江さん、皆さんこんばんは。
広江さんのC-121/Lxx49 Part.9(No.13304)の冒頭にEC-121の胴体の上、下の塗り分けの話がありましたが、NAVYのC-121系の塗装と塗り分けは、胴体の濃いシープレーングレイに狭めの胴体上面の白塗装が一番凄みがあっていいですね。
その塗装のEC-121M 143186 PR-27 VQ-1 1970年の厚木基地の着陸です。


Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:waka Date:2015/01/22(Thu) 17:43 No.13331
2枚目は、続けて同じPR-27のEC-121M 143186 PR-27 VQ-1 1970年の厚木基地の着陸です。
珍しく、機体左側の前部のアップですが、 VQ-1なので残念ながらノーズアートはありません。
VW-1の機体と間違えたわけではなく、単に気づくのが遅く機首アップとなったと思います。


Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:waka Date:2015/01/22(Thu) 17:44 No.13332
3枚目は、白とライトグレイ塗装になった1972年のPR-27(EC-121M)です。
塗り分け線も後期のスタイルになっています。
EC-121M 143186 PR-27 VQ-1 1972年6月1日 厚木基地、R/W19の着陸


Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:Gulf4 Date:2015/01/22(Thu) 18:14 No.13333
皆さん方の様に素晴らしい「正統派121」を撮るチャンスが、残念ながら一回しかありませんでした。
しかし、民間タイプなら何機か撮っています。デジタル化したものが少ないので、参加はこれで終わると思います。
No.169でALPSさんが紹介していますが、今回は不思議なことに誰も紹介していませんね。
しかも良く調べるとNo.13236のA330さんが撮った機体の17年後の姿でした。
1987年11月から12月まで、名古屋空港にマグロを運んでいたWorld Fish and AgricultureのC-121J(N4247K)。
1987年11月24日、名古屋空港に着陸するところです。


Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:ITAZUKE-1 Date:2015/01/22(Thu) 20:00 No.13334
広江さん みなさん こんばんは
1970年12月13日板付西側エプロンに駐機する WC-121N TE-4 145932です。
垂直尾翼後方に解体されたTF-102A PKの姿が見えます。


Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:ITAZUKE-1 Date:2015/01/22(Thu) 20:08 No.13335
1969年11月9日板付R/W16に入るC-121J NAS Agana-659 131659です。
この画像はわたくしが取り逃がした機体でおいちゃんの画像です。了解もらっています。


Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:ITAZUKE-1 Date:2015/01/22(Thu) 20:15 No.13336
1970年11月23日板付西側エプロンに駐機する NC-121K JB-925 145925です。
別の画像には右側エンジン付近に足場が置いてありましたので エンジンの不調か何かあったのかもしれません


Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:Komatsu Date:2015/01/22(Thu) 21:25 No.13337

新明和伊丹工場空港側出入り口前で一旦停止中のPR-23です。1963年7月18日の撮影。
この後、工場に入る時に機体尾部を撮影していました。
スキャンしましたが大いにブレていて、Bu.No.135752がなんとか確認できるのみ。
肝心の機体名称は文字数すら判然としません。ということで、K型かM型かは不明です。

私に、『PRの4機(#21〜#24)はM型だよ』と教えてくれた友人に、その根拠を聞いてみましたが、
『エライことに首突っ込んじゃったね』で、明快な説明はありませんでした。
ということで、M型の根拠を失いましたのでギャラリー化に際しての機体名称は広江さんにお任せします。


Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:THUD Date:2015/01/22(Thu) 22:03 No.13338
ラス前は比較的少ない民間にしようと考えていましたが、皆さん怒涛の民間型で・・・(笑)
そこで予定を変更してANG3枚と思いましたがスレッドが長くなっているのでこれまた予定変更で1枚だけ(^^ゞ
No.13186でgeta-oさんがMATS時代の画像を紹介されていますが、1968年5月立川に飛来したNGB(NationalGuard Bureau 州兵総局)のVC-121C(54-0168)です。


Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:怪鳥 Date:2015/01/22(Thu) 23:37 No.13339
121コニーもいよいよラス前ですね、次から次へと出てくる皆さんの貴重画像に只々感激です。特にフラタイAIr Servicesは存在すら知りませんでしたので衝撃的でした。何時かプラモで再現したいと思っています。
コニーの写真がもう1枚あったのを思い出しましたので、最後に紹介させてください。
FAAのL749A、N119で1960年代の立川三軍記念日での撮影です。調べてみましたらこの機体は2機作られたPO−1Wの1機(Bu.No.124437, C/N 2612)で1959年にFAAへ売却され、その後1966年には空軍に移管されたそうです。


Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:Takafumi HIROE Date:2015/01/23(Fri) 06:27 No.13340
>飛行浪人さん
No.13305ですが『空軍のEC-121D 543を撮った同じネガ』とおっしゃらず、具体的な年も記述下さい。
該当の画像を探し出すのが、結構大変なのですヨ。と探しましたが該当画像はありません。
コメントの『EC-121D 543』が違うのかな???、併せてお知らせ下さい。
私の私のNo.13304紹介(1969年2月3日撮影)と飛行浪人さんNo.13307紹介(1969年5月9日撮影)を並べると
VW-1 131654に“TE-00”が書き入れられた時期がかなり絞り込めましたね。


>geta-oさん
民間機コニーの三連発とはgeta-oさんの幅広い撮影活動を思い知らされます。
それも特徴を捉えるL749, L1049, L1649を選ばれるとは本当に恐れ入りましたm(_ _)m
ただNo.13308紹介のL749は機首ノーズはオリジナルではなくL1649タイプに交換???。
(当時の)MATSチャーター便がレシプロ機全盛の時代は撮影が本当に楽しそうです。
と、コレは今の私の感覚ですネ(^_^;
L1649Aが44機の生産で終わったのはDC-7Cとの競合のせいでしょうか・・・。


>PAPPYさん
投稿しようとした直前がgeta-oさんとは・・・(^_^;
geta-oさんの幅広い撮影活動からの予測で、Part.8以前の投稿が良かったのかな。
まあしかし、PAPPYさんならではの撮影時の思いがありますから、これはこれで良しです。
No.13312はどのように撮られたのか分りませんが、この一コマもGallery化での変化につながります。


>Det.Hさん
N173WとN174Wは私もL1049G?と悩みました。
しかし、N173WとN174Wの事故時の資料にL1049Hと記されていることと、
Flying Tiger Air ServicesのリストにN173WとN174WがL1049Hと記されていることで、
疑問を残しつつもGallery化ではL1049Hとしました。
大作No.13313、お手数かけました。ありがとうございます。
ところで素朴な疑問・・・。
THUDさんNo.13284紹介はFly Alaskaと記されてますが、Det.HさんのAlaska Airlinesは同じなのでしょうか?。
スミマセン、数が多いので24時間サイクルでの調査&Gallery化ができません。
とりあえず、各々の会社名を別表記してますので補足または指摘下さい。
No.13315は本当にセクシーという言葉がピッタリですネ(笑)

Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:Takafumi HIROE Date:2015/01/23(Fri) 06:28 No.13341
>Cranberry01さん
EC-121D/Hに関わる実績を伴う分析は説得力がありますネ。
度々話題になるネットに溢れる情報の取捨選択に一考を要する何よりの事実かと思います。
また私はEC-121Tも疑問に思ってましたが、こちらもだいぶクリアーになりました。
詳しい解説ありがとうございます。

No.13317
VXN-8所属のNC-121J(NC-121Nとの説もあり) Bu.No.128444、部隊内の愛称は『Cripple Four』。
 1965年7月1日 : OASU (Oceanographic Air Survey Unit) 編成
 1967年7月1日 : VX-8 (Air Test and Evaluation Squadron EIGHT) に改称
 1969年1月1日 : VXN-8 (Oceanographic Development Squadron EIGHT) に改称
上記部隊は4機のNC-121Jを運用しました。(131655はgeta-oさんからNo.13247で紹介済み)
Blue Eagle I 131627, Blue Eagle II 128444, Blue Eagle III 131641, Blue Eagle VI 131655
(何故IVとVが存在しないのかは分かりません)
1965年10月から“Project Jenny”の基、上記4機が常にベトナム上空を飛び、
AFVN (American Forces Vietnam Network)、後にはTHVN TVも加わる中継機の役割でした。
その任務も1970年9月30日が最後のミッションとなり順次本国に帰還しました。
時期的にNo.13317は本国への帰還時の横田への立ち寄りと推測します。

No.13318
VAQ-33は2機のNC-121K 141292と141300を運用しました。
紹介のBu.No.は読み取れませんが、機首レドームの後ろに書かれる機首番号は“11”でしょうかね。
このことから、機体はN.SUZUKIさん紹介No.13297と同じ141292と推測しました。
No.13297はGD-12ですが、1974年末頃〜1975年の短期間一時的にGD-11で飛んでます。


>ETさん
後方に当時駐留していた米空軍C-124が写りこむNo.13319は貴重な当時の記録ショットですね。
1958年ということでしょうか、それともコニーということが起因しているのでしょうか、
地上の多数の支援機材や車両の古さ等々も、本当に貴重だと感じます。
1960年の羽田を捉えたNo.13320もレシプロ機ばかり。これも時代を感じます。
そして迫力ある近い位置をタキシングする姿、素晴らしいショットですネ。
ところで、REAL航空とはブラジルレアル航空でしょうか?。
スミマセンm(_ _)mが、タイトルが読み取れないので、Gallery化での表記名を教えて下さい。
上のDet.Hさんへのお願いと同じ理由です。
数が多いのと難しいのが重なり24時間サイクルが回らないので、できる限り補足を下さい。


>N.SUZUKIさん
No.13321のメカニカルなショットも興味津々です。
ターボコンパウンドエンジンの複雑さと信頼性の低さの記事は読んだことがあります。
私は全くの素人ですが、このエンジンで飛ばすのには相当なマンパワーが必要だったのでしょうね。
No.13322とNo.13322の#3エンジンを止めプロペラフェアザリングで離陸したとは驚きです。
飛行中のトラブル発生で3発エンジンで着陸するシーンは度々見かけましたが、
最初から3発エンジンで離陸したとは前代未聞の出来事でしょうね。

Re: C-121/Lxx49 Part.9 Name:Takafumi HIROE Date:2015/01/23(Fri) 06:29 No.13342
>A-330さん
N494TWの三連発(三形態)とは考えましたね。それだけA-330さんがN494TWに魅せられた証でしょうか。
それはコニーの美しさ加えてN494TWの綺麗な塗装デザイン、そして最大の要因はNo.13325。
私は厚木基地で何度となく聞いたワンツーワンの離陸音ですが記憶が薄れてます。
今、動画で離陸時の姿と音を聞くことができますが、生には到底敵いません。
No.13325のシーンと音、No.13326の軽やかなようで重々しい音、これらをもう一度聞きたいです。


>toksansさん
toksansさんでさえ、ワンツーワンの離陸姿は真横で胴体は切れましたか。
私は多かったと言うよりほとんどが切れてますが、その前後は撮ってないのが不思議なんです。
その理由ですが、私は後ろに下がらなかった、のではないかと思ってます。
では何故、後ろに下がらなかったのか、ですが理由は全く覚えてません(^_^;
今見返すと、民間機の場合はどうしてもカラーリングが気になります。
まあ当時は高価なカラーフィルムは多用できなかったので仕方ないですが残念ではありますね。
VW-1 C-121J 131654は本当に馴染み深かった機体でしたね。


>wakaさん
PR-27の三連発とは奇抜なアイデアですね。
狭めの胴体上面の白塗装、確かにお似合いかも(笑)
ところで、これまでに『黒』と表現されてますが、正確には『ダークシープレーングレイ』のはずです。
一部には『エンジングレイ』の説もありますが、これは機体色ではないはず???。
ようやくの機体色を表すキーワードの登場にホッとしました(笑)
No.13331のコメント『単に気づくのが遅く・・・』、これって当時の皆さんの定位置は奇妙ですよね(笑)
R/W01午後は中原街道沿いの木のふもと付近、R/W19午後は相鉄トンネル西側端付近、
その場でアプローチしてくる機影を双眼鏡で確認して撮影位置まで移動。
気づくのが遅れるか、あるいは気づいていても移動が面倒、等々の理由で、
大型機のの場合は特にNo.13331のようなショットとなることが多かったですよネ(笑)


>Gulf4さん
紹介の機体は当時の誌面のニュース記事で見て驚きました。
残念なことに1987年は私は忙しくてヒコーキから少し遠のいていた時期。
しかし民間機にはまだ目覚めてなかった時期ながら興味は大でした。
その後の私でしたら、間違いなく撮りに行こうと思った機種であることは間違いありません(笑)


>ITAZUKE-1さん
板付基地で撮影された米海軍ワンツーワンの三連発ですネ。
紹介画像とコメントから板付基地では米海軍のC-121系は貴重だったのでしょうか。
NAS AganaのC-121Jを撮り逃されたこと、VXN-8 NC-121K 145925の飛来後の状況、
私が板付基地で撮影活動をしていたわけではありませんが、何かを感じさせられます。
米空軍EC-121D/Tの板付基地への展開とは相反する米海軍機だったのでしょうか。


>Komatsuさん
1960年からVQ-1に配備された135752ですが、その前年の1959年5月にEC-121Mに改造されてました。
ですのでKomatsuさんの知人のおっしゃっていることが正しいと思われます。
お騒がせして申し訳ありませんでした。Komatsuさんの知人にもお詫びして下さい。
Gallery化も全て訂正しました。


>THUDさん
お願いするのを忘れてしまったので、このスレッドは異様な長さになりました(^_^;
お気遣いありがとうございます。
ここまでくると、あと2コマ増えても大差ないですけどネ(笑)
そしてその1コマがまた難題なヒコーキ・・・(^_^;
調べたところ、VC-121C、HQ National Guard Bureau、共に確認できました。
コレはとても貴重な機体ではないでしょうか。


>怪鳥さん
他の話題の時には2機以上が必ず紹介されてきた日本で馴染み深いFAA機ですが、
今回はN121の1機だけなので不思議に思ってましたがようやくもう1機のN119が紹介されましたね。
L749Aがこの2機以外にも日本で見られたのかは私は当時を知らないので全く分りませんが、
数が少なくL749Aというタイプに私は貴重さを感じますが、当時はあまり目を向けられなかったのかな。
紹介のN119は元が米海軍PO-1W 124437とは驚きました。





C-121/Lxx49 Part.8 Name:Takafumi HIROE Date:2015/01/20(Tue) 22:35 No.13291   
Part.6から勝手に始めて勝手に終わる(笑)VW-1所属WC-121Nの機首左側ノーズアートの話題も最終回。
前回、機首左側ノーズアートの撮影チャンスはD-1 TWYまたはA-1 TWYとお話ししましたが、
相鉄トンネルの上からエンジンスタートアップするVW-1 WC-121N 145930/TE-6の機影を見て、
これはチャンス!とD-1 TWY撮影ポイントに全力疾走。コレ、知ってる人は分ると思いますが、結構な距離です(笑)
やっとの思いで着き、転がってきた145930/TE-6の機首を見て『???』。
まあともかくシャッターを押し、後にフィルムを現像をしてみても『???』。
う〜ん・・・、コレはやっぱり何も書いてないんだなぁ〜、とガックリでした。
そしてこの後、私はVW-1所属WC-121Nの機首左側を撮る機会は二度とありませんでした(涙)

(EC-121K, 145930/TE-6, VW-1、1969年3月26日、厚木基地D-1 TWY)

Re: C-121/Lxx49 Part.8 Name:飛行浪人 Date:2015/01/21(Wed) 07:26 No.13292
>広江さん、皆さんおはようございます。
今日は新たに発掘した画像、1969年3月9日の立川、JB925です。
ダチョウの絵の上にはPAISANOと描いてありますが、マニアはロードランナーとよんでいましたね。
そのつながりは?
また撮影場所は別なアングルは立川駅近くのデパートの屋上ですがこちらは記憶に有りません。
駅と滑走路の中間付近だと思うのですがどなたか心当たりの方はいませんか。


Re: C-121/Lxx49 Part.8 Name:geta-o Date:2015/01/21(Wed) 08:51 No.13293
広江さん、皆さんおはようございます。
121も残り少なくなってきましたね。
広江さんの疑問
1. 機体前の3角形—滑走路のエンドを示す誘導灯です。ケーブルでつながっていて夜は上部のランプが点灯します。
2. 奥のフェンス—私もわかりませんが基地内の飛行場地区との境界と思います。

今日はEC-121D(52-3414/552AEW&CW) 1968/1/14 横田国有地から
この日は16号沿いのドライブインで撮影していましたら36からRC-121が降りてしまい帰りに国有地から駐機中を撮影しましたのでかなり夕方になってしまい色があまりよくありません。


Re: C-121/Lxx49 Part.8 Name:toksans Date:2015/01/21(Wed) 09:44 No.13294
広江さん、皆さんおはようございます、

1967年7月25日撮影のVW-1のWC-121N TE3-145933です。

>広江さん、
PR-21が最初のグレー塗装ですか。当時としては新鮮だったでしょうね。追いかけた気持ちはよく判ります。

>PAPPYさん、
#13265のEC-121D 53-534ですが、この日は北風から南風に変わり、RWY18になってからの目ぼしい機体はC-47 44-8562、C-130E 59-1527、WC-135 60-0377、EB-57 55-4275(迷彩)、55-4276(銀塗装)、Flying Tigerの707、C-97 52-2609、それにWorldの707等でした。勿論地元のF-105もよく飛んでいました。撮影日特定のお役に立てば幸いです。


Re: C-121/Lxx49 Part.8 Name:A-330 Date:2015/01/21(Wed) 10:17 No.13295
広江さん、皆さんおはようございます。

広江さんからオープニングスレッドにてVW-1所属WC-121Nの機首左側ノーズアート話題を紹介され、最終回では何も書かれていない機体紹介で締められましたが、岩国在勤時に撮影できたVW-1が2機ともノーズアートが書かれていませんでしたので、私の方がガックリ度は上でしょう(笑)
写真はtoksansさんが紹介された機体と同じですが、レドームの白いラインの有無が違いますね。
この機体もTE-5同様に左側アートは無しでした(涙)


WC-121N TE-3 145933 VW-1 1967年岩国


Re: C-121/Lxx49 Part.8 Name:PAPPY Date:2015/01/21(Wed) 10:54 No.13296
広江さん、皆さんおはようございます。
>toksansさん ビンゴ!です。 調べて頂いた機体はすべて撮っていましたので1966年4月29日で確定です、スッキリしました有難うございます。 このBBS IIに参加させて頂き大分撮影月日不明が解消されてきて広江さんにも感謝です。
EC-121DについてもCranberry01さんの的確な解説に納得です、当時撮影できたのも貴重な体験だったのですね。
1965年9月23日横田R/W36エンドで初めて見た EC-121D 53-0543 です、THUDさんも1970年1月にNo.13273でADCを紹介されていますがこの頃の塗装は機体前方は下面グレイの上面ジュラ地のような感じでした。


Re: C-121/Lxx49 Part.8 Name:N.SUZUKI Date:2015/01/21(Wed) 11:13 No.13297
広江さん 皆さんこんにちは
NC-121K 141292 VAQ-33 GD-12 1974年2月 オクラホマ ティンカー基地での着陸です。
 NC-121Kは、日本ではJBのProject MagnetのC-121を見ることができましたが、こちらは全く異なるミッションで、1972年にEC-121Pを改造(上下にカヌー型レドームを装備)し、Key Westをベースに、当初はGD-11、その後GD-12のNC-121Kとして飛んでいた有名な機体です。
米軍機として飛んだ最後のコンステレーションとしても有名で、1982年6月25日に、展示施設のある、サウスカロライナまで飛んだのが最後でした。



Re: C-121/Lxx49 Part.8 Name:Cranberry01 Date:2015/01/21(Wed) 14:24 No.13298
広江さん、皆さん、こんにちは。
AEW機の始まりははAD-4W Skyraider やGannet AEW.3でした。これにはAN/APS-20探索レーダーが搭載されています。イギリス軍ではShackletonやNimrodに発展していきますが、全て機体下部にレーダーを搭載したタイプです。
一方アメリカ軍ではE-1,E-2,E-3へと発展していき、ご存知の様に、レーダーを胴体上部に載せる方式が主力となっていきます。
EC-121はAEW初期から大きく進化する現代AWACS機の中間に位置し、現用E-3の基本を作った機体です。

EC-121Dは最初は胴体上部にAN/APS-45高度探索レーダーと下部にAN/APS-20探索レーダーを搭載していました。後にこれらはAN/APS-103とAN/APS-95にそれぞれupgradeされます。レーダー機能はさらにupgradeされ、データ処理も高速化されています。EC-121Tではかなりの部分がE-1Bに類似したデジタル化されて、胴体上部のレーダーも不要となりました。

もう一つ重要なのが、IFF Transponder です。
ソヴィエトの輸出用のMIGには SRO-2 Transponderが搭載されていました。話は少し戻りますが、キューバ軍がGCIとMIGとの間で交わすIFF識別をアメリカ軍は詳しく認識していた。
後に、北ベトナム軍に於いても同じ機器、同じ方式だと言う事を知る事となります。そこで1967年4月、USAFは全てのEC-121にQRC-248 IFF Transponder(Identification Friend or Foe、敵味方識別装置)を搭載します。これで全てのMIGを詳しく識別でき、その動きを把握することが可能となりました。

EC-121D(55-135) 1968年8月、板付。 胴体上部のレドームは潜水艦の艦橋、下部はタライを被せた物かグッピーか?
ところでこのエンジン。実はあのB-29と同じ系列のR-3350なんです。何人かの方が表現されていましたが、早朝ゴ〜ン、ゴ〜ンと、(例の会社の社長さんではありません。)そう言えば、何となく似ていた様な。(音がデス)
B-29はR-3350-23, 2200hp に対し C-121はR-3350-34, 3400hp 僅か5年でこの進歩、凄いとしか言い様がありません。ペイロードもC-121の方が大きいのです。


Re: C-121/Lxx49 Part.8 Name:Det.H Date:2015/01/21(Wed) 18:03 No.13299
広江さん 皆さん こんばんは
ワンツーワンも大詰めを迎えてきましたね 取捨選択に悩みます(笑)

>N.SUZUKIさん
#13288の写真はしびれますねぇ〜 geta-oさん#13277と今回の双璧ですね
意図して置いたとしか思えないドンピタの“ステーションワゴン”! アングル、仕上げとも最高ですね

>飛行浪人さん
#13292の立川撮影ポイントは品行方正な私は知りませんでした(笑)
画像から推し量ると、基地南東側にあった住宅あたりから?
この時は前週4日に雪、そして12日にも雪が降りました
誰かさん?が寒い思いと悔しい思いをした思い出のJBですね (^^;
手前の118が邪魔して、全景は斜め後ろからしか撮れなかった記憶があります
“PAISANO DOS”はスペイン語で、意味は“お友達 2号機”ってとこですかね この後のオライオンがTRESで3号です 1号UNOは見た記憶が無いのですが、54あたりだったのかな?
それとダチョウではなく、ロードランナーと言うれっきとした飛べない鳥です YUMAに行かれた時に見ませんでしたか 昨年行った折基地脇のオレンジ畑で何羽も走っていました 残念ながら泣き声は聞けませんでしたが

>Cranberry01さん
EC-121の詳しい解説ありがとうございます 一つお尋ねしたいことが
私が67年10月12日に横田南側国有地から撮影したS/N55-0121(今だったら間違いなくCO機ですね(笑))ですが、調べたところD型からH型にコンバートされたようですがEC-121Hで間違いないでしょうか? あとTHUDさん撮#13222のトリプルニッケルもHにコンバートされているようなのですが
よろしくお願い致します

では飛行浪人さん撮影翌日、お天気だった月曜日のJBです 


Re: C-121/Lxx49 Part.8 Name:Det.H Date:2015/01/21(Wed) 18:04 No.13300
2007年版No.189のリニューアル画像です 差し替えよろしくお願いいたします
この日1966年8月15日は立川でNRLのEC-121Kがあがり、その後横田でこれが上がっていきました 天気が悪かったですが、高二の夏休みに、チャリンコで掛け持ち大正解の一日でした


Re: C-121/Lxx49 Part.8 Name:THUD Date:2015/01/21(Wed) 19:34 No.13301
1968年9月横田を離陸するEC-121D(53-0537 552AEW&CW)。手前に人がいるためやけに機体が大きく見えます。因みにこのグランドクルーは(これには写っていませんが)121の前で離陸待ちしている三沢のF-4Dの最終チェックのためにいたクルーです。
>飛行浪人さん Det.Hさん
私のおぼろげな記憶ですがフェンスに沿って立川駅方面へ少し戻ると、3〜4階建てぐらいのアパート(だったと思います)がありました。そのアパートの外階段の踊場から俯瞰出来たと思います。もしかしたらそのあたりでの撮影でしょうか。私も何度か行きましたが、住宅なので長居はできませんでした。


Re: C-121/Lxx49 Part.8 Name:ITAZUKE-1 Date:2015/01/21(Wed) 20:43 No.13302
広江さん 皆さん こんばんは ご無沙汰しております。
1970年6月14日 板付R/W16に降りる C-121G 54-4051 552AEW&DWです。
時間がなく画像の整理もできておりませんが できるだけ参加させていただきますので よろしくお願いいたします


Re: C-121/Lxx49 Part.8 Name:Takafumi HIROE Date:2015/01/22(Thu) 07:48 No.13303
>飛行浪人さん
ロードランナーについてレスしようと思ったら、下でDet.Hさんが詳細に解説されてます。
立川駅近くのデパートの屋上から紹介のようなショットが撮れるのですか・・・。
当時ですから、長くても400mm程度のレンズでしょうか。
確かに駅周辺では遠いので、その途中にある高い建物だとは思いますが、私は分らないです。

>geta-oさん
私のPart.7 No.13277の疑問にお答えいただき、ありがとうございます。
機体手前の3角形の物は滑走路のエンドを示す誘導灯ですか。夜は上が光るのですネ。納得です。
紹介の機体は南側国有地から近い位置に駐機したのは幸いでしたネ。
貴重な機体が、いつもこの付近に駐機してくれるとありがたいですよネ。

>toksansさん
天気も良く低い良い雰囲気の離陸ですねぇ〜。
私フト気づいたのですが、今回の話題のVW-1機はタキシングか着陸しかスキャンしてません。
尻切れ鼻切れ等々の無様な離陸のコマがあったのですが、それは何だったのかなぁ〜。
他の機種では見当たらないのに何故ワンツーワンだけまともな離陸ショットが無いのが不思議です(笑)

>A-330さん
紹介の置き姿、それも順光が機種左側だけに、何も書かれてなかったのは残念でしたね。
上には上がいらっしゃる・・・(^_^;。失礼いたしましたm(_ _)m
VW-1の機種左側に書かれるノーズアートを追い回した理由ですが、記憶では少なくとも3機が居たような。
その3機で全てに書かれていると思い込んだ末の行動だったのかもしれません。
上のtoksansさんにレスしたまともな離陸ショットがないのも、それが起因しているかもしれません。

>PAPPYさん
最初、光の加減かとおもったら、コメントのように一部がグレー塗装化されてるのでしょうかね。
今回紹介の機体や撮影日が特定できたPart.7 No.13283も含め、撮影日は土日祝祭日が多いですネ。
おそらく当時は学生、休みの日はヒコーキ三昧。ここに登場する方々の青春時代がよく分ります(笑)
紹介の機体も祭日に展開され貴重なEC-121Dを撮影できたとはラッキーでしたね。
まあ私も似たようなものですが、ちょっと違うのは土日祝祭日以外もエンドに居る・・・(笑)

>N.SUZUKIさん
当時、NC-121Kの名称でひとくくりにされた数機が存在していたようです。
これは現在の多種多彩なNP-3Dの名称と同様ですね。
紹介の機体はスライド交換の地上に駐機する姿のポジでしか見たことがありませんので、
飛行中のショットは大変に貴重に感じます。
高いアングルのせいもあり、胴体側面のエアスクープ(?)状のモノもよく分りますね。

>Cranberry01さん
確かに初期は胴体下部にAN/APS-20探索レーダー搭載機が始まりでしたネ
その後は、おっしゃるように私の身近な米海軍機のE-1, E-2で発展して行ったのも分ります。
EC-121DはIFF Transponderの発展にもつながっていたのですネ。
全て納得できる解説です。ありがとうございます。
エンジン音、そういえば、朝の通学途中でよく聞いた音を的確に表現した文字の例えですネ。

>Det.Hさん(No.13299)
1969年3月10日は晴れていたのにねぇ〜。翌日は寒さが身に沁みましたよ。ハイ、誰かさんです(笑)
PAISANO DOSとロードランナーの解説ありがとうございます。助かりました。
ロードランナーの泣き声は彼らの表現ですと『Beep Beep』でしたよネ(笑)
それを日本語的な表現にできなかったのは残念です(笑)
EC-121D/Hについては、私もずっと悩み続けてます。

>Det.Hさん(No.13300)
No.189画像と差し替えました。ありがとうございます。
暑い夏に自宅から立川と横田に行かれたとは・・・。若かったですねぇ〜(笑)

>THUDさん
やはり横田基地ならではの地上が写り込むタキシングやホールド中、そして離着陸の姿、最高ですネ。
加えてグラントクルーが写り込むと動きが出て、とても良い雰囲気のショットとなりますよね。
本当にこのようなワンツーワンのショットを撮りたかったですねぇ〜。
立川基地南東側のソレ、都営等の公営住宅ですかね。

>ITAZUKE-1さん
大変にご無沙汰しておりました。またボチボチと参加下さい。
紹介の機体は米海軍のVW-1 C-121Jと同様な任務の機体でしょうかね。
垂直尾翼にソレと分るインシグニアが書かれてる(貼られてる)のが最高です。
552AEW&CWに何機が存在していたのかは分かりませんが、貴重な部類であることは間違いないでしょう。
私的にも、部隊本来の任務機ではないマイナー機が大好き(笑)ゆえ、貴重と感じます。





C-121/Lxx49 Part.7 Name:Takafumi HIROE Date:2015/01/20(Tue) 06:01 No.13275   
Part.6 No.13262で話題にしたVW-1機の機首左側ノーズアートの厚木基地においての撮影チャンスは、
D-1 TWYまたはA-1 TWY、または↓のようにA-W TWYからR/W01へのランウエイバック時。
しかし↓の場合は、遠すぎるので機首アップ撮影は私の当時の400mmでも難しかったです。
真っ赤な「DRAGGIN' LADY」を晴天下のカラーで撮りたかったなぁ〜。

(WC-121N, 145934/TE-2, VW-1、1968年10月10日、厚木基地R/W01)

Re: C-121/Lxx49 Part.7 Name:飛行浪人 Date:2015/01/20(Tue) 07:35 No.13276
>広江さん、皆さんおはようございます。
皆さんから低い上がりを紹介されているので私も1枚参加します。(笑)
1970年頃の厚木、墓場からフェンスからかろうじて飛び出してきました。TE12、143205。
あまり天気も良く無く、前のコマは19への転がり(Aー3)が写っているので逆ランかランチェンしたのかは不明です。
>広江さん、スキャンに忙しいので勉強までは手が回りません、お任せします。(笑)
>THUDさんの543は多分同じ時期、機体と思うのですが、私の撮影時期と1年相違が有りますね。
私はマウントの刻印から1969年と判断したのですが。


Re: C-121/Lxx49 Part.7 Name:geta-o Date:2015/01/20(Tue) 08:02 No.13277
広江さん、皆さんおはようございます。
あと8コマですか。
といっても行き当たりばったりの私は無計画に行きます。
ところでC-121等のMATS空軍輸送機の塗装の変遷広江さんの指摘のように最後の上部:白 下部:グレーが抜けていましたね。
今日はチョット中抜きで砂川の午前中は富士山が見えました。北側エンドに機体が来ることは富士の見える冬場はあまりありませんでしたので機体と富士山を絡めた写真はあまりありません。
C-121C(54-0159/MATS) 1962 立川


Re: C-121/Lxx49 Part.7 Name:toksans Date:2015/01/20(Tue) 09:51 No.13278
広江さん、皆さんおはようございます。

いろいろ貴重な写真が出てきますね。これからも楽しみです。
前回のギャラリーを見たところ1968年にグレーに塗り替えられる前のPR-21が出ていなかったので、1966年10月31日撮影のEC-121M 135749 PR-21です。つい最近まで1969年4月15日に北朝鮮機に撃墜された時もこの塗装のままだったと思っていました。


Re: C-121/Lxx49 Part.7 Name:ET Date:2015/01/20(Tue) 11:24 No.13279
広江さん、皆さん、お早うございます。
既にT.H.さん、しか太郎さん、A330さんから紹介されているC-121C(ex.N73544, 54-0156)ですがレジがHB-RSCとなり塗装も異なる状態です。昨年9月7日スイス・パイエルヌ空軍基地での航空ショーでスイス空軍のPC-7 teamとのフライトを終り着陸後エンドから戻るところです。背景が霞んでいますが少し前に飛びまわったイタリア空軍のFrecce Tricoloriが赤、白、緑のスモークを派手に出していたためで、折角の本機とPC-7のフライトの写真も台無しになってしまいました。
この機体は2004年4月26日カマリロを離れ5月8日にBasel空港に着いたので昨年でヨーロッパに来てから10年目を迎え、その記念のマークが機体後部に貼られていました。
ショーの2日後、定置場のBasel空港で翼を休めている姿も写真に収めることができました


Re: C-121/Lxx49 Part.7 Name:Det.H Date:2015/01/20(Tue) 11:27 No.13280
広江さん 皆さん こんにちは

>広江さん
#13270のWY.ANGの右前輪、拡大してよく見たら確かにわずか浮いていますね 

残り枚数も決まった事ですが、とりあえずスキャン済から紹介していきます
このEC-121T 53-0548、この72年には横田に居ついていたのかよく目撃しました


Re: C-121/Lxx49 Part.7 Name:Det.H Date:2015/01/20(Tue) 11:31 No.13281
2007年版No.196の同機ポジが見つかりましたのでニューバージョンを貼らして頂きます このドライブインからの撮影日はA-330さんと同じでしたね 東側に駐機していたDCのファントムが後に写っていません?
geta-oさんもいらしていましたね


Re: C-121/Lxx49 Part.7 Name:A-330 Date:2015/01/20(Tue) 15:12 No.13282
広江さん、皆さんこんにちは。

今日は那覇ネタで、TROUTさんから紹介されました後ろ目姿のC-121J 131659 NAS AGANA話題便乗です。

>TROUTさん
私も一度、フィルム巻き上げ忘れで悔しい経験をしました。
それ以降は撮影前に必ず巻き上げレバーチャージを確認する癖がついてしまいましたが、巻き上げたもののその後なにも撮れずに終わってチャージ状態のまま長期間置いておくと、シャッターに良くないと聞いたことがあり気が気ではありませんでした。
偶然とはいえ、RF-8G/146856話題に続き、再びストーカーまがい投稿となってしまいすみません。m(_ _)m

C-121J 131659 NAS Agana 1973年那覇

>Det.Hさん
え!? geta-oさんもご一緒撮影のNo.13281ドライブインショット、背景に写っているのはF-4B/DCですか…(汗)
ネガを拡大して確認したところ、TWR前にF-4/ZGx1.少し離れた北側にTA-4F/WAx1.F-4/ZGx2+ZZx2の計6機が写っていますがF-4B/DCが見当たりません。私の撮影日特定の自信がなくなってきました(大汗)。
>広江さん
gera-oさんとご一緒に撮った記憶から、撮影日をjun11.1972と記述しましたが確定できません。申し訳ありませんが撮影日を1972のみへと訂正をお願いします。本文は訂正させていただきました。


Re: C-121/Lxx49 Part.7 Name:PAPPY Date:2015/01/20(Tue) 19:11 No.13283
広江さん、皆さんこんばんは。
1966年月日不明の横田です。 ToksansさんがNo.13265で紹介された EC-121D 53-0534 と同じ機体です。
EC-121等のこのての飛来は珍しっかのでしょうか、それとも良く見られた?頻度が少ないと同じ4月29日の可能性が有りますね。
この日はいつもの横田で見られる機体ばかりで特筆されるものは撮っていませんでした。


Re: C-121/Lxx49 Part.7 Name:THUD Date:2015/01/20(Tue) 19:48 No.13284
1967年1月立川に着陸する「FLY ALASKA」のL-1649(N7316C)。
尾翼は赤に金色の鷲?で、胴体に鷲?を模した金色のラインが全体に走っています。コニーの曲線と相俟って非常に美しい機体でした。カラーで紹介出来ないのが残念です。「カラーでフラタイ撮るなら何でコッチを撮ってないねん」と投稿しながらひとりで突っ込み入れてます(笑)


Re: C-121/Lxx49 Part.7 Name:Cranberry01 Date:2015/01/20(Tue) 19:53 No.13285
広江さん、皆さん、こんばんは。
>広江さん、翼先端の取れたTE-2、これは壊れたのをAGANAで応急処置をして厚木まで飛ばしたのですよね〜。よくやる〜。

>Det.Hさん、流石プロのマニアは見るところが違いますね〜(笑)。あのタラップは暫く使用されていましたが、ALOHAの下にHICKAM AFBと書いてあり、HICKAMから譲り受けた中古品でした。No.13269の機種アップは私の最も好きなワンツーワンのアングルです。

今回のワンツーワンはUSN,USAFともに意外や皆さんの遭遇は少なかった様ですね。
VQ-1のEC-121は常時厚木で目にしていたので、もっと撮られているだろうと思っていました。

USAFのEC-121も非常に稀な飛来でしたが、その理由は元々がアメリカ本土防空の地上レーダーの死角を埋める為の機体でしたから、極東に飛来する理由は無く、当然と言えば当然でした。全てADC所属で、アメリカ本土の東海岸Otis AFB(551st AEW&CW)と西海岸McClellan AFB(552nd AEW&CW)に配備されていました。
USNの初期のWV-1,2は哨戒とピケットラインのカバー、そしてEC-121となってからは電波/電子傍受、情報収集任務となりました。
一方USAFのEC-121は最初から早期警戒・管制が主任務でしたので、外見は似ているEC-121でも、その任務は異なっていました。

極東へのEC-121D  
ヴェトナムでの戦線拡大と共にMIGの脅威も増大していきます。ヴェトナム周辺の作戦機に対してはトンキン湾上のRadar Ship(Crown)からと、タイNKP地上からレーダーカバーが実施されていましたが、両方の電波ともLine of Sightによる死角が存在。1965年3月、Rolling Thunderが始まると、全域カバーの必要から7th AFは空中警戒機を要請、それまでアメリカ本土での任務についていたEC-121Dにも遂にSEAへの出番がまわって来た。Big Eye Task Forceの名の下552nd AEW&CWは 5機のEC-121Dを台湾のTAINAN AIR STAIONに派遣した。Tainan ASからTan Son Nhut ABやDa Nang ABを前進基地として、北爆機をミグから守る任務に就きました。1965年7月10日、2機のF-4Cに近づくMIGを認識し、警報を発します。まもなくF-4Cは2機のMIG-17を撃墜している。
1967年にはCollege Eye Task Force と名を変え、Korat RTAFBに移動しています。この頃横田に飛来していたEC-121Dはアメリカ本土とヴェトナムの途中だったと想像します。(日本で撮影されたEC-121Dの写真で551st AEW&CWのInsigniaを付けたものは見たことはありません。)

1968年1月にUSS Puebroが拿捕されると、アメリカは大量の兵力を朝鮮半島に送りますが、その一環として、1968年7月、5機のEC-121を板付基地に派遣します。後にDet-ITAZUKEとなります。機体は適宜入れ替わりますが、この駐留は1971年2月にKWANJU ABに移動するまで続きます。

1968年7月26日、板付に到着したばかりの、5機のEC-121D(53-534,53-536,53-546,53-3399,55-135)


Re: C-121/Lxx49 Part.7 Name:TAKADA TENNTEKI Date:2015/01/20(Tue) 20:55 No.13286
 広江さん、皆様こんばんは。終了宣言をしましたがETさんのブライトリングを見て思い出しました。2007年7月DUXFORD FLYING LEGEND のブライトリング・スーパーコニー C-121C N73544(54-156)です。当日の朝、バスに揺られて会場に向かう途中、にわかに運転手が手を上げ喚きだしたので、何事やらんと指差す方を見ればこの機体が着陸するところでした。
 広江さん、geta-oさんMATSの塗装変遷有難うございました。これでようやく納得できました。他にも不明な点は沢山ありますが、手持ち資料の範囲で・・・・と言うところが分相応です。
 それから、今回は投稿する度に当方の不備ご指摘を頂き恐縮しております。No.13255、13239、13225、13195 の指摘カ所を訂正しておきました。これにもめげず今後とも機会があれば参加させていただきますので宜しくお願いいたします。


Re: C-121/Lxx49 Part.7 Name:TROUT Date:2015/01/20(Tue) 21:18 No.13287
広江さん、皆さんこんばんは。皆さんの貴重な121の紹介が続く中、私のしょうもない最後の画像です。74年7月頃、横田RW36を離陸するNAS AGANA Bu131659です。早朝8時前?の離陸、ドラ前の転がりを期待したのですがご覧のようにど逆光の中離陸、これが121に遭遇した最後となりました。この121のシルエットラインを見ると、アメリカ大陸横断バスのロゴ”ハウンドドック”を思い出してしまいます。そう言えば民間型コンステレーションは、ハワードヒューズのTWA、大陸無給油横断用に作られたと・・・聞いたことがあります。勝手な連想でした(^_^;) >A330さん、6×7ですと特に巻き上げしっぱなしは良くないと聞きましたね。私は同じ失敗を何回も繰り返しています(T-T) 逆ストーカー攻撃でした(^o^)

Re: C-121/Lxx49 Part.7 Name:N.SUZUKI Date:2015/01/20(Tue) 21:19 No.13288
広江さん 皆さんこんばんは、
 L-1049H N6924C Trans-International(TIA)1964年 立川基地にて。
学生時代、たまたま基地内を案内してもらえる機会があり、整備中のこのコニーの説明で、前方のみが貨物室の貨客混載型であったこと、駐機していた場所は基地西側の北側外来機置き場付近で、舗装は穴あき鉄板であったこと等が印象に残っています。



Re: C-121/Lxx49 Part.7 Name:waka Date:2015/01/20(Tue) 21:49 No.13289
広江さん、皆さんこんばんは。
航空反省官さんにカラーの画像(No.13253)まで出されており今さらですが、横田基地で撮影したNC-121Kです。
1970年11月29日、横田基地R/W18の着陸をドライブインから撮影しています。
NC-121K 145925 JB-925 “PAISANO DOS” VXN-8
この頃は、毎年のように飛来し、”Project Magnet”のミッションで飛行していました。
この時も、25日に厚木基地で横田への着陸コースを飛んで行く姿を見て撮影に行ったものです。
ちょうど、アレスティングワイヤーを前輪が飛び越えて着地した瞬間で、胴体下の調査機器もよく見えます。
残念なのは天気で、その後もこの機体を何とか晴天下でカラーで撮りたいと思っていましたが、かないませんでした。


Re: C-121/Lxx49 Part.7 Name:Takafumi HIROE Date:2015/01/20(Tue) 22:31 No.13290
>飛行浪人さん
紹介の日はD-1の転がり狙いかと思ったら北風ですか・・・。
日付の特定ができないのですが、ひょっとしてBHR搭載CVW-5機の訓練飛行中の1970年8月かな?。
南風予報で北側に展開したものの予想外の北風で仕方なくCVW-5機の戻りの転がり狙い。
そして離陸してきたWC-121Nを撮ろうと思ったら、これまた予想外のベタ低。
地上が写り込んでなかったら、着陸か離陸か分らないほどの低さですね。

>geta-oさん
厚木基地ならまだしも、横田基地や立川基地で真冬の午前中から南風が吹くことは極稀でしょうね。
その意味での紹介画像だと思いますが、本当に貴重なショットと感じます。
ところで私はこの場所に行ったことが無いので位置関係が全く分らないのですが、
手前の三角形のモノは何でしょう?、左翼下の奥に見えるフェンス?ネット?、は滑走路とは無縁?。
まあそれはともかく、被写体には近くて撮りやすい撮影ポイントだったようですね。

>toksansさん
VQ-1 EC-121系の中で一番最初にグレー化されたのが紹介のPR-21 135749です。
1968年11月17日、エンドについて中を覗いて『あらっ、グレーのワンツーワンが居る』とビックリ!(笑)
私は前日もエンド展開してますので、11月16日の夜か11月17の朝降りたのかもしれません。
その後のフライトでは珍しさもあり、グレーのワンツーワンを追い回しました。

>ETさん
2007年開催時は2005年撮影の機影まで紹介されてましたが、今回は2014年撮影の姿ですか。
リニューアルの甲斐ありの画像の紹介ですネ。
前の演技のFrecce Tricoloriのスモークが残ってしまったのは、綺麗な機体と背景だけに残念ですね。
それにしても60年間近くも飛び続けるこの機体のタフさには驚きです。
維持のためのメンテナンス等が大変だとは思いますが、今後も長く飛び続けてほしいものです。

>Det.Hさん(No.13280)
離陸ショットやNo.13274の平面形でも大きいと感じる胴体下のレドームですが、
紹介の正面形で見ると、より大きく見える迫力あるアングルのショットですネ。
厚木でもワンツーワンのこのようなアングルを撮りたかったです。
唯一チャンスはR/W01時、A-W TWYからランウエイを渡ってA-E TWYに入りA-1 TWYでの正面形。
R/W01エンドでは見た記憶があるのですが、実際にA-1の転がり撮影ポイントでで撮ったことはありません。

>Det.Hさん(No.13281)
No.196と差し替えます。このリニューアルで撮影日も特定できて良かったですネ。

>A-330さん
今回の話題でもいくつかの新発見がありましたが、実は紹介の161359の末期の姿は私は知りませんでした。
NAS AGANAの131659自体に私は撮影チャンスが少なかったせいもあります。
131659ついて検索していたところ、1974年8月頃にMASDC "The Boneyard"にフェリーした記事がありました。
VW-1解散後もVQ-1の131654/PR-00と共にNAS AGANAを拠点に飛び続けていたようです。

>PAPPYさん
画像からみる天候状況から、toksansさんNo.13265紹介と同じ1966年4月29日かもしれませんね。
下のCranberry01さんの解説によると、本国とベトナムとの行き来の途中で横田に立ち寄りのようです。
その頻度は分りませんが、横田基地に常駐的な存在ではないことは確かなようなので、
タイミングが合わないと撮れない貴重な外来機と捉えるべきかもしれませんね。
1967年からエンドで撮り始めた私に、この貴重な機体と遭遇できるはずもないと納得せざるおえません。

>THUDさん
紹介のFLY ALASKAのL1649A N7316Cのカラー画像をネットで探したところ、
実機は見つかりませんでしたがデスクトップモデル(?)を見つけることができました。
確かに赤の垂直尾翼に金色の鷲(?)と胴体のストライプも金色?。
まあこちらも派手ですがFlying Tiger Air Servicesもなかなか綺麗で良いですヨ。
今更言っても仕方ないので、コレはコレで諦めるしかないですネ。

>Cranberry01さん
米空軍の早期警戒・管制のEC-121Dがベトナム戦に駆り出された経緯、興味深く拝読しました。
その後のUSS Puebro拿捕事件で板付に緊急展開してきたのは当時のニュース記事で知りましたが、
具体的な機数と常駐時期については、やはり興味深い解説です。
後は、その後のEC-121Tについても解説いただけると大変にありがたいです。

>TAKADA TENNTEKIさん
会場に向かう運転手の機転で撮れた一コマ、ラッキーでしたねぇ〜。
人それぞれ得手不得手の分野がありますから、それは気にしても仕方のないことです。
私も米海軍機の中でも得手不得手がありますから(笑)
それからデータの訂正等々は、長年の不確実な部分が解明して良かったと捉えれば無問題です。
私も皆さんも毎度毎度、多かれ少なかれクリアーになった部分がありますから。
要は気にされることはありませんヨ、と言いたいだけです。

>TROUTさん
上のA-330さんにもレスしましたが、
131659を1974年8月頃に"The Boneyard"にフェリーしたパイロットの記事を読んだことがあります。
飛行経路などの詳しいことは全く覚えてないのですが、紹介画像は、まさか・・・。
瞬時に時差と飛行時間で判断できないのですが、北周りで早朝に離陸するのはアリですかね。
う〜ん・・・、その記事のアドレス等を全く覚えてないんですねぇ〜。

>N.SUZUKIさん
何やら絶好の機会を得られたようですね。
主役はもちろん、隣の機体、手前や後方に写る車、前線基地のような穴あき鉄板、等々、
とても興味深く、そして時代を捉えた貴重なショットですね。
このN6924Cを調べたら、1966年〜1968年にFlying Tiger Air Servicesで登録されていたようです。

>wakaさん
ドライブイン屋上から撮影したR/W18タッチダウンのシーンは最高ですネ。
レシプロの大型機、それも美しいワンツーワン、かつ派手なVXN-8のNC-121K。
この組み合わせが最高ですが、コメントされているように天気が良くないのがちょっと残念ですね。
“Project Magnet”はRP-3Dになってからも、好天下の撮影に難儀した記憶が強く残ってます。





C-121/Lxx49 Part.6 Name:Takafumi HIROE Date:2015/01/19(Mon) 07:05 No.13262   
VW-1所属WC-121Nは、前にもコメントしましたが着陸時の胴体左側撮影は、少なくとも私は難儀しました。
撮影時の↓の145935/TE-1の機首左側に何が書かれていたのか私は未だに分りません。
というか、書かれていたのか書かれてなかったのかさえ分りません。

(WC-121N, 145935/TE-1, VW-1、1969年5月5日、厚木基地R/W19着陸)

ところでこの145935/TE-1の着陸を撮影した1969年5月5日、皆さん記憶に残っている日だと思います。
そう、このBBS IIでも他の機種の話題で登場してます。
RVAH-6 RA-5C 151727/NG-605、VC-5 DP-2E 128342/UE-00、TA-3B VAH-123 144859/NJ-324、
VMA-311 A-4E 151041/WL-17、VR-21 C-130F 149805/RZ-805、VQ-1 EP-3B 149678/PR-31、
そしてノーマークながら、TA-4F 154337, F-8H 148684、など大漁となった一日です。

Re: C-121/Lxx49 Part.6 Name:飛行浪人 Date:2015/01/19(Mon) 07:21 No.13263
>広江さん、皆さんおはようございます。
今日から通常モードです。
1971年8月14日の横田では日が沈みかけた夕方にやっとECー121T、0−23418が転がって来ました。この頃は背中のレドームが無く、違和感があったのを覚えています。
やはり121は背中、お腹両方にレドームがあったほうがかっこいいですね。
広江さん、私の残りは一桁ですが皆さんのお宝画像が続く限り続けてください。


Re: C-121/Lxx49 Part.6 Name:geta-o Date:2015/01/19(Mon) 08:37 No.13264
広江さん、皆さんおはようございます。
寒い日が続きますがみなさんお元気ですか。
121/L**49の持ち弾はまだたくさんありますが皆さんの判断に合わせます。

ところでC-121等のMATS空軍輸送機の塗装の変遷ですが
私が写真をとりはじめた1960年ころは上部:白、下部:無塗装の銀ジュラ地 機体前後部ディグロー
その後上部の白および機体前後のディグローをやめ全面ギンジュラ
C-121はこの状態で州軍に移籍し順次 上部:白 下部:銀塗装となったと思います。

それから#13255のTAKEDA TENTEKIさんの54-4058City of Alamedaが展示されたのは1961/5/21の横田でなく立川基地の3軍記念日です。

立川の低い離陸がありましたので着陸
機体はMATS NAV.AIR TRANS WING PACのC-121G(54-4049/City of Los Altos)1962 立川


Re: C-121/Lxx49 Part.6 Name:toksans Date:2015/01/19(Mon) 10:20 No.13265
広江さん、皆さんおはようございます、

1966年4月29日横田で撮影したEC-121D 53-534です。
フライングタイガーのL-1049Hは“Classic Air Photography”というサイトによれば、次の18機となっています。
N101R/N173W/N174W/N45516/N6911C/N6912C/N6913C/N6914C/N6915C/N6916C/
N6917C/N6918C/N6919C/N6920C/N6921C/N6922C/N6923C/N7121C

今後の身の振り方、いや見極めですが内容濃く第1案でよいと思います。


Re: C-121/Lxx49 Part.6 Name:Komatsu Date:2015/01/19(Mon) 10:37 No.13266
1966年3月15日、厚木01エンドで撮ったVT-86のEC-121K(4B-503 Bu.No.143221)です。
ネットで調べてみると、この機体は国立海軍航空博物館に4B-502として保存されているようです。

>広江さん
残枚数は僅かですので、遅刻・早退の予定です。



Re: C-121/Lxx49 Part.6 Name:Cranberry01 Date:2015/01/19(Mon) 11:01 No.13267
広江さん、皆さん、おはようございます。
VW-1所属のWC-121Nは白/黒塗装の時を含めてNose Art機には一度も遭遇することが出来ませんでした。

1969年8月、洒落にも成りませんでしたが、台風観測機が台風避難で板付にやって来ました。(笑)
WC-121N TE-2(145934) TE-3(145933) 奥の機体がTE-2ですが、ご覧の様にこの時には既に白/グレイ塗装に変わっています。
TAKADA TENNTEKIさんのNo.13239の塗装とは矛盾が生じます。短期間の間に旧塗装に戻したとは考え難いのですが・・。

>広江さん、USNにもまだ余裕があり、USAFはこれからです。残弾はたっぷりですが、皆さんの意向に合わせて調整します。


Re: C-121/Lxx49 Part.6 Name:A-330 Date:2015/01/19(Mon) 11:31 No.13268
広江さん、皆さんこんにちは。

1970年頃厚木を離陸するWC-121Nです。
トンネルの上から正面と後姿を狙った2枚のうちの1枚で、後姿をUPしたかったのですが機体特定となるものが写りこんでいないので正面カットを選択しました。

WC-121N TE-11 141331 VW-1 1970年頃厚木

>広江さん
用意したデジ化駒数はあと7枚で、その内6枚はラス前と最終章組み写真にと備えての物です。
皆勤賞はとても無理ですが、皆さんから可能な限り多くの作品並びにコメントを拝見させていただいて楽しく勉強することができましたら有り難いです。


Re: C-121/Lxx49 Part.6 Name:Det.H Date:2015/01/19(Mon) 15:40 No.13269
広江さん 皆さん こんにちは

>広江さん
#13259のMS.ANGの部隊ですが、おっしゃるように172ndMAGですね 実はこの機体の前脚カバーに確り172ndMAGと書かれていましたが、つたない調べではATGだったものでその様にタイプしていました 
ただ今一つ183rdATS/172ndATGとの年代変遷がよく分かりません(^^;

コニーのスレッドですが、初めそんなに撮っていないなあ、と思っていましたが、老朽機でS&Rしたところ結構ありましたので、やはりきりの良いAでいかが? ただ今後の皆さんの流れで失速しないところで決めていただいてよろしいかと思います。

>Cranberry01さん
画像を見た瞬間、ハワイ、ヒッカムでの撮影かと思ってしまいましたよ(笑)
板付にこんなタラップがあったのですね

>PAPPYさん
121の前輪ですが、↓のカットを見るかぎりは浮いていませんね しかしキャンバーがついていた事に今回スキャンして初めて気付きました

ではANGを続けます 私が一番良く見たWyoming ANG です 昨日のスレッドに書きましたが、WY.ANGはみな都市名が書かれていたので追っかけるのが楽しみでした


Re: C-121/Lxx49 Part.6 Name:Det.H Date:2015/01/19(Mon) 15:41 No.13270
↑と同じWY.ANG前回投稿分No.202の差し替え画像です マゼンダが抜けて少しは良くなったかな? よろしく

Re: C-121/Lxx49 Part.6 Name:ET Date:2015/01/19(Mon) 16:37 No.13271
広江さん、皆さん、こんにちは。
皆さんの綺麗な写真を拝見していると投稿が憚れるので躊躇していました。
1958年4月27日雨の羽田で撮影したNavyのR7V-1 (140312, cn 1049B-4168)で、この画像から読めませんが胴体横にMilitary Air Transport Service, 垂直尾翼の上部にPACIFICと書かれています。MATSの Pacific Divisionかと思われますが軍用機のことは良く分からないのでこれ以上のコメントはできません。6x6判のフィルムに豆粒大にしか写っていないのでかなりのトリミングをしたためお見苦しい写真ですみません。ネットで調べたところこの機体は1049B Supper Constellationの cargo/personnel transport versionで後にUSAFの C-121G (54-4078) となったようです。


Re: C-121/Lxx49 Part.6 Name:PAPPY Date:2015/01/19(Mon) 16:42 No.13272
広江さん、皆さんこんにちは。
1970年8月6日厚木R/W19に着陸する EC-121M-3 VQ-1 PR-24 145936 です。
M-3なるものをBBS IIで初めて知りました、NAVYマーク前方の4つの穴もGTPUの吸気と排気各2つで現在のAPUに相当する新機軸だったのですね。ネットでは火災事故はAganaの記載もありますが厚木での事故だったのですね。
手前に写っているおじさんもお元気なら100歳越えでしょう、撮りためた写真はどうしたんだろうなぁ。
まだ沢山見ていたい気持ちですが参加できるのはあと片手くらいしか有りません。


Re: C-121/Lxx49 Part.6 Name:THUD Date:2015/01/19(Mon) 17:55 No.13273
No.13256で飛行浪人さんが紹介されましたが、1970年1月横田R/W36に着陸するADCのEC-121D(53-0543)です。
光線状態をみるとお昼を少し回ったころでしょうか。いままでにも何度か話題に出たと思いますが、当時の国有地側は居心地がよくて(笑)午後になっても動こうとせず、逆光も気にせず強引に撮ってました(笑)
今後の進め方ですが広江さんにあまり負担が掛からない程度で良いかと思うので@でしょうか。


Re: C-121/Lxx49 Part.6 Name:Takafumi HIROE Date:2015/01/20(Tue) 05:56 No.13274
>飛行浪人さん
EC-121系は背中とお腹の大きなレドームは私達マニアの感覚ではセットですよね(笑)
どちらが欠けてもアンバランスで迫力さも半減してしまいますしね。
実は両レドームの役割を私は根本的に理解してないので、
紹介のEC-121Tと元のEC-121Dの任務の差が当然のように全く理解してない・・・。
これを機会に勉強せぬばなりません。飛行浪人さんもご一緒に如何ですか?(笑)

>geta-oさん
これはまた随分と低いですねぇ〜。短焦点レンズでの撮影でしょうか・・・。
この低さでは正面形を狙おうなどと思う方は居ないでしょう(笑)
でも望遠で狙って地上が写りこんだら迫力ありそうですねぇ〜。
米空軍C-121C/G系の塗装の変遷、上面白/下面ジュラ地の後が全面ジュラ地ですか。
その点は私の勘違いですし、デイグローの件も忘れてました。
ただし末期には私のNo.187紹介の上面白/下面グレー塗装が存在すると思うのですが・・・。

>toksansさん
地味で気づきにくいのですが、紹介はよく見ればノーマーク機。
これまで米海軍機では当たりまえのように紹介されてきたノーマーク機は米空軍機では珍しいですネ。
Flying Tiger Air ServicesのL1049Hの全容紹介、ありがとうございます。18機ですか。
その18機がフル稼働のように立川や横田に飛来していたのでしょうね。

>Komatsuさん
紹介の「4B」レターのワンツーワンにはビックリ!。何故、この部隊のワンツーワンが極東に来たのでしょう。
NATTC (Naval Air Technical Training Center) Glynco所属機です。
当時NATTCではNFOの訓練を担当し、Glynco以外に、Pensacola[4P], Lakehurst[4L], Memphis[4M]が存在します。
[4B]レターのVT-86がNAS Glyncoで編成されたのは1972年になってからです。
この機体の飛来に厚木はもとより誌面等で大騒ぎにならなかったのでしょうか・・・。
それとも本邦初公開なのでしょうか・・・。
この貴重なお宝画像が身近な厚木で埋もれていたことに唖然としてしまいます。
いやぁ〜本当にビックリ。私的には今回の大発見の話題のトップになりました。

>Cranberry01さん
台風観測機が台風避難とは・・・(笑)
WC-121Nのエンドでホールド中にエンジンランナップするシーンを度々見かけましたが、
エンジンをフルパワーに近く回転を上げると主翼端の燃料タンクが大きく揺れるのを見て、
『この機体で、よく台風観測に行くなぁ〜』と驚いたのをすごくよく覚えてます。
TAKADA TENNTEKIさんNo.13239紹介TE-2の件ですが、
まず最初に補足できるのは、私のNo.167紹介(1968年11月撮影)は右翼端が外されてます。

この姿で基地上空を何度か旋回した後の着陸時はT/G(?)、そのショットがNo.167と小写真です。
次に、TAKADA TENNTEKIさんNo.13239紹介は↑とは逆に左翼端が外されてます。
この二つの関係性は分りませんが、No.13239はおそらく1968年12月の撮影ではないかと推測しました。

>A-330さん
相鉄のトンネルの上、または中原街道沿いフェンス側の朽ち果てた土管の上で見た光景、
これらが音と共に記憶が蘇ってきそうな素晴らしいショットです。
いつもながら、このように撮ろうとしなかった私のセンスの無さが情けなく思います。
それにしてもこのところの話題でA-330さんが厚木基地エンドに展開されていたことを知り、
何処かですれ違っていたのだろうなぁ〜と懐かしく思い出すショットでもありますね。

>Det.Hさん(No.13269)
このようなアングルも撮りたかったですねぇ〜。ましてや個々の都市名追い回すのも楽しげです。
City of Lramieって、かつてあの有名(笑)なララミー牧場のあった都市ですよね(笑)
私は米空軍部隊の場合は現在の名称を頼りに検索して調べてます。
ですのでMS ANG C-121の場合は、183rd AS/172nd AW、個々が検索の第一歩です。
その結果“183”は1966年1月にATSからMASに、“172”も1966年1月にATGからMAGに改称してます。

>Det.Hさん(No.13270)
No.202と差し替えました。よく見たら、この前脚右タイヤ、浮いてません?。
C-121, C-124, C-133、当時のカーゴ機の集まる立川基地は地味ですがイイですねぇ〜。
ここにC-130の姿がないのもミソかもしれませんね。

>ETさん
これまでに皆さんから1960年代初頭の米空軍MATS/米海軍NATW-Pac運用C-121Gが紹介されてますが、
ETさんが紹介された1958年4月頃は、本来の米海軍VR-7, VR-8が30機以上のR7V-1を運用してますので、
紹介画像の機体は純然たる米海軍VR-7またはVR-8所属機と思われますが、私の調べなので不確かです。
もう少し画像等で紹介されると、だんだんクリアーにはなってくると思いますが、
さすがに1950年代末頃の画像の紹介は期待薄でしょうかね。

>PAPPYさん
私の厚木基地エンドデビューは1967年の中学生時代(笑)
今とは異なりギャラリー少ないですから、顔と顔を会わせて先輩の方々から色々と教わりました。
VQ-1のPR-24だけはEC-121M-3と教えていただいたのも、その中の一つです。
しかし当時はただ単に教えていただくだけで、それ以上の事はありませんでしたが、
何故EC-121M-3となったのか等々はその後の近年の調べで分ってきたことです。
しかし型式が判明した根本的な理由がN.SUZUKIさんPart.5 No.13254のコメントで初めて知り驚きました。
皆さん個々にそれぞれ違った内容かもしれませんが、日々勉強ですネ。

>THUDさん
紹介画像の撮影されたこの場所、本当に居心地良かったですネ。
真冬でも、ちょっと高い位置に設置されたフェンスの真下に居ると暖かかったので、
ポカポカ&ウトウトしている時に降りてきたのがADCのEC-121Dとは、さすがにちょっと焦ったのでは?(笑)
そんな状況の逆光下でも構わないので、このEC-121Dを私は撮りたかったです。





C-121/Lxx49 Part.5 Name:Takafumi HIROE Date:2015/01/18(Sun) 07:14 No.13245   
前回のA-3のテーマの時にVAP-61解散時のRA-3B移管の話題になりましたが、
VAP-61と同じくVW-1の1971年7月1日解散時も、5機のWC-121NがVQ-1に移管されました。
 PR-51 141331 (元VW-1 TE-11)
 PR-52 143205 (元VW-1 TE-12)
 PR-53 145932 (元VW-1 TE-4)
 PR-54 145938 (元VW-1 TE-10)
 PR-55 145935 (元VW-1 TE-1)
しかしRA-3B同様、WC-121Nも1972年にはVQ-1での任務を終えてます。

(WC-121N, 143205/PR-52, VQ-1、1971年8月17日、厚木基地R/W19着陸)

Re: C-121/Lxx49 Part.5 Name:CJ Date:2015/01/18(Sun) 08:26 No.13246
コニー@函館、これで終わりにします。アップショットが少ないので出発時のアップを貼っておきます。
(1/19:画像差し替えましたf^^;)

>広江さん
その通りですf^^;
Air Doは気がついていたらにちょこちょこ機体や塗装が変わってたりします。

L749, N494TW (ex. VC-121A, 48-0609) Apr.9, 2005 HAKODATE


Re: C-121/Lxx49 Part.5 Name:geta-o Date:2015/01/18(Sun) 08:57 No.13247
広江さん、皆さんおはようございます。
121も佳境に入ってきましたね。
私もNAVYを1機
1967/9/15(Toksansさんすいません。撮影年訂正します)に厚木で撮ったBlue Eagle VI
NC-121J(131655/VX-8/JB-6)
ベトナムで北ベトナム向け宣伝用TV,ラジオ放送をしていたようです。
131627のような立派な2本の角でなく寂しいアンテナでした。


Re: C-121/Lxx49 Part.5 Name:toksans Date:2015/01/18(Sun) 11:08 No.13248
広江さん、皆さんおはようございます、

広江さんの性格からしてフライングタイガーのL-1049Hに都市名がついているなら、全部集めてみたいのでは、と勝手に解釈して1967年7月20日立川でのL-1049H N174W City of Nahaです。
立川砂川寄りの滑走路エンドのフェンスは写真の金網が途切れ、赤白の木製のフェンスになっていました。これはまたいで中に入れるほどの低いフェンスで、これではフェンスの意味がないのではと思っていましたが、よく考えると金網のフェンスのままでは離陸するパイロットに過大な精神的負担をかけるので低いフェンスにした、とも思えますね。

>geta-oさん、
やはりNC-121Jを撮られていましたね。海軍は1970年に心理作戦をやめていたので、この時すでに胴体上部のHF送信アンテナ用の柱が取り除かれていたのかもしれませんね。


Re: C-121/Lxx49 Part.5 Name:PAPPY Date:2015/01/18(Sun) 12:06 No.13249
広江さん、皆さんこんにちは。
皆さんから既に多数紹介されていますが1970年8月5日厚木R/W01を離陸する C-121J VW-1 TE-00 131654 です。
当時は長いレンズは持っていませんでしたが121の低い離陸は200mmくらいでも何とかなりましたね。
121の前方に突き出したダブルタイヤの前脚が気になっていましたが、ターンする時は片側タイヤがやはり浮いてしまうようですね、Part.5冒頭のCJさんの画像で良く分かりました。


Re: C-121/Lxx49 Part.5 Name:Cranberry01 Date:2015/01/18(Sun) 14:10 No.13250
広江さん、皆さん、こんにちは。
昨日の画像に続いて、翌年に撮ったもう1機のコブ付きEC-121K(141304) PACIFIC MISSILE RANGE
この機体にはHAWAII FACILITYとは書かれていませんでした。 1968年7月
立川で青迷彩のHU-16Bを4日間通い詰めてようやく離陸が取れました。立川にも横田にも目ぼしいのが何もいなかったので、南武線、小田急と乗り継いで厚木に向かいました。結果、珍しいEC-121Kが撮れた次第です。


Re: C-121/Lxx49 Part.5 Name:Komatsu Date:2015/01/18(Sun) 16:50 No.13251
広江さん、皆さん今日は。

“今のヒコーキ”に忙しくて出遅れましたが、今日と明日は厚木エンドに“休暇届け”を
提出済みですので遅ればせながら参加させて頂きます。
今朝から何枚かをスキャンしましたがゴミキズ処理にまだ悪戦苦闘中です。
そのため、過去にスキャン済みのものから取り敢えずの1枚です。

1963年8月23日、厚木19エンドで撮ったEC-121M(PR-24 Bu.No.135747)です。
※ 10数年前に友人から『1963年頃のVQ-1のEC-121はM型だよ』と教わったので、私のデータは
『EC-121M』で整理しています。


Re: C-121/Lxx49 Part.5 Name:A-330 Date:2015/01/18(Sun) 17:19 No.13252
広江さん、皆さんこんにちは。

今日はT.Hさん、しか太郎さんからすでに紹介されている機体です。
"1997 golden air tattoo" 撮影後に訪れたカマリロ空港で整備中のコニーで、機首には上段にに"CAMARILO CONNIE"、中央は"ロッキード社ロゴマーク"、そして下段には"Queen of the Skies"と書き込まれています。

C-121C N73544 (ex54-0156) 1997年4月カマリロ空港にて


Re: C-121/Lxx49 Part.5 Name:航空反省官 Date:2015/01/18(Sun) 18:21 No.13253
広江さん、皆さん今晩は。ようやく時間が取れるようになったので遅まきながら、またささやかながら参加致します。飛行浪人さんがNo.13230で紹介されたJB-145925の色つきです。型式はNC-121Kでしょうか。撮影は1970年9月、確か土曜日か日曜日と記憶しています。南西方向からかなりのWide patternで進入してきました。GCAの捜索レーダー(SRE/Surveillance Radar Equipment)も回っていたのでみんな双眼鏡であたりを見回していました。もしかしたらPARアプローチではなかったかとも思います。ただし西側はIFRにはほとんど使っていないので、VFRでの着陸だったかと思います。昔は西側もPARに使っていたのでしょうかね。

Re: C-121/Lxx49 Part.5 Name:N.SUZUKI Date:2015/01/18(Sun) 18:53 No.13254
広江さん 皆さんこんばんは。
広江さんがEC-121M-3 145936 PR-24をNo13299(71年5月)とNo13215(69年4月)で紹介していますが、同機が厚木へ、最初に到着した際のものです。
1967年2月18日 厚木RW01で降りる、EC-121M-3 145936で、着陸前に2回ローパスしたこともあり、余裕で尾部のアップを行い、EC-121M-3であることが確認できました。
初めて見ることができた、全面黒塗装ですが、厚木で事故を起こしたPR-24(135747)の代替として、当時DMにあったEC-121P(旧塗装で全面黒)をLTV社でEC-121M(EC-121M-3)に改修したためで、67年2月にVQ-1へ配備されたとありました。
厚木でPR-24として飛行した際は、全面黒から再塗装(白黒、その後に白グレー塗装)され、正確な所属は米海軍所属で、厚木ベースとなった機体です。
外観上の特徴は、後部胴体右側に大型のGPTU(Gas Turbine Power Unit)が装備され、大きな排気孔2個が目立っていますが、このGPTUは、その後、73年7月厚木で地上運転中に火災事故をおこし、この機体が廃棄された原因ともなっています。
なお、このGPTUは、厚木でEC-121Mに改修された機体等で装備されなかった機体(PR-21等)もあり、EC-121K等との外観上の違いの決めてにはなり得ません。


Re: C-121/Lxx49 Part.5 Name:TAKADA TENNTEKI Date:2015/01/18(Sun) 19:14 No.13255
 広江さん、皆様こんばんは。今日は1961年5月立川三軍記念日のC-121G 54-4058 CITY of ALAMEDA ですが、 R7V-1 としてのNoは不明です。これで今回の手持ちは終了しますので、後は高みの見物を楽しませていただきます。
ついでながら、MATSの銀ピカの機体は後に白/灰(銀?)になったと思ってましたが如何なものでしょうか。撮影時期からはいろいろ入り混じっているようにも思えますが、教えていただければ有難いのですが。蛇足ながら現在MATSの銀ピカC-121G CITY of ALAMEDA 1/50を製作中です。


Re: C-121/Lxx49 Part.5 Name:飛行浪人 Date:2015/01/18(Sun) 19:36 No.13256
>広江さん、皆さんこんばんは。
今日は朝から神社掃除があったので出遅れました。
出遅れついでにやっと空軍機です。1969年1月の横田、国有地から金網にレンズをあてて撮影しました。
当時のレンズは丁度金網と同じくらいで周辺もケラレ無かったですね。
フィルムは安かったサクラ、かなりいじったのですが思い出の色にはなりませんね。
ECー121D、0−30543.
>Det.Hさん、やはり順光で撮りたかったですよ。脚カバー、タッチアンドゴーしてくれたらアップで撮ったのですが一発降りだとどうしても全景が優先になりますね。


Re: C-121/Lxx49 Part.5 Name:waka Date:2015/01/18(Sun) 19:36 No.13257
広江さん、皆さんこんばんは。
用意した画像は、既出の機体と重なりが多く投稿のチャンスを逸していました。
ここは、広江さんがPart.3 No.13215とPart.4 No.13229の冒頭で取り上げた145936(PR-24)のその後を投稿します。
写真は、EC-121M-3(145936/PR-24) VQ-1で、1973年4月11日の厚木基地R/W01の離陸です。
2年前の1971年と違って、モデックスが前方に移動、胴体の上部の白と下部のグレイの塗り分け線が機首で斜めになってキャノピーにつながっています。また、PR-27等で見られたのと同様プロペラスピナーが青(紺?)になっています。
この機体は、同年7月火災事故で抹消しているようなので、ほぼ最後の姿でしょう。
投稿寸前にN.SUZUKIさんより、厚木初到着の新たな写真が投稿(No.13254)されビックリです。


Re: C-121/Lxx49 Part.5 Name:THUD Date:2015/01/18(Sun) 19:53 No.13258
↓の画像は紹介するつもりは無かったのですが、toksansさんの勢いに引っ張られて(笑)UPします。1967年3月の立川で撮影したフライングタイガーのL1049HでN6918Cだと思うのですが、判読が自信ありません。後ろ4ケタが918Cらしく読めるのですが、N6918Cだとすると前回No.209でDet.Hさんからカラー画像が紹介されていますが、FLYING TIGER A.Sの文字色がグリーン?なのでカラーの変更があったのでしょうかね。
>Det.Hさん
「フラタイ」どういう訳かカラーで撮ってました。撮っていた本人もちょっと驚いてます(笑)


Re: C-121/Lxx49 Part.5 Name:Det.H Date:2015/01/18(Sun) 22:41 No.13259
広江さん 皆さん こんばんは

>THUDさん
水色ラインで赤レターもありましたか やはりカラーは偉大ですね 忘れていた記憶がよみがえ・・・りません(^^;

スキャン、整理が追いつかず紹介画像がばらばらでスミマセン
取り込み済から立川の常連さんだったANGからMISSISSIPPIを
下に当時の手帳に書かれていたANGの121のS/No.を記しておきます
私が確認したものだけですので他にもっとありますが

West Virginia 54-4055, 54-4070
Mississippi 54-0157
Wyoming    54-4048(City Of Rock Spring), 54-4050(Sundance), 54-4060 54-4062(Jackson Hole), 54-4063(Laramie)
New Jersey 54-0169
Pennsylvania 54-0159

話は変わりますが機体的には古い97Gは51機確認していました


Re: C-121/Lxx49 Part.5 Name:Det.H Date:2015/01/18(Sun) 22:41 No.13260
2007年版No.183の差し替え画像です よろしく(あまり代わり映えしませんね(^^;))


Re: C-121/Lxx49 Part.5 Name:Takafumi HIROE Date:2015/01/19(Mon) 07:01 No.13261
>CJさん
全景もイイですが、紹介の機種アップも迫力あって最高ですねぇ〜。
コニーの特徴の一つ前脚のV字形のタイヤ2本ですが、左にステアを切ると右タイヤが浮くのですね。
私は厚木でC-121系のタキシングを何度か撮影してますが、その際の主脚のブレーキ音が記憶にあります。
前脚のステア機構がないため、タキシング時は左右の主脚のブレーキ調整でターンしていたと聞いてました。
これは私の記憶違いでワンツーワン以外の大型レシプロ輸送機だったのかな???。
それとも紹介の機体はステア機構が追加改造されていたのかな???。

>geta-oさん
前脚カバーの“VX-8”は、1969年1月1日にVXN-8に改称された以降も残り続けたと思いましたが、
撮影年の訂正でスッキリと納得しました(笑)
胴体中央上部は1本アンテナでしょうか・・・。131627の2本角は目立ちすぎです。
この1本でも私には充分に価値アリだと思います。

>toksansさん
私の性格をよくご存知で・・・(笑)。
全て集めるかはともかくとして、いったい何機の機体(Nレジ)が存在するのかが気になります。
立川基地北側(砂川側)の滑走路エンドの状況は私は行ったことがないので知りませんでした。
またいで中に入れるほどの低いフェンスにせざるをえない必要性がこのショットですか。
No.13233の離陸も同じですよね?。パイロットならではの観点は説得力あります。

>PAPPYさん
確かに厚木基地でワンツーワンの離陸ショットは200mmでの撮影だったかもしれません。
ただ機体全景がまともに写ってないショットが何コマも見つかりましたので、
ひょっとして300mmあるいは400mmで撮影しようとしていたケースがあるかもしれません。
しかし結果は全て中途半端・・・。何を考えて撮ろうとしていたのか疑問多し。情けないです。

>Cranberry01さん
No.13235紹介の141311、そして今回(No.13250)紹介の141304、イイですねぇ〜。
共に当時高校生の身分の私は遭遇できるチャンスを作ることができませんでした。
結局私は、この2コブ付きのPMRF機は誌面のニュース記事で見るだけに終わりましたが、
このBBS IIで改めて目にすることになるとは想像もしていませんでした(笑)

>Komatsuさん
私もKomatsuさんも、何十年の間を瞬時に移動しますネ(笑)
紹介画像は後部胴体下部のアンテナが怪しさ満点で、いかにもEC-121という雰囲気です。
VQ-1のEC-121の型式は私も悩みながらウン十年も経過してしまいました。
私の頭の中は1970年頃に整理した以下のままで止まってます(^_^;
[EC-121K]
 PR-22 143209, PR-23 135752
[EC-121M]
 PR-21 135749, PR-22 135751, PR-23 145926, PR-24 145747, PR-25 145940, PR-26 145927, PR-27 143186
[EC-121M-3]
 PR-24 145936
KomatsuさんがNo.13251で紹介されたPR-24 135747はEC-121Mで一致してますが、
PR-23 135752は小松さんはEC-121M、私はEC-121Kと、持ちデータに不一致があるようです。
(TAKADA TENNTEKIさんNo.13225紹介は、1961年撮影なのでWV-2Q表示、1962年以降のEC-121Mの旧名称です)
さて、この後、私はどのように判断すべきか悩みます。
Komatsuさんじめ皆様、何か良いアドバイスや情報をいただけると幸いです。

>A-330さん
A-330さんも多彩なコニーを紹介されますね。今回紹介のN73544には驚きました。
"Queen of the Skies"の文字は、T.HさんNo.174紹介も、よく見たら書かれてるようですね。
残念ながら、しか太郎さんNo.180紹介は判読できませんでした。
FY1954の機体が、途中モスボール状態がありますが半世紀以上も飛び続けるのには驚きです。

>航空反省官さん
やはり綺麗な赤白塗装ですねぇ〜。飛ぶ姿が撮れなかっただけに、余計に眩しく感じます(笑)
撮影日の絞り込みですが、私のノートには1970年8月23日(日)の飛来記録があります。
ひょっとしてポジマウントの現像月刻印が“SEP 1970”では?。
この日のその他のトラフィックは・・・、
VF-92 F-4J 155786/NG-210、VMFA-115 F-4B 151397/VE-21、VP-4 P-3A 153436/YD-1が飛来してます。
私は翌8月24日(月)にはエンドに展開してますが、この145925についての記載が全くありません。
その日に居たのか、または早朝離陸で居なかったのかは分りません。

>N.SUZUKIさん
EC-121M-3 145936の厚木到着の様子は、とても興味深いです。
VQ-1は1967年2月12日に145936を受領した記録がありますので、その後の厚木へのフェリー時ですね。
上のKomatsuさんへのレスでも書きましたが、私がエンドに駆け出しの頃、諸先輩から色々と学びました。
145936もEC-121M-3と教わった背景には、このN.SUZUKIさん他の先人の方々の努力のおかげです。
改めて御礼を申し上げなければなりません。ありがとうございます。
1973年7月19日の火災事故の原因はコメントされているGPTUですか。
これも初めて知りました。何から何まで勉強になります。

>TAKADA TENNTEKIさん
紹介の機体も米空軍MATS/米海軍NATW-Pac運用のC-121Gのようです。
後部胴体左側で跳ね上がって見えるのはカーゴドア?。
黒いラインから、どのような機構となってるのか???、理解できません(^_^;
米空軍C-121系の塗装の変遷は変更時期は分りませんが、TAKADA TENNTEKIさんの推測どおり、
全面ジュラ地 ⇒ 上面白/下面ジュラ地 ⇒ 上面白/下面銀塗装 ⇒ 上面白/下面グレー塗装 かな???。
"City of Alameda"の完成時の姿は是非拝見したいです。
本当なら、すっ飛んで行って生で実物を拝見したいのですが・・・(^_^;

>飛行浪人さん
紹介画像の垂直尾翼のインシグニアは、Cranberry01さんNo.13205紹介53-0548と同じADCのようですね。
年に1〜2度しか遭遇できない貴重な機体ではないでしょうか。ひょっとして気づかれてないのでは?。
撮影後の退色というか色抜けの激しいサクラフィルムのポジの撮影のようですが、
今のうちに、高解像度でスキャンし直したほうが良いと思いますよ。

>wakaさん
145936/PR-24の末期の貴重な姿ですね。低くて良い雰囲気のショットです。
胴体上面白と下面グレーの塗り別けのラインは、他の機体もコメント同様に変更されてます。
またプロペラスピナーが青もコメントされているように他の機体で見られましたね。
機体の重複の件ですが、いつもお話ししているように、wakaさん個人の話題をお待ちしてます。
番号が同じでも撮影者の思い等々で結果が異なり拝見する私達も楽しめると思います。
特に今回はVQ-1機は機数も少なく重複は仕方のないことですから気にする必要はありません。

>THUDさん
撮影されたご本人が分らないのでは第三者の私達には全く理解できません(笑)
まあとにかく、THUDさんさんがFlying Tiger Air Services機をカラーで撮影されたのは貴重な記録です。
ネガかポジかは分りませんが、これも退色前に高解像度での再スキャンが必要でしょう。
ところでタイトル文字色の変遷は私には全く分りません。
後ほど判明した時にはTHUDさんからの解説をお待ちします。

>Det.Hさん
私の大好きなANG機の紹介が続きそうなメモ書きです(笑)
今回紹介のMS ANGは初紹介ですが、WV ANGも未紹介で後が続きそうな気配で楽しみです。
ちなみに、撮影時点(1966年7月)の部隊は183rd MAS/172nd MAGだと思いますので再チェックして下さい。
米空軍部隊の名称は変遷が激しいので要注意ですネ。
No.183はNo.13260と入れ替えました。ありがとうございます。

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